マスターアップ
「無様だなぁ…?勇者フォルネウスよ」
眼前に突きつけられた禍々しい鉄剣。
荒れ果てた黒の大地の中央にて、この世界の唯一の希望である勇者フォルネウス・リーグは無念の表情を顕にしていた。
彼らの周囲360度に渡り、巨大な円を描くように隙間なく魔族達が取り囲んでいる。そしてその内部で彼に剣を向ける一人の魔王軍第三幹部”エレイン・ヴァン・シュレイヴ”は…妖艶で怪しげな美貌を曝しながら、己の眼前に跪いている勇者を嘲笑していた。
「クソ……ッ!!何という事だ……勇者である俺が…魔族の手に堕ちてしまうなど……!!」
「ハハハハハ!!苦渋に満ち満ちたその表情、良いぞ…?…後悔と自責と屈辱に苛まれ、更に苦しむがいい!!」
人類史上、最強の剣術と魔術を会得せし勇者フォルネウス。彼の敗因は只一つ。
貧困に喘ぐとある村の民の為、自ら慈善活動的に山へ山菜採りに趣いた際、予め勇者を狙い潜んでいたエレインによる数多の罠(大体ハニートラップ)に全部引っかかってしまった事にある。
そしてそのまま魔族達によって拉致された結果たどり着いたこの地は…敵の本拠地である”魔王城”の眼前であった。
「さて、そろそろ…”人間共の希望”とやらを突き殺してしまおうか……」
エレインは、今一度剣を握り直した。
もはやこれまでと、勇者は下唇を噛み締める。流れる走馬灯、その中には先程己を襲っためくるめくハニートラップの数々までもが含まれていた。…お察しのとおりこの勇者、童貞である。
「死ね………!」
剣を後方へと引き、恍惚の笑みを浮かべた彼女は思い切り勇者の喉元へと突き刺そうとした。
…だがその時、遥か上空より……聞きなれない若い男の声が微かに耳朶に触れた。
「…くだ……い…!!!」
「!?…何だ!?」
エレインだけでなく、他の魔族も、そして勇者自身も声の発信源と思しき上空を見上げる。
曇天に染まる空模様の中、彼らの視界には小さな人影が映し出された。しかもその影は、猛スピードで彼らの元へ自由落下を続けている。
「……て…くださ……い!!!」
未だ何かを叫ぶ男。
…混乱に溺れ、全ての行動が止まる一同。
「に…人間…!!?」
次の瞬間、その人間は勇者とエレインのすぐ傍らへと墜落した。
衝撃波と舞い上がる砂煙に、周囲の生物は、二人を除いて皆吹き飛ばされてしまう。エレインは咄嗟に身構え、衝撃に顔を歪める程度で済み、勇者はそれに乗じて後方へと跳躍した。…互いに強大な力を持ち合わせている証拠である。
…十数秒の沈黙。
男が落ちた場所には、着地の衝撃により楕円の穴が形成されている。…やがて、その穴からボロボロの鎧に包まれた腕が顔を出した。
「な……何者だ貴様!!」
「人…間なのか…?」
その様子を最大限の警戒を以て見守る二人。
男は地を掴んだ手を使い、自身の体をめり込んだ地面から這い上がらせる。
…彼の容貌は、見るからに普通の人間であった。脆弱そうなメッキの様な鎧に、むき出しの頭部。騎士にしては明らかに粗末な男は、よろめく四肢を駆動させ、なんとか二人に近づいていく。
「き、貴様っ!!一体何者なんだと聞いている!!」
「……あ……あの…!!」
男は、自身と同じ人間のフォルネウスではなく、魔族であるエレインの足元へと近づき…混乱のあまり鉄剣を地へと落としてしまった彼女の右手を、静かに掴んだ。
そして、誰もが予想だにしない一言を発するのである。
「俺と……”結婚”…して下さい……!!」
「………は…?」
それは、この短時間の修羅場の空気を根底からぶち壊す様な…非現実的な”愛の告白”だった。
『対象:エレイン・ヴァン・シュレイヴ race:魔族 親愛度:-80 ”攻略対象者”』
男の視界には、機械的なその文字と共に、何にも満たされていない透明の立体的なハートが彼女の頭上に表示されていた。