十八 贖罪
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ズキズキと痛む右手の指先を気にしつつ、私は村松教授と共に大学へ戻った。
大学に到着したのは、そろそろ三限目が終わる頃だった。アンネリーゼはこの時間で今日の講義が終了する。
キャンパス内では三限目に講義が入っていない学生たちがウロウロしていた。私たちはそれをかき分けながら、アンネが講義を受けている教室へと足を運ぶ。
「……魔女はここにいるんだね?」
「はい」
二号館のとある講義室前までやって来た。講義中であるため、廊下に人通りはない。
あと五分程度で三限目は終わる。アンネが出てくるのを待つだけだ。
講義室の中から話し声が聞こえる。男性講師がマイクを使って講義をしているようだ。
「一応聞いておくが、君の知り合いの魔女は大学生なのかい? 魔女が人間に混じって講義を受けているとでも……?」
「ええ。普通に講義受けてます」
村松には信じられないことかもしれないが、魔女が現役女子大生をやっているのは本当の話だ。彼女は魔法で不正に入学したわけだが、他の学生とは一応上手くやっている。
「神様に魔女、そして能力者……。もう何でもアリだな……」
村松は呆れたような口調で言った。
同感である。この世界は何でもアリだ。呆れるくらいに狂っている。
「そうですね。私も最初は受け入れがたかったですけど、今は無理矢理納得している感じです」
世界とはそういうものなんだ、と半ばあきらめている。私にどうにかできる問題ではない。神がいれば能力者もいて、さらに魔女もいる。これがこの世の仕組みなのだ。
「柊くんはいつから能力者に……?」
「わかりません。能力を手に入れた時の記憶がないんです」
「記憶喪失……ということかね?」
「少し違います。記憶が書き換わっているんです。大学入学よりも前の記憶は、偽りの記憶でできていて……」
「では、君はどうやって自分が能力者であることを自覚したんだい?」
「他の能力者から教えてもらいました。どうやら私の過去については、彼が一番詳しく知っているみたいです。私は自分の本当の過去を知りません。わかっているのは、私は十一年前に一度殺されているということだけです」
私はかつて、大野美波という名の人間だった。
高校三年の十一月、大野美波はクラスメイトの男子生徒によって刺殺された。しかし、その大野美波は自らの死を受け入れることができず、天の門をくぐることを拒んだ。
それからどういうわけか、大野美波の魂は柊春華という神の後継者争いに敗れて命を落とした能力者と共鳴し、十年の歳月を経てこの世に蘇った。「創造」の力を持つ能力者として。
魂という「核」の部分は大野美波がベースとなっているが、肉体は柊春華がモデルとなっている。なぜ柊春華がモデルになったのかというと、これは山之内から聞いた話なのだが、大野美波だった頃の私は同性愛者で、人気アイドルだった柊春華に恋をしていたかららしい。
私は柊春華の容姿に憧れていたため、敢えて彼女の肉体を創造の力で復元し、そこに魂を宿すことになったのだという……。
このことから、前世の私は百合側の人間だったと言える。認めたくない話だが、私はテレビに映るアイドルの女の子に恋をしていたのだ。
ウソだと思いたい。山之内のジョークだと信じたい。だが、彼はそんなくだらない冗談を言う男ではない。彼は真実しか話さないのだ。
私は紛れもなく百合属性を持っていた。
では、私の後輩である美波は何者なのか。
彼女もまた複雑な過去を持っている。
殺人事件で命を落とした大野美波。しかし、殺人現場には彼女の残留思念が根付いていた。山之内はその思念を集めて一つの人格を形成した。こうして出来上がったのが、私の可愛い後輩、大野美波ver.2である。
つまり、大野美波の魂は柊春華に生まれ変わり、残留思念は新たな大野美波に変化したということだ。
事件で命を落とす前の大野美波と同じ人格を持っているのが、大野美波ver.2の方である。そのため、今の美波には同性愛という特殊性癖が残ったままなのだ。
一方、柊春華となった私は全然違う人格を持って生まれ変わったのだった。百合属性を持たない「ノーマルな女子」で、とんでもない美少女として蘇ったわけだが、性格がクズ過ぎるという余計なオプションまで付いてきてしまった。
一体今の私は、誰の性格がベースになっているのだろうか。どうしてよりにもよって、こんな性格で生まれ変わってしまったのだろうか。これが一番の謎だ。
三限目の終了を知らせるチャイムが鳴った。
講義室から学生たちがゾロゾロと出てくる。
学生の群れの中に、アンネリーゼの姿が見えた。
私は彼女のそばに駆け寄る。
「アンネ!」
「あら、春華。迎えに来てくださったのね。そんなに早くわたくしに会いたかったですの?」
「ええ、そうよ。あなたに用があるの」
「まぁ! 欲求が抑えきれなくて、とうとう春華の方からわたくしの身体を求めるようになったのですわね!」
「勘違いしないで。今はふざけた話をしている場合じゃないの」
「わたくしはふざけてなどいませんわ。あなたのことは、いつだって本気ですもの……」
魔女はまっすぐな目を私に向けるのだった。
この女、どこまで私のことが好きなんだ……。どうして私にそこまで惚れているんだ。
私は魔女の真剣な眼差しに圧倒されそうになった。
ダメだダメだ。このくらいで慌ててどうするんだ。
「あなたにお願いがあるわ」
「何でしょう?」
さぁ、本題に入ろう。
「教授の奥さんを……助けてほしいの」
「柊くん。ここはちょっとマズいよ。どこか違う所に行こう」
◆ ◆ ◆ ◆
私たちは場所を変えるため、使用されていない講義室に入った。
ここなら他の誰かに聞かれずに話を進めることができるだろう。
「それで、そちらの殿方はどちら様ですの?」
「私は村松。この大学で教授をしている。君は魔女……なのか?」
「うふふ……。いかにも。わたくしは闇の魔女、アンネリーゼですわ」
『闇の魔女』って称号はいつの間についたのだろうか。もしかして、アニメキャラに影響されてる……?
