二 梅雨
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ジメジメとした空気が不快感を与える。梅雨という時期はどうして毎年律儀にやって来るのだろうか。せめて三年に一度とかでいいのではないか。
私はそんなくだらないことを考えながら、三限目の講義を受けていた。
六月の下旬。私が住む地域にも梅雨入りが発表されていた。シトシト降り続く雨と湿気のせいで、この時期は気分が沈みがちになってしまうものだ。
講義室の窓から外の景色を見る。目に飛び込んでくるのはどんよりとした灰色の空だった。
隣の席に座る桃はノートに傘や雲の絵を描いていた。講義を聞かずに呑気に落書きとは、いいご身分だな。もう勉強教えてあげない。
「春ちゃーん……」
甘えるような声で桃が私を呼ぶ。
「何? どうしたの?」
私は小声で彼女に応える。
「青ペン貸して」
「何に使うのよ?」
「傘に色を塗ろうかなぁって……。使っていい?」
「もちろんダメ」
青ペンは私の大切な武器である。講義の要点をまとめるときに使うのだ。赤ペンよりも使う頻度が多い。落書きなんかに使ったらインクがもったいないでしょ。インクだってタダじゃないんだからね?
「これは透明なビニール傘ってことにしておきなさい。それだったら色を塗らなくてもいいでしょ?」
「なるほどぉ~。春ちゃん頭良いー」
「講義中に傘描いてるアンタは超頭悪いけどね」
本当は「落書きしてる場合じゃないでしょ!」と注意をすべきところなのだが、陰湿な梅雨空のせいでそんな気すら起こらない。いつもよりテンションが低い。
早く梅雨明けしないかしら……。久々に太陽と真っ青な空が見たいわ。
おそらく梅雨が明けるのは七月中旬くらいだろう。もう夏休みが迫っている時期だ。
しかし、夏休みの前には定期試験が待っている。まずはそれを乗り切らなければならない。
今期も良い成績を残したいので、梅雨のせいだからと言ってグダグダしている場合ではない。勉強に力を入れなくては。
私はまだ遠い夏の空を静かに待ちわびるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
「まだ雨止まないわね……。傘差すの面倒なんだけど……」
三限目の講義を終えて外に出ると、雨は変わらず降り続いていた。
「そうだ! 桃と相合傘しよ! 傘は桃が持っててあげる」
「わかった。やっぱり自分で差すことにするわ」
「えぇー」
相合傘はお断りだ。恥ずかしい。それに、私と桃では身長差がある。背が低い桃が傘を持てば、私の頭が傘に当たってしまうだろう。
私と桃はそれぞれ自分の傘を差し、雨の中を歩き始めた。
これから美波たちと待ち合わせをしている正門前に向かう。今日は講義が終わったら、皆でボウリングに行く約束をしていた。
友達がいない期間が長かったから、大学に入ってからボウリングをするのは今日が初めてである。あまり上手に投げることはできないと思う。
私はスポーツが苦手だ。球技全般が不得意だった。バスケのドリブルもまともにできないレベルである。ボウリングでは鈍くさいところを見せないように気を付けよう……。
「あ、春華さーん!」
正門前で美波が手を振っている。城田さんや林さん、アンネリーゼも揃っていた。
「遅いですわよ。こんな雨の中でわたくしをいつまで待たせるおつもりですの?」
アンネは文句を言った。彼女は最近、雨のせいで髪のコンディションが悪いことを嘆いている。そのことが原因なのか、いつもより機嫌が悪い。
「ごめんごめん。今度レモンスカッシュ奢ってあげるから」
「本当ですの? 大好きですわ、春華」
コロッと機嫌を直すアンネ。
彼女はこの前、喫茶店でレモンスカッシュを飲んで以来、ずっとそれにハマっている。どうやら魔法では生成できない味らしく、いつでも飲めるわけではないようだ。そのため、お金を持たないアンネは自分でレモンスカッシュを手に入れることができない。
「じゃあ行きましょー! スコアは私が一番取りますよ!」
城田さんは張り切っていた。ボウリングに行こうと言い出したのは彼女である。私とは違ってアウトドア派なので、身体を動かして遊ぶのが大好きだった。
「魔法は使っちゃダメだからね?」
私はアンネに耳打ちする。あくまでフェアプレイの精神を心掛けてほしい。
「ええ、わかってますわ」
私たちは近くのラウンド〇ンへ向かうこととなった。
梅雨空の嫌な気分をボウリングでスカッと吹き飛ばすのも悪くないだろう。今日は久々に思いきり暴れよう。鈍くさいことがバレない範囲で……。
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