十四 暗室
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私は薄暗くて肌寒い部屋にいた。身体じゅうをロープで縛られ、イスに括りつけられながら座っている状態だった。両腕はひじ掛けにロープで固定されており、足首が紐でイスの脚に固く結ばれているので、立ち上がることもできなかった。
もしかして、私は今監禁されている? っていうか、どうしてこんなことに?
コーヒーを飲んだら眠くなった。そして、そのままソファの上で眠ってしまった。あの強烈な眠気に襲われた後の記憶はない。気付けばこの空間で拘束されていた。
私は村松教授の家にお邪魔していたはずだ。では、この部屋はどこなのだろうか。真っ黒のカーテンが閉められており、窓の外は一切見えない。
足元はフローリングの床だった。そして、床の上にはペンチやドライバー、金槌などの工具セットが転がっている。
部屋には金属が錆びたような匂いが充満していた。日当りが悪いため、そこらにカビが生えていそうな感じだ。全体的に陰鬱な雰囲気が漂っている。
「ここは……どこなの……?」
部屋中を見回す。ここには私以外誰もいない。家具や電化製品などもない。床に工具セットが散在しているだけである。
一体この部屋は普段何に使われているというのか。人が住むには居心地が悪すぎると言える。私なら耐えられない。
村松教授はどこへ行ってしまったのだろうか。彼はかなり怪しい。もしかすると、こうなってしまったのは教授の仕業ではないだろうか。なぜなら、彼が用意したコーヒーを飲んだ途端に眠くなったからである。あのコーヒーには睡眠薬でも盛られていたのではないかと思われる。
そうだとすれば、教授は何のためにそんなことを……。
私は理解できなかった。この状況は誰によって何のためにもたらされたのだろうか……。
ガチャ……。
部屋のドアが開く音がした。誰かが中に入ってきた。
コツコツと足音が近づいてくる。薄暗くてそれが誰なのかはわからない。
足音の主が私の正面に立った。ようやくはっきりとその人物の顔が見えた。
「気分はどうだね、柊くん」
「きょ、教授……」
現れたのは村松だった。
私の体調を尋ねてくれる紳士っぷりだった。
やはりこの男が私を眠らせて、この部屋に運んだのだろうか。
「君を捕えるのには苦労したものだ。本当はもっと穏便に済ませたかったんだけどね? でもなかなか君をここへ連れてくる機会に恵まれなかったものだから、少々強引なやり方を用いることになってしまった。君がさっき飲んだのは睡眠薬入りコーヒーだよ」
教授は手提げのランプを手にしていた。スイッチをひねり、ランプに明かりを灯す。
ぼんやりとした橙色の光が私と教授の周囲を照らす。
「どうして……」
私はショックを受けていた。まさかあの教授が……という気分であった。
信じていたのに。良い人だと思っていたのに。
「すまないね。私も本当はこんな真似はしたくなかったんだ。君は真面目な学生だ。私の講義をいつも熱心に聞いてくれているし、質問までしてくれる。とても教え甲斐のある子だったよ。それがこんな形を迎えてしまうとはね。私は残念でならないよ……」
村松は申し訳なさそうな顔をしていた。悲痛な想いを抱えている様子だった。私のコーヒーに睡眠薬を仕込んだ犯人は彼で間違いないようだが、どうやら彼は不本意でそれをやったものと思われる。だったら尚更、どうして教授がこんなことをしたのかという疑問は膨らむばかりだ。
「どういうことなんですか? 何のために私を眠らせたんですか? この部屋へ連れてきた目的は何ですか?」
「落ち付きたまえ、柊くん。今はとにかく私の言い分を聞いてくれないだろうか。できることなら手短に事を終わらせたいんだ」
村松教授は私の肩に手を置いた。彼は至って真面目な顔をしており、その目には優しさが籠っていた。教授は悪気があって私を監禁したわけではないみたいだ。これには何か深いワケがあるものと思われる。
「では、おっしゃってください」
私は教授に説明を促した。
「うむ。そうさせていただこう……」
瞳を閉じ、短く息を吐く村松。
とうとう腹をくくったようだ。
教授は口を開く。
そこから出てきた言葉は予想外なものだった。
「柊くん。どうか妻を救ってくれないだろうか……」
「教授の奥さんを……? 私が?」
「そうだ。君にしかできないことなんだ」
「別に構いませんけど、それとこの拘束状態にはどのような関係が……?」
人助けなら喜んでやってやろうじゃないか。誰かに助けてくれと頼まれたならば、私はそれを断りはしない。でも、どうしてわざわざ私をロープで縛ってイスに括りつけておく必要があったのかしら?
「そ、それは……」
口ごもる教授。言いたくても言えないような事情があるのか……?
「全部話してください。このままでは納得がいきません」
「すまない、柊くん……。許してくれぇ……!」
そう言って村松は床に落ちていたペンチを拾い上げた。
彼の手はブルブルと震えていた。今にもペンチは手からこぼれ落ちそうだった。
それを使って何をするつもりなのだろうか。
「教授……?」
「はぁ……はぁ……!」
教授は息が荒く、ひどく汗をかいている。肌寒い部屋だというのに、額には汗粒がにじんでいるのだった。顔色も物凄く悪い。立っているのがやっとのように見える。
「わ、私は……できる限り君を苦しませたくないんだ……。それを可能とするためには、君自身が私の要求に従ってくれる必要が……」
「ですから! 早くその要求を言ってください、教授! 私にできることなら何でもしますから!」
「うっ! ぐぐ……! うわあああああ!」
発狂する村松。右手に持っていたペンチを床に叩き受ける。ガン! と大きな音が鳴った。
彼は何かに葛藤しているようだった。
「はぁ…はぁ……。ひ、柊くん……」
「はい……」
床に座り込む教授。あぐらをかいてガックリと首を垂らす。
そして、こう続けた。
「妻の代わりに……天国へ行ってくれないか……?」
天国へ行く? 私が……?
この人は何を言っているのだろうか……。
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