十一 突発
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桃が作るトーストと目玉焼きが今日の朝食である。一人暮らしの彼女には自炊の習慣があり、手慣れた様子で調理をしていた。
私と美波はテーブルに座りながら、朝食を用意する桃の姿を眺めていた。
私たちは朝食作りを手伝おうとしたのだが、その必要は無いと断られた。桃にとって私と美波はあくまで客であり、客に朝食を作らせるわけにはいかないのだという。
お客さんを一から十までもてなすことが桃のモットーだった。彼女は意外なところにこだわりを持っているようだ。
トーストが焼ける匂いと目玉焼きを焼く音がする。朝の空腹に加えて、さらに食欲をそそる。
「できたよぉ」
目玉焼きを乗せたトーストを皿に盛りつける桃。
食パンには良い具合の焼け目がついていた。目玉焼きはベーコンがセットになっている。見た目は申し分ない。普通に美味しそうだ。
「びっくりするくらいまともな朝ご飯だわ……」
「ありがとー」
桃はニコリと笑う。
今のは褒め言葉ではあるが、かなり失礼な言い方でもあった。裏を返せば、「まともな料理なんて出てこないと思っていた」という意味になるからだ。
「春ちゃんとみーちゃんは目玉焼きには醤油? それともソースかな?」
「醤油ね」
「私もです」
私と美波は目玉焼きには醤油をかけるタイプだった。くだらないことだけど、目玉焼きにおける醬油派とソース派の争いはし烈を極める。
「そっか、二人とも醤油かぁ。じゃあ、コレ渡しておくね」
醤油の入った小瓶をテーブルに置く桃。
調味料がキチンと用意されているあたり、彼女が普段から手を抜かずに料理をしていることがうかがえる。
「でも、トーストに醤油って合うのかしら……」
目玉焼きはパンの上に乗っている。洋食であるパンに、和食を象徴する醤油を組み合わせるのはいかがなものか。
「美味しいと思いますよ。バター醤油トーストというものもありますし。私はすごく好きです」
美波が言った。彼女は迷うことなく醤油を目玉焼きトーストに垂らすのだった。
サクサクに焼けたパンにかかった醤油。ああ、なるほど。これは確かに良さそうだ。
「バター醤油かぁ。それもいいね。桃も今度やってみる!」
桃は新しいタイプのトースト作りに意欲を示す。
私も美波に倣って醤油をかけることにした。
醤油は目玉焼きの白身の部分から流れ落ち、下の食パンがそれを受け止める。
桃はソースを使っていた。それは市販のトンカツソースだった。そこからさらに、マヨネーズも目玉焼きにぶっかける。
ソースとマヨのミックス。これはこれで美味しそうである。身体には悪そうだけど。
「じゃあ食べよっか」
桃が合図をする。
「そうね。では、いただきます」
「いただきます、桃先輩」
私たち三人は両手を合わせてから、トーストにかぶりついた。
サクッ、カリッという音が鳴る。良い歯ごたえだ。焼き立てはやっぱり美味しい。
醤油はトーストに合う。良いことを発見した。
「美味しい。目玉焼きの焼き加減も私の好みとピッタリ」
桃を素直に褒める私。
「ホント? それはよかったよ!」
桃は笑顔になった。
「……美味しいです。毎朝食べたいくらいです」
美波も絶賛するのだった。
私は桃を見習うべきである。彼女に負けないトーストを作れるようになりたいものだ。
トーストは簡単な料理かもしれないが、忙しい朝にはお手頃なメニューである。軽い食事とはいえ、手抜きが許されるわけではない。限られた時間で美味しい朝食を作るスキルはとても大切だ。
私は専業主婦を志望している。私は仕事に出る夫に毎朝食事を提供しなければならない。
未来の旦那には私の贅沢ライフ実現のために、朝から晩までバリバリ働いてほしいものだ。労働に必要なエネルギーと意欲を沸き立たせるには、美味しい朝ご飯を食べさせる必要があるだろう。
以前までの私は、旦那の食事なんて冷凍食品でいいと思っていたが、村松教授夫妻のエピソードを聞いて考えが変わったのだった。
教授の美人妻は料理の腕が良く、教授の胃袋をがっちり掴んでいる。彼が奥さんに惚れた要因の一つが手料理の旨さだったという。
旦那をいつまでも自分に惚れさせるためには、容姿だけでなく料理のスキルも必要だと思うようになった。なぜなら、今の私には容姿しか取り柄がないからである。年を取って今の美しさが保てなくなると、私には長所というものが完全になくなってしまう。ただのワガママなババアになってしまう。
それだと旦那に愛想を尽かされる恐れがある。別の若い女を作って逃げられる可能性もある。美しさでしか夫婦の仲を繋ぎとめることができないのは非常にマズい。だから、美しさ以外の要素で旦那のハートをキャッチするしかないのだ。それが料理であると私は思う。
末永い夫婦生活のために、料理スキルは必須だと言える。今からしっかり磨いておくべきだろう。
「ごちそうさま。美味しかったわ」
「ごちそうさまです」
「お粗末様でしたー」
私たちはあっという間に朝食を食べ終えた。
「また食べたいわ。自分でも作れるようになりたいし、また今度教えて。桃の料理スキル、認めてあげてもいいわよ」
「ありがとう、春ちゃん! もちろんオッケーだよ。桃と秘密のレッスンしよ。色々教えてあげる……」
秘密のレッスンって言い方はやめなさい。あなたが言えば変な意味にしか聞こえないから。
お腹も膨れたことだ。今度こそ帰ろう。
私はテーブルの席から立ち上がろうとした。
……が。
バタン!
強烈なめまいに襲われ、床に倒れこんでしまったのだった。
「は、春華さん!」
「春ちゃん?!」
ホントに何なの? 最近の私って倒れてばっかりじゃない?
二日酔い? いや、もう酔いはすっかり醒めているはず。普通に朝食を食べられたんだし……。
ってことは、どうせコレも神の陰謀絡みなんでしょ? 目覚めたら変な場所にいるパターンなんでしょ? もうそういうのいいから。
だが、問題はそこではない。どうしてこのタイミングでこうなってしまったのか、ということである。山之内からヒントはまだ何も聞いていないのに。これでは心の準備もできない。
それに、こういうことが美波や桃がいる前で起こってしまうのは大丈夫なのだろうか。私のそばにいたら、彼女たちも何か恐ろしいことに巻き込まれてしまうのではないだろうか。
だが、そんな心配をしている余裕はなかった。間もなくして、私は意識を失ったのだった。
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