五 告白
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バイトが終わり、私と前島は書店を出た。今日は閉店時間まで働いたので、時刻は午後十時半になろうとしていた。もうすっかり夜になってしまった。
夜空には雲がかかっており、その隙間からわずかな数の星が姿を見せている。この中途半端な空模様が何とも言えない気分にさせる。
私はカバンからスマホを取り出し、電源を入れた。すると、美波から一件のメッセージが届いていた。
『バイトお疲れ様です』
彼女のメッセージはそれだけだった。どうやら私へねぎらいの言葉を送りたかっただけのようだ。わざわざスマホで送るほどのことではないだろうと思う。だが、こうして気遣ってくれるのは嬉しいことだった。
『ありがとう。おやすみなさい』
私はお礼を言っておいた。シンプルな言葉で返す。それが私のやり方だった。
最近は美波とはスマホでこんな些細なやり取りを繰り返している。私たちはどうでもいいことをいちいち報告し合うような関係になっていた。でも、それが楽しいとさえ感じられるようになってきた。
美波と出会うまでは友達がロクにいなかったので、家族以外の誰かとメールやメッセージアプリでのやり取りなんて滅多にする機会がなかった。この私がネットの閲覧以外の目的でスマホとにらめっこする時間が増えたのは驚きだ。
「誰からだった?」
前島が言った。
「美波。覚えてるかしら? 去年の学園祭で会ったでしょ、ポニーテールの私の後輩」
「あー、覚えてるよ。あの子も可愛いよねぇ」
「でしょう。自慢の後輩よ」
美波は可愛くて人懐っこい後輩だ。気配りも上手で優しさに満ち溢れている。そして、何故か私にベタ惚れである。
「私も負けてられないなぁ……」
と、前島は空を見上げながら言った。
「何が?」
私は問いかける。
「ううん、何でもないよ。さ、帰ろうか」
そう言って前島が私の背中を押すので、私は足を進める。
彼女はバイト前から様子が変だった。私に何かを隠しているような感じだ。
「前島さん」
「んー?」
「悩み事でもあるの? 私でよければ相談に乗るけど」
バイト仲間として私たちは半年以上の付き合いになる。ちょっとした相談をし合うような仲になってもいいのではないだろうか。
「悩み事かぁ。ははは、私って何かに悩んでるように見えてるのかな?」
「まぁ、なんとなくね。気のせいだったかしら」
「そうだねぇ。実際のところ、今の私は悩み事だらけなのだよ。悩み過ぎて困っちゃうね。もう何に悩んでるのかわからなくなってくるくらい。でもさ、それって皆同じなんじゃないかな。悩んでない人なんていないと思うよ。皆たくさん悩んでるはず。何に悩んでるかなんて気にしてる暇もないくらいに……」
「かもしれない……わね。うん、わかる気がする。私も同じだわ」
私の今の悩み、か……。
美波を狙う神の存在、魔女との契約、桃の駄々っ子っぷり、バイトのこと、大学の勉強、男にモテないこと……。
悩み事を挙げればキリがない。いちいち気にしていては前に進めないことばかりだ。クヨクヨしている暇はない。そうしてる間にも時は刻々と過ぎてゆくのだから。
「でも、これだけは相談しておきたいかな……」
前島は私の顔を見て言った。
「何かしら? 遠慮せずに言ってほしい」
私にできることなら協力したい。力になれるのならなってあげたい。
「春華ってさ、本当に彼氏いないんだよね……?」
すると、予想もしていない言葉が投げかけられた。
「……いないわ」
私は事実だけを答える。
バイトが始まる前にも言ったはずだ。私には彼氏がいない、と。
「男に興味はある?」
「それは、まぁ……」
興味がないから彼氏がいないのではない。出会いがないからいないのだ。そのことはわかってほしい。私がレズだから、などとあらぬ誤解をされるのはごめんだ。
「私はないよ」
前島はいつもよりやや低いトーンで言った。
キッパリとした声だった。素直に、正直に言ってみせた感じだった。
「な、ないんだ……」
それを聞かされた私はどういった反応をすればよかったのだろうか。「スゴイ!」って褒めるようなことでもないし、「えー、たいへ~ん」なんて受け応えもバカみたいだし……。
「男には興味がないんだよね、何故か昔からずっと……。困っちゃうよねぇ。それが私の悩みかな」
「そう……」
これ以上何を言えばいいのかわからなかった。その悩みに私はどう答えることもできないのだった。
彼女は本当は恋がしたいのに、その気になれないということなのだろうか。良い相手が見つからないと言いたいのだろうか。それは私も同じだ。グッとハートをつかむような男が現れないのは、私にとっても悩ましいことである。
「興味がないっていうのは、どういう意味なの? 異性として見られる男性が身の回りにいないってこと?」
「いいや、そうじゃないよ。私は男という生き物全般が恋愛対象にはならないって意味なんだ」
「え? じゃあ、前島さんは……」
私は言葉が詰まった。これ以上は何も聞くべきではないと本能が訴えてくるような気がした。
だけど、彼女は言葉を止めなかった。
「うん。私は女の子が好きなんだよ」
衝撃の告白だった。
私は変な汗をかき始めた。
まさか、彼女も……。
「それでね、私には好きになった子がいるんだけど……」
前島は私の目をジッと見ている。
そんな、ウソでしょ?
「私は春華が好き」
前島の手が私の髪をそっと撫でる。
彼女の目は真剣だった。
またか……。
私の前に新たな「刺客」が現れたのだった。
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