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四 魅力

感想をお待ちしております。

 火曜日は夕方から夜までバイトがある。講義が終わってからのバイトは負担が大きいが、張り切って働こう。


 先月は魔女によって魔界へ連れ去られ、物事が色々と滅茶苦茶になったせいでバイトを休んでしまった。だからあの時に迷惑かけた分を取り返す必要がある。

 

 バイト先の書店に到着した。私は短く息を吐き、スタッフ控室の扉を開いた。


 「お疲れ様でーす」


 そう言いながら中に入ると、そこには同僚の前島奈々香がいた。なぜか彼女はいつも私とシフトが被っている。バイト先で彼女と顔を合わさないことはない。まるで私と同じ時間帯を狙っているかのようだ。もはや一種のストーカーなんじゃないかと思えてくる。


 「お疲れ春華。今日も相変わらずの美人だねぇ」


 と、前島は言った。それはお世辞でもなさそうだった。

 ええ、そうよ。私は常に美しい。むしろ美しくない私なんて私じゃない。私は性格がゴミだけど、見た目だけは最高に良い女なのだ。


 「もう。そんなことないわよ」


 苦笑しながら私は言葉を返す。

 だが、表面上は自分が美人だと思っていないフリをしておく必要があった。傲慢な性格ではないということをアピールしなければならない。だって私は世間では大人しい美人で通ってるのだから……。


 「おやおやぁ、謙遜かねぇ? 人が褒めてるのに素直じゃないなぁ。そんな子にはお仕置きなんだぞ~」

 「ちょ、前島さんってば。やめてよもぉ」


 前島は私の背後から胸を揉んできた。それから、わき腹をコチョコチョするのだった。

 これはいつものことだった。まぁ彼女なりのスキンシップなのだろう。正直やめてほしいのだが、ここでキツく言ってしまうと、私のバイト先での評判が悪くなる。温厚で優しい女の子を演じなければ……。


 「春華ってさぁ、前からずっと思ってたんだけど、すごくいい匂いするよねぇ。でも最近ちょっと違う感じの匂いがする。シャンプーとか柔軟剤でも変えた?」


 背後から私にしがみついたまま前島は言った。


 ……匂い? 自分の匂いを褒めてもらえるのは嬉しいけど、じっくり嗅がれるのは恥ずかしい気分だ。


 しかしながら、私はシャンプーなどを変えてはいない。むしろ変える必要性がない。特別な出来事があったわけでもないのだから。


 それなのに、どうして彼女はそんなことを聞いてくるのだろう。体臭がおばさん臭くなったと皮肉を言いたいわけでもなさそうだし……。


 「別に何も変えてないわよ?」

 「そっか。じゃあ恋でもしたかい?」

 「いや、それもないけど……」


 乙女は恋をすると自身の香りまで変わってしまうことがある、と前島は言いたいのだろうか。私はそんな話は聞いたことがない。

 まぁ、今の私は誰にも惚れてなどいないのだが。私を落とすセレブなイケメンが早く現れてほしいものである。


 「もったいないよ春華。こんなに可愛いんだから、早く彼氏の一人や二人くらい作っちゃいなよ。春華ならすぐできるって」


 あの、それができないから苦労してるんですけど……。

 彼氏? 何それ美味しいの?

 私は彼氏を意図的に作っていないわけではない。いつまで経ってもできないのだ。何故かわからないけど、今まで男にモテたためしがない。


 「できればいいんだけどね。だけどなかなか上手くいかなくて……」


 一応努力はしてます、みたいなニュアンスを含ませておいた。実際は彼氏作りのために何か努力をしてるわけでもないが……。


 そもそも、私レベルの女に男が誰も寄ってこないことがおかしいのだ。確かに最近はキャンパス内で私を見て「あの子、可愛くね?」みたいな会話をする男子学生もちらほらいるけれど、直接私に声をかけてアタックしてくる男は一人もいないのである。どうして誰も仕掛けてこないの?


 草食系だから、なんて言い訳はいらない。たまには当たって砕けるつもりでかかって来なさいよ。この意気地なし共め。最近の男はダメな奴ばっかりだ。


 「私って、多分そこまで魅力的じゃないのよ。あと、影が薄いっていうか……」


 そんなことは微塵にも思っていない。可愛い、と男子に噂をされるのだから、私は魅力的なはずだ。私レベルの美人で存在感が希薄だというのなら、そこらの女なんて空気同然だろう。もはやモブキャラ以下だ。


 「そんなことないって。きっと春華のこと、いいなって思ってる人はたくさんいるよ。もしかしたら、案外近くにもいるかもしれない」

 「そ、そうかしら? だといいんだけど」


 うん、いるにはいる。だが、それは女ばかりである。

 私は何故か女の子から好意を寄せられることが多かった。これが一番の謎だと思う。


 「たまにはそばにいる人の気持ちにも目を向けてみるべきなんじゃないかな」


 前島はまだ私を抱きしめている。しかも力強く。

 もう五月だ。暑苦しいからそろそろ離れてくれないだろうか。それに、こんなところを他の誰かに見つかったらどんな誤解をされるかわからない。


 「そばにいる人……ね」


 私は呟いた。

 そもそも私のそばに男なんていない。強いて言うなら山之内と弟くらいだ。


 「すぐ近くにいるんだよ。近すぎて春華が気付かないだけなのかもしれない」


 そう言って前島はさらに強く私を抱きしめるのだった。

 痛い痛い。私の恋を気遣って熱心に語ってくれるのはいいけれど、少しは私の骨にも配慮してあげて。肋骨とか折れちゃうから。


 「私のことはもういいから。それより、前島さんはどうなのよ。彼氏いるの?」


 彼女もなかなかの美少女だ。モテてもおかしくはない。それどころか、私と違って男との交際経験が豊富なのではないだろうか。だとすれば、「モテ女」の師匠としてアドバイスをしてほしいくらいだ。


 「私もいないよ、彼氏。今まで一度も……」

 「そうなんだ……。意外ね。てっきり何人もいるのかと思ってた」


 なんだ、いないのか。いたことすらないのか。じゃあ私と同じじゃないか。


 「前島さんならモテモテだと思うけどなぁ」

 「どうしてだい?」

 

 それはもう、決まってるだろう。彼女は……。


 「だって可愛いし」


 お世辞や嫌味などではなかった。これは素直な感想だった。


 「可愛い? 私が?」

 「ええ」

 「て、照れるなぁ……」

 

 ここでようやく前島さんは私を解放してくれた。そして、何だか急にあせあせし始めたのだった。

 もしかして、彼女はあまり人から褒められることに慣れていないのだろうか。今まで褒めてくれる人がいなかったのだろうか。


 「前島さんは可愛いのに、どうして彼氏作らないの?」


 そんなこと、私が言える立場じゃないが。


 「そ、それは……まぁ……」

 「うん?」

 「春華が……」


 前島さんは小声で何かを言った。私はそれを聞き取ることができなかった。


 「私がどうかした?」

 「ううん! 何でもないよ。それより時間! そろそろ交代しなきゃだよ」


 彼女は話を断ち切ろうとするのだった。

 あまり触れてほしくない話題だったのかも。


 「あ! そうね。もう行かなきゃ……」


 私も彼女に合わせることにした。

 これ以上は深く聞かないことにしよう。

 

 私たちは控室を出た。

 さぁ、バイトの時間だ。


お読みいただきありがとうございます。

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