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九 失態

感想をお待ちしております。

 頭に鈍い痛みが走る。風邪を引いたわけでもないのに身体がやけに熱っぽい。これがいわゆる二日酔いというヤツだろうか。


 私は今、見知らぬ部屋で布団に寝かされている。居酒屋で酒に酔って寝てしまったようだが、眠りに落ちた後の記憶は一切残っていない。


 あの時はとにかく眠かったことを覚えている。それから、足がふらつく私を美波たちが支えてくれていたような気がする。そういえば、私はどこかへ向かう途中だったような……。


 眠りに落ちる瞬間はたまらなくいい気分だった。辛い感覚が消え失せて、ふわりと身体の力が抜けていったのである。あの感覚は一体何だったのだろう?


 ま、それは今はどうでもいい。細かいことはこれ以上気にしないでおこう。なぜなら、私はもっと不可解な事態に直面しているからだ。


 この場所で寝ているのは私だけではなかった。同じ布団の中に美波と桃がもぐりこんでいるのだった。


 私を中心として、右手側に美波、左手側に桃が寝ている状態だ。


 彼女たちは私に密着しながら、すうすう寝息を立てて眠っていた。可愛らしい二つの寝顔が、私に向けられている。


 こんな狭い布団に三人が同時に入って寝るのは無理がある。三人別々の布団を用意する必要があっただろう。


 カーテンで光が遮られており、部屋の中は薄暗かった。今はおそらく明け方だと思われる。私は居酒屋で寝落ちしてから、朝まで眠り続けてしまったのだ。


 ここまで私を運んだのは、きっとこの二人なのだろう。私は食事の途中で盛大に酔ってしまい、他の皆にも迷惑をかけてしまったはずだ。


 ……で、私たち三人は、どうしてこうなってしまったのか?


 一つの布団でぴったりとくっつきながら寝ている私たち三人。百歩譲って、まぁそれはいいとしよう。女同士なんだから、一緒に寝ることくらい何も問題はなかろう。


 だが、どうしてもスルーできない重大な案件がここにはあった。


 なんと私たちは、服を一切身につけていないのだ……!


 なぜ全裸なのか。なぜ三人とも全裸なのか。なぜ三人は全裸で密着し合っているのか。


 美波と桃は私の腕にしがみついていた。彼女たちの肌から温もりがダイレクトに伝わってくる。

 

 二の腕には柔らかい感触があった。私の腕は彼女たちの胸によってホールドされているのだった。


 これって、つまりアレよね? 完全に「事後」ってヤツ……?


 「わあああああああああああ!」


 私は絶叫した。事の重大性を悟った瞬間、眠気や酔いは一瞬で覚めた。

 

 とんでもないことをしてしまった。ああ、ついにやってしまった……。完全にアウトだ。


 もう本当に今度こそ、マジのガチでお嫁に行けないかもしれない。私たちは酔った勢いで、とうとう一線を越えてしまったのかもしれない。


 「……あ。おはようございます、春華さん」

 

 私の叫び声で美波が目を覚ました。彼女は眠気眼で私を見つめている。

 そのトロンとした表情にドキッとする。寝起きの美少女って、こんなに破壊力抜群な顔するんだ……。


 「美波……。これは……」


 状況の説明を求める私。


 すると、美波は何かを思い出した様子で、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべたのだった。

 

 「……ふふ。私たち、とうとうしちゃいましたね」

 「え? はい?」


 「した」って……な、何を? 

