十九 経過
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村松教授によると、アンネに治癒魔法をかけられた奥さんの体調は回復に向かっているそうだ。
体のあちこちに転移していたガンが完全に消え失せ、担当医も腰を抜かすほど驚いたという。
内臓の機能も正常で、今後しばらく経過を観察して異常が認められなければ、すぐに退院できるらしい。
ここ数週間寝たきりだった奥さんは、今では自力で歩くことができるようになり、病院内を散歩するほど元気になったのだという。
私はこれを聞いて安堵した。奥さんの病気が治ってよかった。これで教授も私も死なずに済む。
ところで、私の爪はどうなったのかというと、実は今も剥がれたままの状態である。
アンネの回復魔法で爪を治してもらうつもりだったのだが、彼女は教授の奥さんに治癒魔法をかけた後、クタクタに疲れてしまっていた。なので、私の怪我も治してほしいとは頼みづらい状況だった。ということで、私の剥がれた爪は放置することになった。
爪が治っていないので、現在私は右手の指先にテープを巻いて過ごしている。力が入らないので、ペンが握りにくいのが難点だ。
怪我のことについては、美波たちには「ドアに指を挟んだ」と説明しておいた。拷問されたとは言えるはずもなかった。
私は拷問の件で教授を訴えるつもりはないし、他者にこの前の出来事を話すつもりもない。私と教授はお互いに和解している。
あれはなかったことにしたいと思う。私は教授の家に上がり込んでなどいないし、教授は私に拷問などしていない。魔女は魔法で奥さんの病気を治したりなどしていない。病気が治ったのは偶然、ということにしておこう。
「妻は来週にも退院できるそうだ。これも君たちのおかげだよ。ありがとう……。もう何とお礼を言えばいいものか……」
村松はまた涙ぐんでいた。泣き顔を隠すように、コーヒーカップに口をつける。
私と教授、そしてアンネリーゼは、講義の空き時間を利用して岸和田先輩が働く喫茶店に来ていた。奥さんの経過報告という名目で。
私たち三人はテーブル席に座っている。私とアンネが隣同士で、テーブルを挟んだ向かい側に教授が座る形となっている。
今日は教授の奢りだった。好きなモノを注文していいと言われた。
だから私はお言葉に甘えて、桃がよく食べている「スペシャルバナナパフェ」を注文した。たくさん盛り付けられたバナナとアイスクリームがボリューム満点だ。
アンネリーゼは遠慮でもしているのか、紅茶しか注文しなかった。彼女は私の隣でお上品にそれを嗜んでいる。
「魔法のことは奥さんには内緒でお願いしますね?」
私はくぎを刺しておいた。魔女の存在は他言無用でお願いしたい。
「ああ、そのつもりだ。妻には魔法については話さない。もちろん、私や柊くんが能力者であることも……」
奥さんには余計なことは知ってほしくないと教授は考えている。私もなんとなく彼の気持ちが理解できる。友人たちを神の陰謀に巻き込みたくないという想いから、私の正体を知らないでいてほしいと考えているのと同じことだと思う。
守りたいものがある。それは私も教授も同じだった。大切な存在を傷付けたくないからこそ、私たちは闇を知るのは自分だけでいいと考えている。
奥さんはこの先も、村松の正体に気づくことはないだろう。彼女にとって村松は永遠に「普通の夫」であり続けるのだ。
「この紅茶……美味しいですわね」
アンネが独り言のようにつぶやいた。
すると……。
「そうだろう? それは当店自慢の人気メニューなのだよ。実は煎れ方にも深いこだわりがあってだな……」
エプロン姿の岸和田がひょっこり現れた。
「あら、そうでしたのね。では、詳しいお話をお聞かせ願いますわ」
「……ふっ、よかろう」
腕をまくる岸和田。
「勤務中だったのですか、先輩。平日のお昼なのに。また就活サボって……。ああ、そうでした。もう就活は終わったのでしたね」
「左様。私は解放されたのだ」
この喫茶店から内定を得た岸和田。就活から解放され、今はたくさんシフトを入れているらしい。
ここのところ、この店に来たら必ず彼女はいる。他にすることはないのだろうか。
岸和田先輩とアンネリーゼは紅茶について語り合い始めた。この二人が言葉を交わすのは多分これが初めてだと思う。
「知り合いかね?」
教授が問う。
「はい。法学部の先輩です」
「あぁ、うちの学生だったのか……」
村松は経済学部の教授である。法学部に在籍する岸和田との面識がないのも仕方ない。私も法学部の教授のことは全然知らないし。
「ちなみに、この人も能力者です」
「そうなのかい? 彼女はどんな能力をお持ちなのかね?」
「人を操り人形にしてしまう厄介なヤツですよ。あまり関わらない方がいいかと思います」
私も岸和田とは極力関わり合いになりたくない。色々面倒臭いし。特に桃が絡んだ話になるとウザい。彼女はなぜか私を恋のライバル扱いしてくるのだ。
「ほう。それはとても厄介だね……」
教授は苦笑いした。
◆ ◆ ◆ ◆
喫茶店でお茶を楽しんだ後、教授は再び大学へ戻っていった。
私とアンネはしばらく時間があるため、大学周辺をぶらつくことにした。
「奥さんの具合、回復してよかったわ。あなたのおかげよ。私からもお礼を言うわ」
「大切なことを忘れていますわ、春華。あの約束、きちんと守っていただきますわよ」
約束……?
あ、そうだった。
アレがまだ済んでいなかったんだ……。
私はここにきて最悪なことを思い出した。
「贖罪」がまだ完了していなかったのだ。
「この前は疲れていたので、春華との『お楽しみ』はお預けとなりましたが、今夜こそは準備万端ですわ。まずは一緒にお風呂に入っていただきますの」
「そ、そうね……」
「春華をペロペロしても構わない……。そうでしたわよね?」
「うわああああああ!」
「うふ……。今夜は春華を堪能しますわよ」
ここからが私にとっての地獄の始まりだった。
精神的な苦痛や屈辱を伴う「魔女の拷問」が幕を開ける……!
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