二 仮病
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一限目の講義が終わった。私は椅子に座りながら伸びをした。うぅーん……! 今回も充実していたなぁ。
だが、講義の内容で一つだけ私の理解が追いつかない部分があった。そのことに関しては、教授に直接質問をして解決したいと思う。
私は講義が終わって荷物をまとめるや否や、黒板の文字を消している教授の元へ駆け寄った。
「今日も素晴らしい講義をありがとうございました」
満面の笑みで言った。熱心でなおかつ尊敬の眼差しを向けてくる教え子は、教授からすれば可愛くて仕方がないことだろう。
とんでもない美少女の私が質問をしてくるので、きっと張り切って答えてくれるはずだ。
「君はいつも真面目に講義を受けているね。全ての学生が君のような勤勉さを持っていればいいのだが……」
教授の名は村松。見た目は四十代くらいの男性である。眼鏡の奥にある優しそうな目と口周りの髭が特徴的だった。顔立ちも整っている。
きっと彼は女性にモテるに違いない。左手の薬指には指輪がされているので、おそらく既婚者だと思われる。
こんな知的でハンサムな旦那を持つ奥さんが羨ましい。私の結婚相手は大学教授もいいかもしれない。収入も良いし、社会的地位もある。この私を養うには十分な逸材だ。
「講義の内容で質問があるのですが……」
早速本題に入ることにしよう。
「おや、どの部分だったかな……?」
耳を傾ける教授。
私はさっきまとめたノートのページを提示しながら、「ここなんですけど……」と質問を始める。
すると、村松教授は「ああ、それはね」と細かな解説を開始するのだった。
「これはこうでね、であるから……」
ふむふむ、なるほど。そういうことだったのか。
これでようやく理解できた。
「わかりました。納得です」
「もう大丈夫かい?」
「はい。ありがとうございました」
私は疑問が解決してスッキリした気分だ。
村松教授もお役に立てて何よりだというような様子だった。
「二限目も講義があるのかな?」
私の去り際に教授が言った。
「ええ」
「そうか。頑張りたまえ」
「失礼いたします」
その場を後にする私。今から急いで二限目の講義が行われる部屋へ向かう。
二限目が終われば昼食だ。今日は木曜日ではなく火曜日だけど、カレーを注文しよう。カレーが食べたい気分だった。
おっと、呑気に昼食のことを考えている場合ではない。一限をサボった桃に今からでも学校へ来るように説得しなければ。
桃の携帯に電話をかける。すると、彼女はすぐに応答した。
『もしもし、春ちゃん? 何か用?』
「何か用? じゃないでしょ。サボってないで今すぐ学校来なさい。勉強がわからなくなっても知らないわよ?」
まるで彼女の親になったような気分だ。我が子を叱責する母親のように、私は桃に学校へ行くように促すのであった。
彼女が四年で大学を卒業できなかったら大変だ。ただでさえアホで問題児っぽいところがあるというのに、留年なんてしたら社会的に終わる。友人として、彼女にはそんな結末だけは避けてほしいと感じている。
「いいから来なさい。わかった?」
『えー、やだぁ。桃、今日はちょっと頭痛ーい』
頭が痛い。それは今日に限らずいつものことよね。この子はいい年して自分のことを名前で呼んじゃう頭の痛い娘だからね。
「熱でもあるの?」
『うーん、わかんない』
「じゃあ気のせいよ。仮病はよしなさい」
『ケホッ、ケホッ! あー、やっぱり風邪引いたかも!』
わざとらしく咳をする桃。
どうせならもうちょっとマシな演技しなさいよ。仮病なのはわかってるんだから。
「ちゃんとしないと、二度と学校に復帰できなくなるわよ? もしアンタが引きこもりのニートになったら、私他人のフリするからね?」
ここで一つ断っておくと、私が将来目指しているものはニートではない。旦那の稼ぎで自由にぐーたらとネットやアニメ三昧の生活を送ることが私の夢であるが、けっしてニートとは違う。
私が目指すのはあくまで専業主婦だ。主婦も立派なお仕事である。主婦の仕事を年収に換算すれば一千万超とも言われている。つまり、私は高所得者になる可能性を秘めた人間なのだ。
『大丈夫だよぉ。今日だけだからぁ』
甘えたことを抜かす桃。これは明日も明後日もズルズルと休み続けるフラグだな……。
どうやら彼女は本格的な五月病に陥っているみたいだ。大学なんて人生のボーナスステージみたいなものなのに、そんなところでサボり癖を身につけてどうするというのか。
「ダメよ。今すぐ来なさい。アンタのアパートからだったら、まだ二限目に間に合うわ」
『やだぁ。お腹痛くて歩けないぃ~』
さっきまで頭痛で学校へ行けないと言っていた気がするのだが、それはどうなったのか。
電話の向こうで駄々をこねる桃。やっぱり子供っぽい。小学校からやり直すべきだろう。体型的にランドセルが似合うと思う。
「いい加減にしなさいよ。アンタにノートを見せるのは誰だと思ってるの? この私よ? こうやって休み続けられると困るの」
思わず本音がこぼれてしまった。
『春ちゃん、桃がいないと困るの……?』
「ええ……。まぁ、そうだけど」
この子、都合の良いところだけ聞き取ってない? アンタがいなくて私が困る理由は別に寂しいとか、そういう意味じゃないからね?
『桃が学校に来ないと、春ちゃん寂しい?』
「は、はぁ? そんなわけないでしょ! 一人は慣れてるんだから」
最近までぼっちだった私を舐めてもらっては困る。ぼっちを極めた女、それが柊春華なのだから。
うん、こんなの何の自慢にもならないわね。
『わかった。桃、今から学校行く』
「本当? 偉いわ。約束よ?」
『うん! ちゃんと行ったら、お昼にプリン買ってくれる?』
「ええ、買ってあげるわ。二限目に間に合えばね」
『すぐ行くよ!』
そう言い残して、桃は電話を切った。
よかった。どうして私がプリンを奢らなきゃいけないのかはわからないが、動機は何であれ学校に来ることが重要だ。今は桃の生活リズムを改めさせることが目的なのだから。
私は二限目の講義室で桃の到着を待つことにした。
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