三 半分
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桃は二限目が始まる直前にやって来た。約束通りにちゃんと間に合った。このことはしっかりと褒めてあげるべきだろう。
「偉いわね。約束守れたじゃない」
「えへへ」
桃はにっこりと笑う。
無邪気な笑顔で素直に喜びの感情を表している。
彼女を見ていると、まるで子供の相手をしているような気分になる。
間もなくして講義が始まった。桃は少し気だるそうな様子だったが、居眠りや悪ふざけをせずに教授の話を聞いていた。板書をノートに写す作業も怠っていなかった。
やればできるじゃないか。これは感心だ。
二限目もあっという間に終わった。内容の濃い時間だった。
「んー! 終わったぁ。次はお昼だね」
そう言って桃は大きく欠伸をした。
私は身体を伸ばした。ずっと座りっぱなしだったので背中や腰が凝り固まっている。
「今日は集中していたわね」
「うん!」
明日もこの調子で学校に来られるようにしなければならない。そのためには、学習に意欲を持たせる必要がある。だから、些細なことでもきちんと褒めることが大切だ。
講義をサボらずに受けるのは学生としてごく当たり前のことである。だが、サボらないように努力したという点は認めなければならないと思う。
「一限目のノートはまた今度見せてあげるから、ちゃんと勉強するのよ?」
「はぁい」
とはいえ、ただ褒めるだけではいけない。時にはきちんと叱ることも大事だ。
最近の私は桃を甘やかしすぎている。岸和田先輩も桃に対して激甘だ。まぁ、先輩は桃にメロメロだから仕方ないかもしれないが、私まで甘すぎるのはいけないと思う。誰か一人くらいは彼女に厳しく接する人間がいなくてはならない。
甘ったれがちな桃の気を引き締めるためには、私が心を鬼にするしかないようだ。友人を思う立場として、ビシッといかなければならない。
「でも今度サボったら、もうノートは見せないからね。後は自分の力でどうにかしなさい。私は助けないから」
ここで警告をしておく。この次はないと伝えておくべきだろう。今こそ気持ちを入れ替える時であるということを彼女にわからせる必要がある。
「わかった。これからは真面目にやる!」
「よし。じゃあプリン買ってあげる」
「わぁい! 愛してるよ、春ちゃん」
桃は食べ物で簡単に動かされるくらいチョロイ性格をしているのだった。
この子は良い意味でも悪い意味でも素直だ。そういうおバカなところが可愛くもあるのだが、変な詐欺とかに引っ掛からないか心配だ。上手い言葉に乗せられて、まんまと騙されそうだから困る。
私は桃を連れて学内のコンビニへ向かった。この前も焼きプリンを奢った気がする。その時も火曜日のお昼だった。まるでデジャヴのような感覚だ。
だが、今日の私はあの時とは違う。なぜなら、今の私は先月分の給料が入って財布が潤っている状態だからだ。
前は金欠で後輩たちのプリンを買ってあげられる余裕がなかった。だけど、今日は財布に五千円も入っているので、桃だけでなく美波たちの分も買うことができる。
安価なものとはいえ、やはり全員分を買うのは手痛い出費だった。でも、今度プリンを奢ると約束してしまった。たまには太っ腹な先輩を演じてみたいと思っていたからだ。
コンビニのデザートコーナーを覗く私と桃。
しかし、ここで問題が発生した。
「困ったなぁ。私を含めて六人……。でもプリンはあと五個しか残ってないわ」
私と桃、美波、城田さん、林さん。そしてアンネリーゼ。
そう、一人分だけ足りないのだ。
今日は私が諦めるしかないか……。
「じゃあ桃と春ちゃんで半分こしようよ」
隣に立つ桃が言った。
「私はいいわ。桃は一個まるまる食べなさい」
「そんなのダメだよ。春ちゃんだけ我慢するなんて。大好物なんでしょ? この焼きプリン」
「それはそうだけど……」
別に今日くらいは我慢できるので問題ない。
たかがプリンで騒ぐ必要はないだろう。また今度買えばいいだけの話だ。だが、今はすごく焼きプリンが食べたいというのが正直な気持ちだった。
正直な話、私が桃にプリンを奢ると言い出したのは、自分がまさに食べたい気分だったからなのだ。
「分け合って食べるのも美味しいよ?」
「でも……」
