十二 衣装
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「あれー? 春ちゃん食欲無いの?」
桃が言った。
昼休みになり、私たちはいつものメンバーで学食に来ていた。他の皆がそれぞれメニューを注文する中、私だけ何も注文していないのだった。
「うん。今日はちょっと……」
私はさっき喫茶店でケーキを食べてしまった。おまけにコーヒーも二杯飲んだ。そのため、お昼だというのにお腹があまり空いていなかった。
ということで、今日の昼食はコンビニで買ったサンドイッチで済ますことにした。当初は学食で友人たちとオムライスを食べるつもりだったが、さすがにもうそんなに入らない。だから軽めの食事で十分だった。
「体調が悪いのですか? あまり無理をなさらない方が……」
心配そうな目をしながら美波が問いかける。
心遣いありがとう。別に具合が悪いわけではないの。
「大丈夫よ。身体は健康だから」
「じゃあ、もしかしてダイエットですか? えー、春華先輩スタイル良いから、これ以上痩せる必要ないでしょー」
城田さんがオムライスを頬張りながら言った。彼女はいつでも食欲旺盛だ。彼女の行きつけのラーメン屋ではいつも軽く三杯は平らげてしまうのだという。
「ダイエットってわけでもないわ。単にお腹が空いてないだけ」
私はあまり太らないタイプだ。今まで食事制限をした経験がない。むしろする必要がない。私は常に美と健康を保ち続ける女なのである。世の女性が羨む性質を持っているのだ。
「食事はきちんと取らないといけませんわよ、春華。エネルギー不足で夜の激しい運動に耐えられなくなりますわ」
アンネリーゼが言った。
「よ、夜の激しい運動……?!」
林さんが顔を赤らめた。その隣で美波が「え?」という表情を浮かべている。
アンネが意味深な発言をするからだ。誤解を招くような表現はやめなさい。
「バイトのことよ。夜まであるから」
と、私は補足説明をしておいた。危うく変な勘違いをされてしまうところだったではないか。
「そういうことだったんですね……」
美波はホッと胸をなでおろした。
彼女は何を想像していたのだろうか。私を何だと思っているのか。
「そういえば、最近オタクの先輩見かけないですよねー。もう写真撮影はやめちゃったんですか?」
城田さんが言った。彼女は川口亮子のことを言っているのだろう。
「川口さんなら、普通に学校来てるわよ。私と英語が同じクラスだし」
私は川口さんが健在であることを説明した。彼女は今でもオタク魂を失ってはいない。私は彼女と会うたびにアニメの感想を話し合ったりしている。
「そっすか。それならいいや」
「城田さん、川口さんに何か用でもあるの?」
私は尋ねる。
「いえ、そういうわけじゃないです。なんとなくこの頃会わないなぁと思って……」
確かに最近は私たちに絡んでこなくなったものだ。以前はしょっちゅう「撮影いいでござるか?」と聞いてきたものだったが……。
「できることなら会いたくないです。もうあの格好はしたくありません」
林さんが拒絶反応を示した。あのコスプレ撮影会が彼女のトラウマになってしまっている。
私だってキャンパス内であんなコスプレをさせられるのは抵抗がある。その姿をカメラで撮影されるのはもっとごめんだ。黒歴史になること間違いなしだ。
「わたくしはもう一度コスプレがしたいですわ。もっと他の衣装も着てみたいですの。お洒落で可愛らしいものがいいですわ。それに、奇抜な格好をすれば多くの方から注目を浴びるので、それがたまらなく快感ですわ! 身体がゾクゾクしますの……」
アンネはコスプレで他人の視線を集めたがっているようだった。彼女は注目されることで興奮を覚えるらしい。やっぱり変態だ。変態魔女だ。
「桃もコスプレしたいなぁ。オタクの人、今度誘ってくれるかなぁ?」
桃はコスプレ未経験だった。彼女はコスプレ姿を撮影されることに憧れているらしい。この子もやたらと注目を浴びたがるタイプだ。大人しく目立たずに暮らしたい私とは正反対の性格をしている。
「コスプレなんて学校でやるもんじゃないわ。ああいうのは、公共の場では控えるべきだと思う。オタクが群がってくるし、他の人たちにも迷惑だわ」
ブヒブヒ言ってるキモオタたちがレイヤーを取り囲み、カメラを構える光景ははっきり言って気持ちが悪い。キモオタに囲まれるなんて私には耐えられない。コスプレイヤーは並大抵の神経の持ち主には務まらないと言えるだろう。
「そうですわね。春華は自分の部屋でしかコスプレしませんものね」
アンネがまた余計なことを言い出した。
「春華さん、コスプレするんですか……?」
驚いた表情の美波が聞いてきた。
「いいえ、しないわよ……?」
私は答えた。それは本当だ。私にコスプレ趣味などない。
この魔女は何勝手なことを言うのか。
「ウソですわ。春華もコスプレしてますわよ。女王様のコスプレ……」
「ちょっ……それは……」
マズいマズい。これはマジでマズい。
「女王様……?」
美波は首をかしげる。いまいちピンと来ていない様子だった。
「あー、違う違う! 今のは忘れて!」
私は慌てて話を断ち切ろうとする。
「バカ! その話は皆の前でしちゃダメでしょ」
小声でアンネにツッコむ。
「あら、いけませんわ。テヘペロ、ですの」
可愛らしくポーズを決めるアンネ。いつの間にそんな言葉覚えたのよアンタは……。
私たちはお互いの欲を満たすために「女王様のプレイ」をすることがある。私がムチでアンネリーゼをバシバシ打つわけだが、アンネは雰囲気を出すため魔法を使って「過激な格好」を私にさせるのだった。
彼女はその時の衣装のことを女王様のコスプレと呼んでいる。
確かにアレもコスプレに入るのかもしれないが、私が好き好んでやってるわけじゃないし、アニメキャラに扮するタイプのモノとは趣が大きく異なっている。
とにかく、他の人たちの前では私たちの「儀式」のことは黙っててほしい。あの関係がバレたら今朝の夢が正夢になりかねないのだから。
私は冷や汗をかいていた。魔女が口を滑らさないかヒヤヒヤするものだ。
「さ、皆早く食べちゃって。もうすぐ昼休み終わるわよ」
これ以上余計な話をしないよう、食事に集中しろと皆に促す私だった。
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