 いや、まさかそんな……。

 私は血の気が引いていくのを感じた。


 「ずっと夢だったんですから……」


 そう言って美波はさらに強く私を抱きしめた。


 頭がパンクしそうになる。私は取り返しのつかないことをしでかしたのではないかと、パニックになり始めた。


 「昨夜の春華さん、すごく可愛かったですよ……?」

 「か、可愛い……?」


 私は可愛い。そんなこと、今さら言われなくてもとっくにわかっている。私は自他共に認める絶世の美女。可愛いなんて言葉だけでは言い尽くせないレベルだ。


 だけど、今の美波の「可愛い」は、私が説明する「可愛い」とはニュアンスが異なるように思われる。もっとこう、いかがわしい意味に聞こえるのだ。


 「春華さんって、あんな声出すんですね。ちょっと意外でした」

 「へ?」


 何を言っているんだ美波は。


 「でもそれも可愛かったです。ますます好きになっちゃった……」

 「い、意味がわからないわ。声って何なの? どういうことなの?」

 

 ますます混乱する私。

 昨夜は酔っていたせいで、めっちゃ恥ずかしいことをしたのではないか……?


 「ふわわ~。おはよぉー……」


 ここで桃も目を覚ました。彼女は眠い目をこする。


 私にしがみつく桃の姿から、彼女の甘えん坊な性格が容易に想像できる。

 美少女にこんな感じで甘えられたら、同性の私でも気がおかしくなっちゃいそうだ。


 「ここはどこなの……?」

 

 私は二人に質問した。


 「桃の寝室だよぉ……。むにゃむにゃ」

 

 寝ぼけた声で桃は答えた。


 どうやら私は居酒屋で倒れた後、近くに建つ桃のマンションに運び込まれたらしい。お金がかからない分、宿泊先が友人宅である方が下手にホテルに連れ込まれるよりはマシだ。


 しかし、問題はそこじゃない。重要なのは、私たちが昨夜、何をしたのかということである。


 「アンネたちは……?」


 私は尋ねる。


 居酒屋にいたのは私たち三人とアンネ、城田さん、林さんの計六人である。今は彼女たちの姿が見当たらない。


 「城田ちゃんと林ちゃんはおうちに帰ったよ。アンちゃんは桃たちと一緒に春ちゃんをここに運んだ後、ずっと隣の部屋で寝込んでる。すごく疲れてたみたい」


 人間界にいる時、アンネの体力は魔界にいる時の五十分の一にまで低下する。魔法に頼り切った生活を送っていた彼女は元々運動不足だったため、すぐにバテてしまうのだった。そんな彼女にとって、私を運ぶ作業はかなりの重労働だったと言えるだろう。


 ともかく、アンネが私を運んでくれたことには感謝すべきだ。彼女の協力もあって、私は無事にここへ辿り着いたのだから。


 「でもどうしてあなたたちはここで寝てるの? あと、どうして服を着ていないのかしら? 今の状況、ツッコミどころが満載なんだけど」


 運んだのはいいが、わざわざ服を脱がす理由は何なのか。どうして彼女たちまで脱いだのか。同じ布団で寝る必要はあったのか。


 昨夜、私たちの間に何があったのだろうか。


 「覚えてないんですか……?」


 美波が言った。


 「全然覚えてないわ。酔ってたから」


 私は答える。


 「そうだよね。仕方ないよね。春ちゃん、いっぱいお酒飲んでたもん」

 「はい。私もビックリでした。春華さんがお酒好きとは知りませんでしたから」

 「いや、別にお酒が好きだからたくさん飲んだわけじゃ……」


 実際は見栄を張るために飲みまくっただけである。普段はお酒を飲むことはほとんどない。アルコール飲料を飲むくらいなら、甘いジュースが飲みたいものだ。


 「……で、酔った私はどうなってしまったの?」

 

 私が知りたいのは記憶がない部分についてである。酔った後、私は何をしたのか尋ねる。


 「えっと……」


 美波は気まずそうな顔をした。何か言いたくても言えないようなことを抱えているものと思われる。


 「昨日の私って、そんなにひどいことになってたの?」

 「その、何と言いますか……。とても説明しづらいことが……」

 「うん。春ちゃんは知らない方がいいかも……」


 美波と桃は揃って口をつぐんだ。

 

 何それ? そこまでして隠さなくてはいけないことを私はやらかしたわけ?