「桃は春ちゃんと幸せを分け合いたいの」
私の手を握る桃。こちらをじっと見つめている。
「全く、あなたって子は……。わかったわ。じゃあ半分こしましょう」
「うん!」
よくわからな子だ。プリンを分け合うだけで幸せを感じるなんてオーバーだ。
私は店頭に残っていた五個のプリンを全て買い上げた。
これからこのプリンをもって学食へ行く。すでに他の皆は待っていることだろう。
◆ ◆ ◆ ◆
「お待たせ。今日は皆にプレゼントがあるわ」
学食に着くと、美波たちが座席をキープしてくれていた。本当にいつも助かる。
「プレゼント……? え? 何ですか?」
城田さんが食いついた。
「春華のヴァージンなら大歓迎ですわ」
と、アンネリーゼが言う。あなたは少し黙っててもらおうか。
「プレゼントは焼きプリンよ」
私はレジ袋の中から買ってきたプリンを取り出してテーブルに並べる。
「わぁ……! 私、これすごく好きなんです。ありがとうございます、春華さん」
美波が目を輝かせる。お気に召してもらえて何よりだ。
「美味しそう……」
林さんはプリンを手に取り、それをうっとりとした表情で見つめている。よっぽど食べたかったみたいだ。
「春華先輩ナイスです! じゃあ早速いただきまーす」
気の早い城田さんがいきなりプリンを食べようとした。
「デザートから先に食べるの?」
林さんがツッコミを入れる。
「普通は食後にとっておくものですわよ。わたくしならば、こちらのデザートは午後のティータイムに味わいたいものですわ」
「そういえば、アンネさんっていつもティータイムはどんなおやつを食べてるんですか?」
美波が質問する。
「そうですわね……。日によって異なりますが、アップルパイやスコーンが定番の品になっておりますわ」
「へぇー。いかにもお嬢様って感じっすねー」
そう言いながら城田さんはプリンをすでに食べ始めていた。食後まで待ちきれなかったようだ。
「春華先輩。この焼きプリン、めっちゃ美味しいです!」
「そう。お口に合ってよかったわ、城田さん」
さて、私たちはプリンの前にそろそろ昼食を注文しないと……。
「あ、でも待ってください。プリンの数が一個足りません……」
美波が気付いた。
「え、マジで?」
城田さんが反応する。
「大丈夫よ。皆気にしなくていいわ」
「そうだよ。春ちゃんと桃で半分こするから!」
だから美波たちは一人で一個ずつ食べてくれて構わない。何も心配はいらないのだ。
「待ってください。そんなのずるいです!」
ここで美波は予想外の反応を見せた。
一体どういうことなのか。
「美波……?」
「私が春華さんと半分こします! だから、桃先輩は一個全部食べちゃってください」
いやいや、どうしてそうなるの?
「えー、それはダメだよ。みーちゃんじゃなくて桃が春ちゃんと半分こなんだよ!」
桃が反論する。
「いいえ。春華と分け合うのはわたくしですわ。皆さん、スプーンの数に注目してほしいですの。プリンの数と同じく五人分しか用意されていませんわ。これはすなわち、プリンを分け合う者は春華と同じスプーンで間接キスをすることになりますの!」
熱弁を振るうのはアンネだった。
だからアンタは黙ってて。
「か、間接キス……! 春華さんと……! これは重要事項です。大問題です!」
驚愕の表情を浮かべる美波。
「ですから、春華とプリンを半分ずつ召し上がるのは、このわたくしが最もふさわしいと言えますわ」
「ち、違います! 私が一番ふさわしいはずです。だって私と春華さんは……」
「ダメー! 桃が最初に予約してたんだもーん!」
私たちのテーブルは一気に騒がしくなった。
プリンを分けるくらいでそんな必死にならなくても……。
私はため息をついてから、スッと立ち上がった。
「アホらし……。城田さん、林さん。私たちだけ先に注文しに行きましょう」
「あ、はい……」
林さんが私に続いて席を立つ。
「そ、そうですね。なんかえらいことになってますけど……」
城田さんも引きつった顔で立ち上がる。
まさかプリンでここまで揉めてしまうとは。今日は買わなければよかったかもしれない。
変な友人たちを持ってしまった。
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