アンネは川口さんに色んなアニメキャラのコスプレをさせてもらっている。その中でも特にお気に入りなのが、「黄昏のナイトメア」に出てくる闇の魔女、ドロシー・べレスフォードのコスである。
川口さんのオタトークが原因で、アンネはジャパニーズ・アニメに興味を持ちだした。今では私のパソコンでアニメを視聴するようになっている。最初は「日本のアニメが好きな留学生」という設定だったが、本当にハマりこんでしまったのだった。
「魔女さん、どうか私の妻を救っていただけないだろうか……!」
村松は頭を下げて懇願した。
「私からもお願いするわ。あなたの魔法で奥さんの病気を治してほしいの」
同じく私も頭を下げた。
「嫌ですわ」
アンネは答えた。
「そ、そんな!」
絶望の表情を浮かべる村松。
「ちょっと、どうしてダメなのよ? あなたの魔法ならできるでしょ?」
いつもは魔法を好き放題使うくせに、なんで今日に限ってそれを嫌がるのか。
「もちろん、人間ごときの病などわたくしならば簡単に癒すことができますわ。ですが、治癒魔法はすごく体力を消費しますの。わたくし、疲れるのは嫌ですわ」
ツンとした態度を取るアンネリーゼ。
「お願いだ……。そこを何とか……」
アンネの手を握りながら助けを求める教授。必死の思いだった。
「どうしてわたくしが、わざわざそのようなことをしなくてはなりませんの? あなたの細君を救うことが、私にとって何のメリットがあるといいますの?」
メリット……か。確かに何もない。アンネにとって村松教授はどうでもいい存在だ。彼の奥さんがどうなったところで、彼女に影響はない。骨を折ってまで助けるほどの相手ではないだろう。
魔女は人間に同情したりはしない。妻を失う悲しみなど魔女が理解できるはずもないのだ。
アンネが教授の奥さんを助けようとする動機は全くといっていいほどない。
じゃあ、私が彼女に動機を与えることにしよう……。
「メリットならあるわよ、アンネ」
「あらあら。それは何ですの?」
「教授の奥さんを救ってくれたら……その……」
口をもごもごさせる私。
本当にこれでいいのだろうか。言ってしまうべきだろうか。
ええい! 迷ってないで言ってしまえ!
これは私への罰だ。拷問を受けている時、私は教授に最低なことを言ってしまった。本当にクズなことをしてしまった。
その罪を償う時が今なんだ。
私が犠牲になることで、彼の奥さんが救われるのなら……。
「こ、今夜はあなたの言う事、何でも聞いてあげるから……」
言ってしまった……。
「何でも……? 今何でもっておっしゃいましたわね? 何でも言う事を聞いてくださるのですわね?」
興奮気味の魔女が身を乗り出してくる。
「……ええ、そうよ!」
何でも……である。
「では、一緒にお風呂に入っていただけますの?」
「いい、わよ……!」
「ではでは、お風呂であんなことやこんなことをしてもいいですのね?」
「……も、もちろんよ」
一体何をするつもりだー!
「湯上りの春華の髪をクンカクンカしても許されますのね!」
「許す! 許すわ……!」
「体中をペロペロしても……?」
「ノープロブレム!」
「んまぁあああああああ!」
アンネは鼻血を盛大に吹き出しながら卒倒した。勢いで死なないだろうか。
「柊くん……。君たちは何の話をしているのかね?」
困惑した様子の村松教授。
お願いです。今聞いたことは全部忘れてください……。
「うふ、うふふふふ! 今宵は楽しくなりそうですわぁ……」
「で、でしょー?」
終わった。私、もうお嫁にいけないかもしれない……。
「喜びなさい、人間。あなたの願い、叶えて差し上げますわ」
「ほ、本当かね!」
「感謝するのですわ! このわたくしと……そして、春華に。むふふー」
「ありがとう……。本当にありがとう……」
村松教授は涙を流しながら礼を言った。
これで何とか、罪は償える……かしら。
今夜は私の贖罪の儀式が盛大に行われることが決定しましたとさ。
柊春華さん終了のお知らせ。
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