 何やってんだ昨晩の私! 酔っぱらうにも限度があるでしょ。


 「まぁいいわ。知らぬが仏ってことで。それじゃあ、三人とも服を着ていないどうしてなの?」


 よりによって全裸である。私は酔った勢いで服を脱いでしまったのだろうか。だとしても、美波や桃まで裸である理由がわからない。未成年の彼女たちは酒を飲んでいなかったので、酔っぱらって脱衣することはないはずだ。


 もしかして、酔った私が無理矢理彼女たちを脱がせてしまったのか……? 私が自ら「危ない世界」の扉を開いちゃったパターンなの?


 「えーっと、それは……」

 

 またしても美波が気まずい顔をする。


 「それこそ言えないよねぇ」


 桃も苦笑いをするのみだった。


 「じれったいわね。私は気にしないから、昨日の出来事をありのままに話して。私が酔って寝た後、何が起こったの?」


 このままうやむやで終わるより、ハッキリと話してもらった方が私的にはスッキリする。何も教えてもらえないと、かえってモヤモヤして余計に気になってしまうものだ。


 だから素直に話してほしい。真実を教えてほしい。


 「服を着ていないのは、お洗濯をしているからですよ」


 美波は説明した。


 「洗濯? どうして?」

 「そ、それは……」

 「いいから言って」

 「はい……」


 こうして、美波は私がもたらした「惨状」の詳細について、語り始めたのだった。


 私はそれを聞いて硬直した。聞かなければよかったと後悔した。


 「……というわけです」


 ようやく説明を終える美波。


 「あは……。あはは……」


 もう笑うしかない私。目にはうっすらと涙がにじんできている。

 

 「しょ、しょうがないよ春ちゃん! 酔ってたんだし!」


 桃が咄嗟にフォローを入れる。


 なんてこった。この歳にもなって……。


 私はトイレに間に合わなかったらしい。トイレ目前で盛大にやってしまったみたいだ。あの苦しみからの解放感は、それが原因だったのか……。


 情けない。みっともない。恥ずかしい。


 漏らすのは大学に入ってからこれで二回目だ。一回目は去年の学園祭。岸和田に操られた人に首を絞められた時だった。あれはある意味仕方のないことだったが、今回のヤツは弁解のしようがない。これは私の自己責任である。失態以外の何物でもない。


 服が洗濯中なのは失禁で汚れたためであった。それに加えて酔った私を支えていた美波や桃の服も巻き添えを喰らってしまったらしい。本当にすまないことをしてしまった。


 「ごめんなさい……」


 私は謝ることしかできなかった。


 「いいんですよ。おかげで、こうやって一緒のお布団で寝ることができましたし……」


 と、美波。


 「春ちゃんとお風呂にも入れたもんねー」


 と、桃。


 彼女たちは泥酔した私を風呂に入れてくれたのだった。風邪を引かないように配慮してくれたらしい。


 ここは桃の家なので私や美波の着替えはない。桃の服は小さすぎて入らない。だから服を着ていないのだった。


 桃は着替える服を持っているのに敢えて着ていない。私と美波が裸だから一人だけ服を着るのは気が引けるのだそう。


 本当にそんな理由なのだろうか。桃は全裸になりたがるただの変態なんじゃないだろうか。


 しかし、今は彼女を悪く言うことはできない。むしろここまでやってくれたことに感謝しなくちゃいけないくらいだ。


 「迷惑かけてごめんなさい。あと、気遣ってくれてありがとう」


 私は美波と桃に今の素直な気持ちを伝えた。


 「むしろお礼を言うのは私たちの方です」


 美波が言った。


 「どうして?」


 私は問う。


 「だって、酔った春ちゃんと、あんなことやこんなことしちゃったんだもん。ねー」

 「はい!」


 仲良くほほ笑む美波と桃。


 何をしたのか、そこが一番知りたいのだけれど。


 「春華さん可愛かったですねぇ……」

 「春ちゃん最高だった!」

 「ちょ、ちょっと! あなたたち、酔った私に何してたのよぉ!」


 私たちはしばらくの間、布団の中で揉み合いになった。



 




 



 

 


 

 


 



 

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