十三 豪邸
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昼食を終えると、私は午後にも講義がある美波たちと別れて再び単独行動をすることになった。桃は午後に講義はないが、アルバイトが入っているため、もう大学を後にしている。
暇だ。勉強する気にもなれないし、何かを食べたい気分でもない。本当にすることがなくなってしまった。
もう家に帰ってしまおうか。でも、美波やアンネリーゼと一緒に帰る約束をしているため、一人で勝手に帰宅するわけにもいかない。彼女たちの三限目の講義が終わるのを待つ必要がある。
大学内の書店に寄ってみよう。何か暇潰しになる読み物があるかもしれない。
私は書店へ向かった。
◆ ◆ ◆ ◆
大学が運営する書店には、講義で使用するテキストや資格対策の参考書などが置かれている。また、文庫本も販売されており、私もたまに面白そうな本がないかチェックをしている。文庫本のコーナーにはライトノベルも含まれているのだ。
私は書店に入るなり、ライトノベルのコーナーを覗いた。話題となっているアニメの原作が目立つ感じで置かれていた。
今期放送しているアニメはラノベ原作のものが少ない。ソーシャルゲームや漫画がベースのアニメが多くを占めていた。あとは完全オリジナルアニメが数本だけある。
興味をそそる本はなかった。ラノベにはフィルムがされており、立ち読みすることができない。これでは暇潰しにならないではないか。
書店を出る。五分も過ぎないうちに出てしまった。
じゃあ次はどこへ行こうか。
「おや、君は柊くんではないか」
キャンパス内をブラブラと歩いていると、『近代社会経済学』の村松教授にばったりと出くわした。
「こんにちは」
私は軽く頭を下げる。
「いいところで会った。少し君に話がある。私についてきてくれないかね」
「お話ですか……?」
「うむ。時間は大丈夫かな?」
ちょうど暇だったところだし、付き合ってもいいだろう。
「はい、問題ありません」
私は教授の後をついて歩いていくことになった。
キャンパスを出て横断歩道を渡る。一体どこまで連れて行く気なのだろうか。どんな用があるというのか。
しばらくすると、一軒家の前に到着した。
それは立派な住宅だった。二階建てで綺麗な屋根と大きな窓の付いた家だ。ガレージには高価そうな黒い自動車が置いてある。ここが金持ちの家だということは一目瞭然であった。
「ここは……?」
「私の家だよ。遠慮はいらない。中に入りたまえ」
敷地の入り口付近にある屏には「村松」と書かれた表札が掛けられていた。
さすがは大学教授だ。良い家に住んでいる。私もこんな豪邸に住みたい。
村松教授は玄関前にある柵の扉を開け、私に入ってくるように促した。
男性の教授が女子学生を自宅に連れ込むなんて、第三者に見つかればとんでもない騒ぎになるはずだ。だが、教授は既婚者である。しかもここは自宅だ。奥さんもいるだろう。やましいことが目的で私を連れ込むのは気が引けるはず。
私は教授を信じている。彼はいかがわしいことをするような人間ではない、と。
真面目で誠実な人物だ。学生と浮気をするようなゲス男ではないだろう。村松教授のことだ。きっと講義に関する重大な話でもするつもりなのではないかと思う。
「失礼します」
門をくぐり、教授宅の敷地に足を踏み入れる。
初めての豪邸だ。家の中もどんな感じなのか楽しみだ。
私も将来はこんな家に住んでいるのだろうか。高級住宅で優雅な暮らしを送るのが夢だ。
玄関のドアを開く村松教授。
すると、その奥には広い玄関ホールが広がっているのだった。
「うわぁ、広いですね……。玄関だけでこの大きさなんて……」
私の部屋と変わらないじゃないか。もうこれなら玄関だけで生活できちゃうわね。
格差というものを実感する。平民と上級国民の間には、これほどの差があるというのか。
靴を脱いで上がらせてもらう。教授が用意してくれたスリッパに履き替えると、これまた大きなリビングに案内された。
リビングには大きなテレビとソファが置かれていた。ソファの前にはガラスのテーブルがある。部屋の隅には分厚い書物が納められた本棚がそびえ立っている。
「座りたまえ」
「あ、はい……」
私はゆっくりとソファに腰を下ろす。他人の家だと座るだけで緊張する。
ポスッ。
あー、フカフカだ。とても良い座り心地じゃないか。
「コーヒーでいいかな?」
「はい。いただきます」
コーヒーなら昼前に飲んだばかりだ。だけど、せっかくだからいただいていこう。教授の家でコーヒーをごちそうになる機会なんてこの先ないだろうし。
それにしても立派な家だなぁ。建設費はいくらかかったのだろう。教授の奥さんが羨ましい。私も大学教授狙っちゃおうかしら。真剣な話。
そういえば、教授の奥さんは留守なのだろうか。夫である教授の帰りを出迎えることもしなかった。もしかすると、今頃外でショッピングやお茶でも楽しんでいるのかもしれないわね。
テレビのそばには写真立てが飾られていた。写っているのは今よりも若い見た目の教授とその妻と思われる女性のツーショットだった。
奥さんはとても綺麗な人だった。美男美女の夫婦である。しかも豪邸暮らし。誰もが羨む家庭と言える。
勝ち組とはこのような人たちのことを意味しているのかもしれない。
私も素敵な旦那を必ず手に入れてみせるぞ……。
「お待たせしたね。砂糖とクリームはここに置いておくよ」
「ありがとうございます。わざわざすみません」
村松教授がコーヒーを持ってきてくれた。いい香りが漂ってくる。
花柄のティーカップの中には、ブラックのコーヒーしか入っていない状態だった。このまま飲んでも苦いだけである。
教授はコーヒーと一緒にシュガースティックのセットとクリームを持ってきていた。甘さ調節に関してはセルフサービスというわけだ。
正直なところ、シュガースティック一本だけでは全然甘さは足りない。でも何本も使うのはみっともない。
私はスティック一本と微量のクリームを入れるだけだった。少々苦くても我慢するしかない。
「では、いただきます」
コーヒーの啜る。
苦味とわずかな甘味が口の中に広がる。
あとちょっと熱い。出来立てのコーヒーは熱があまり逃げていない状態だ。
「あ、あれ……?」
ここで突然めまいに襲われた。頭がくらくらする。視界がぐにゃりと歪んで見え始めた。
変だ……。どうなっているんだろう……。
そして、そのままソファの上で横たわってしまった。
強烈な眠気がしてくる。ボーっとする。
瞼が塞がった。私は眠りに落ちる形となった。
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