十一 誤解
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私は山之内の言葉が引っかかっていた。せっかくのコーヒーを十分に味わって飲みたいのだが、更なる不安がそれを妨げようとする。私は喫茶店で一服することすら許されないのか。
山之内は最悪のタイミングで「ヒント」を告げてくれたものだ。ただでさえ、前島や魔女との関係で困惑していたというのに、余計に悩みが増えてしまったではないか。
彼は私の右隣の席で、呑気な顔をしながらブルーマウンテンを味わっている。そして、マスターや岸和田と和やかな雰囲気で談笑をするのだった。
「岸和田さんが次のマスターになるのですか? それは楽しみですね」
山之内は言った。
「そうなのだ。これはさっき決まったことだ。跡継ぎがいないこの喫茶店を私が任されることになった」
岸和田は誇らしげに語る。就職活動が終了したことを自慢するのだった。彼女の隣ではマスターが微笑みながら、うんうんと頷いている。
「岸和田くんは我が店を立派に支えてくれるじゃろう。この喫茶店のことを真剣に考えてくれているからのう。期待しているよ」
「光栄です、マスター」
岸和田は力強く答えた。
「これで一安心ですねぇ。これからもここのコーヒーが飲み続けられるみたいで嬉しいです。今日はそのお祝いとしてケーキも食べていきましょうか。マスター、チーズケーキをお願いします」
ケーキを追加で注文する山之内。喫茶店存続が決まり、機嫌がいい。
「聞いたかね? 岸和田くん」
「チーズケーキですね。了解であります」
岸和田は敬礼をする。メイド姿での敬礼も悪くないものだ。
「柊さんもどうです? コーヒーだけでは物寂しいでしょう」
山之内がコーヒーのお供をオーダーするように勧めてきた。
店内の壁に掛けられた古い振り子時計を見る。今は午前十一時半だった。まだ昼食前である。こんな時間から甘いデザートを食べてしまっていいのだろうか。
だが、今日はマスターの後継者が見つかり、岸和田の就職が決まったおめでたい日でもある。私もこの店を愛する一人の客として、追加オーダーで店の応援と祝福をするべきだろう。
ストレス解消のためにもスイーツを食べておきたい気分である。美味しいケーキで心を落ち着かせたいところだ。
「そうね。じゃあ私は抹茶シフォンケーキを」
私が頼んだのは、かつて岸和田がサービスで出してくれたケーキだった。彼女が作った抹茶のケーキはとても美味しかった。久々にあの味を楽しむことにしよう。
「よし、任せろ」
そう言って岸和田はカウンターの裏側へ消えていった。これからケーキの準備に取り掛かるようだ。かなり張り切っている。
私はコーヒーを口に含む。砂糖がたっぷりで甘かった。角砂糖は五個で十分だな。調子に乗って十個も入れなくてよかった。過剰な砂糖の甘さがコーヒーの味を殺してしまうところだった。
「君たちは大学の知り合いかのう?」
マスターが尋ねてきた。
「はい。僕と柊さんは同学年で学部も同じです」
山之内は答えた。
知り合い。そう言ってしまえばそうなのだが、私たちは単なる知り合いでは済まされない関係だ。能力者どうしという裏の繋がりがある。
また、山之内は私にとって数少ない同世代の知人男性だった。普段滅多に男と関わることがないので、彼との会話にはいつも新鮮味がある。
彼は大学内で唯一私に声をかけてきた男でもある。きっかけは去年の十月、彼が忘れ物をしたときだった。彼は私に筆記用具を貸してくれと頼んできたのだった。
あの時はたまたま私が彼の隣で講義を受けていたからだと考えていたが、今となってはあれは偶然ではなく山之内の狙い通りだったのではないかと思う。
あの出会いが私を能力者の世界へと引きずり込む要因となった。彼に筆記用具を貸した私は、そのお礼として猫のキーホルダーを手渡されたのだった。
私はその猫に「漱石」と名付けた。漱石は現存する情報について何でも答えてくれる優れものだった。
私は漱石に山之内の連絡先を尋ねた。それから彼に電話をして、私の正体に関する真実を教えられた。
山之内は漱石を私に受け取らせることを目的として、あの時接近してきたのだと思う。そして、私は彼の思惑通りに動かされている。彼は神と争う私の姿を見て楽しんでいるのだ。私は彼に「お楽しみショー」を提供しているようなものだった。
「本当はもっと仲良くなりたいのですが、彼女とお話しする機会に恵まれなくて……」
山之内は苦笑いをする。
調子のいいことを言うな。私をからかいたいだけのくせに。
大学内で彼の姿を見かけることは少ない。たまに学内の図書館で顔を合わせるくらいだ。私たちが会うのは、決まってお互いに単独行動をしている時ばかりだった。
そういえば、山之内には友達がいるのだろうか。彼が誰かとつるんでいる姿は見かけたことがない。ということは、彼はぼっちなのだろうか。
「……ねぇ」
「はい、どうなさいました?」
「あなたって、友達いないの?」
私はとても失礼なことをオブラートに包みもせず聞いた。怒られても仕方がないような質問だった。相手が山之内でなければ、こんな質問はできないだろう。
「ははは……。そうですね。僕には友達と呼べる存在がいないのかもしれませんね」
彼は怒りもせず、ただ笑っていた。
感情の無い笑いだった。怒りを抑えているわけでも、悲しみを紛らわしているわけでもない様子だった。本当に何も気にしていないかのような、どうでもいいと感じているような笑いだった。
「ですが、あなたとはお友達になってみたいと思います」
「……え?」
何を言ってるんだ、この男は。
冗談で言っているようには見えなかった。その一言は素直な感じに聞こえたのだった。
「僕じゃダメですかね。もしかして、あなたは女性としか仲良くしない主義をお持ちでしたか?」
「ん、んなっ! そんなわけないでしょ」
私は即座に否定した。
「違うのですか? いつも女性とばかり過ごしていらっしゃるので、てっきり男性嫌いなのかと……」
「ちがぁーう!」
誤解よ! そんなんじゃないから! 好きで女に囲まれてるわけじゃないから! 男が嫌いなんじゃなくて、男と関わる機会がないだけだから!
どうやら私は山之内に変な勘違いをされているようだ。まるで何でも知っているかのような彼ならば、私の境遇も理解していると思っていたのだが……。
私はケーキのことを忘れて、必死に彼の誤解を正し始めるのだった。
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