六 乾杯
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今日は新たな黒歴史が誕生した。もうボウリングなんて二度としない。下手なのはわかってたけど、こんな大恥をかくとは思っていなかった。
ゲームは三回行ったが、三回とも私は断トツでビリだった。ガーターは合計十三回。ストライクとスペアは一回も出なかった。
アンネリーゼは無様な私を見て、お腹を抱えながら笑っていた。トップスコアの城田さんも呆れ顔だった。
楽しいはずのボウリングがお通夜ムードになってしまったのは、紛れもなく私のせいだった。
ボウリング場を後にした私たち一行は、これから夕飯を食べに行くことになった。
「あはは……。どうせ私は運動音痴ですよぉ……」
ブツブツと言いながら夕暮れの街道を歩く私。
「ボウリングのことは忘れて、今夜はパーッとやろうよ春ちゃん」
桃が私を慰める。
「そうですそうです。美味しいものを食べてリフレッシュしましょう」
林さんも自暴自棄になっている私をなだめようとしている。
情けなさで涙が出そうになる私。今日は友人たちに気遣われてばかりだ。
「私、お腹空きました。もうペコペコです」
美波が言う。
空腹なのは私も同じだ。体を動かした後なので、なおさらである。
「着きましたよー。ここです」
城田さんが指を差す先には一軒の居酒屋があった。彼女がこの店に予約を入れてくれていたのだった。
中に入ると、店の奥の方に準備してあった予約席へ連れて行かれた。隠れ家のような雰囲気がある店だった。
「このような空間でお食事をするのは初めてですわ」
アンネリーゼが珍しそうな顔で言う。
「じゃあ今日はアンちゃんの居酒屋デビューだね」
桃がにこやかな表情で言った。
「そうですわね。人間界……いえ、日本の飲食店には、前からとても興味がありましたの」
掘りごたつの上にテーブルが置かれている。畳の床に人数分の座布団があり、私たちはそこに腰を下ろす。
「これがいわゆるタタミですのね。感激しますわ。タタミはジャパニーズ・カルチャーを象徴していますの」
アンネは座布団の上で正座をした。意外と様になっている。魔女のくせにどこで正座を覚えたのだろうか。
「んじゃあ、注文しますか。とりあえず飲み物はどうします?」
幹事の城田さんは積極的に動く。
「桃はオレンジジュース!」
子供か。いや、まだ未成年だから子供でいいのか……。
桃の誕生日は九月。二十歳になるまで三カ月近くある。だからアルコールは禁止だ。
一方、私は今月の初めに成人を迎えている。だからお酒を飲むことが可能だ。まだアルコール度数の低いチューハイしか飲んだことないけど、今日はどうしようかしら。
「ドリンクのメニューわかりますか?」
美波はアンネの注文決めを手伝っていた。初めて居酒屋に来たアンネに気配りをするのだった。
「よくわかりませんわ。喫茶店のように紅茶かレモンスカッシュが飲みたいですの」
「残念ですけど、この店には紅茶もレモンスカッシュも置いてないみたいですね……」
林さんが申し訳なさそうな顔で真実を告げる。
「春華。わたくしの飲み物はあなたに決めてほしいのですわ。おススメは何ですの?」
「私が決めるの? えーと、じゃあこれとかどうかしら」
メニュー表の文字を指差す私。
「コーラ……? どんな味ですの?」
「それは飲んでからのお楽しみよ。でもきっと好きになると思うわ。レモンスカッシュと同じ炭酸だから」
「シュワシュワですのね! ではそれにしますわ」
「アンネさんはコーラ……と。私もそれにしよう。他にコーラ飲む人いますか?」
オーダーをメモする城田さん。ちゃっかりしている。
「私もコーラにするよ」
林さんが手を挙げる。
「オッケー、了解。春華先輩と美波は何にします?」
城田さんが尋ねてくる。
どうしよう。せっかく居酒屋に来たんだし、お酒を注文してみようかな……。でもお酒のことはよくわからないし……。
「私はウーロン茶で」
「オッケー。美波はウーロン茶だね」
いよいよ私だけになってしまった。
よーし、こうなったら思い切ってお酒飲んじゃおっと。
「レモンチューハイにするわ」
無難なものにしておく。
「おおっ! 春華先輩はお酒ですか。大人っすねぇ~」
「お酒を頼む春華さん……。素敵です」
城田さんと美波が反応した。一人だけアルコール入りのドリンクを注文するのは気が引けるが、今夜は私が「大人の女」を見せてあげるわ。
◇ ◇ ◇ ◇
間もなくして従業員がドリンクを持ってきてくれた。全員のところにグラスが行き届く。
アンネはコーラが入ったグラスを不思議そうに見つめながら、「これ、コーヒーではなくて?」とか言っている。彼女がコーラを目にするのは初めてだった。
「皆さん準備はよろしいですかぁー?」
乾杯の音頭を取ろうとする城田さん。
私たちは一斉にグラスを手に取った。
「な、何が始まりますの?」
アンネはワケがわかっていない様子だった。ただ周りに合わせて、コーラが入ったグラスを右手に持っているだけだった。
「乾杯だよ。グラスどうしを皆でカチャンってするの」
桃が説明する。
「グラスを……カチャン、ですの?」
「軽くぶつけるだけだからね? 破壊しちゃダメよ?」
私は忠告をしておいた。アンネならばグラスが木っ端微塵になるような勢いで乾杯をしかねない。
「それではいきましょう~。カンパーイ!」
「「乾杯」」
「か、乾杯ですわぁ」
カチャンと音が鳴る。
「ぷはーっ! 美味しいぃ」
城田さんが唸った。
「これはこれで美味しいですわね」
アンネはコーラを気に入った様子だった。
私はレモン味のチューハイを一口飲んだ。少しほろ苦くて、ちょっと甘い。レモンの香りが口の中に広がり、鼻を抜けていく。
美味しいといえば美味しい。でも普通にジュース飲んだ方がいいかも。
「一口ちょうだい、春ちゃ~ん」
桃がねだる。
「わ、私も……!」
美波も続く。
「ダメよ。あなたたちはまだ未成年なんだから」
お酒を飲んでもいいのは大人だけ。大人の私だけが飲めるのよ。
「あー、そうだったぁ。桃はまだ十九だったよぉ」
「春華さんのグラス……春華さんが口を付けたグラス……春華さんの唇が触れたグラス……春華さんと間接キス……春華さんの唾液が付着したグラス……春華さんの……」
美波の目がヤバい。
恐い恐い。本当に恐い。
グラスへの凄まじい執着心は何なんだ……。
こうして私たちの夜は始まった。
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