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一 愉快

感想をお待ちしております。

 ゴールデンウィーク明けは「五月病」に注意しなければならない。連休が終わって普段の生活に戻る必要があるけれど、憂鬱な気分のせいで何もかもが無気力になってしまうという深刻な病だ。これは新入社員や新入生に多く見受けられる症状だという。

 

 私は五月病には罹らなかった。今日から大学の講義が再開するわけなのだが、たった数日休んだだけで学校が鬱になることはない。そもそも、大学生活はそれなりに充実しているので、嫌になることはない。むしろ高校時代の方が憂鬱な日々だった。勉強は難しいし自由も少ないし、イベントとかがぼっちである私には正直きつかった。そういった憂いごとのないキャンパスライフの方が私には合っていると思う。


 連休明けの今日もいつもと変わらない気分で通学した。大学に到着すると、一緒に登校していた美波やアンネリーゼとは別れることになった。美波は一回生で、アンネは留学生向けの講義があるためだ。学年やコースが異なる私たちは、大学内では行動がバラバラである場合がほとんどだった。

 

 一限目『近代社会経済学』の講義が行われる教室で、私は桃が来るのを待った。彼女はいつも遅刻寸前の時間にやって来る。それを待っている間、私はノートを開いて前回の講義の内容を復習することにした。


 今年度も優秀な成績を修めなくてはならない。一回生の頃はとても良い結果を残すことができた。高校時代は落ちこぼれだったけど、大学では優等生に分類されるポジションにいる。


 優等生ともなれば、その立場としてのプライドがある。それを保つためには努力が必要だ。だから、私は気を緩めるわけにはいかない。


「あの、すみません」


 ノートを見ていると、後ろの席に座る女子学生に声をかけられた。

 私は「はい」と言いながら彼女の方を見る。

 大人しそうな感じの人だった。


「前回の講義を休んでしまって……。よかったらノートを見せてもらえませんか?」

「いいですよ」


 私は快くノートを見せる。

 この人は良い目を持っている。たくさんいる中で、敢えてこの私に頼んだのは正解だ。優等生の私がまとめたノートは、他の学生のものよりずっと見やすいし内容もわかりやすい。


 女子学生はスマホのカメラで前回分のノートをカシャカシャと撮影し始めた。家に帰ったら、その画像を見てしっかり復習してほしい。


「ありがとうございました。綺麗な字で書かれていますね」


 彼女は賞賛の言葉と共にノートを返却する。


「いえ、そんな……」


 私は照れ臭くなった。


「いつも熱心にノートをまとめてますよね。素直に尊敬します。私なんて、眠くてウトウトしちゃうこともしばしばで……」

「そういうことなら私もたまにありますよ。居眠り防止には眠気覚ましにコーヒーを飲んだり、ガムを噛むのがおすすめです」


 私はよく講義中にガムを噛んでいる。特に昼食直後の三限目。

 ガムを噛みながら人の話を聞くなんて、優等生らしからぬ言動だと思われるかもしれない。だけど、「ガムを噛んではいけない」という規則は存在しない。


 私は思う。ガムを噛んで講義を受けることは、果たして教授に対して失礼な行為に当たるのだろうか、と……。

 いや、そんなことはないはずだ。なぜなら、私の目的はガムを味わうことではないからだ。集中して講義を受けるために噛んでいるのだ。相手の話を聞き洩らさないための処置を行っているに過ぎない。つまり、教授に対して最大の敬意を払っているからこそ、ガムを噛むのである。


 合理的かつ真面目な動機で行っているのだから、マナー違反などと言われる筋合いはないと思う。

 集中力を高める。そのためならばガムは認められてもいいのではないだろうか。今度国会で議論してほしいものだ。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「遅いわね、桃。あと一分で講義始まるのに……」


 桃はまだ来ていない。彼女はどこで何をしているのだろう。もう教授が講義室にやって来ているというのに。

 私はスマホを見た。すると、桃からメッセージが届いていた。


 『今日は自主休講にするよ。テヘペロ☆』

 

 あのアホツインテールめ。最近サボり過ぎだ。この前も一限目をすっぽかしたし、講義に出席しても私にイタズラするか寝てるだけだし……。あの子は何のために大学に通っているというのだ。

 いくら私がまた後日に勉強を教えるからといって、普段怠けてもいい理由にはならない。

 

 桃は気が弛んでいる。どうやらここは私が彼女をビシッとしごいてやる必要がありそうだ。このままだと桃は単位を取得できない。自堕落なせいでポロポロ単位を落としまくるような人間が、自分の友達だとは思われたくない。


 『後で話があるわ』


 と、私は返信しておいた。

 それとほぼ同じタイミングで講義開始のベルが鳴った。


 スマホをカバンにしまう。講義中にガムを噛むことはあるけれど、スマホをいじるような真似はしない。だって私は優等生だもの。


 ああ、ため息が出そうになる。私は美人で真面目な優等生。おまけにサボりがちな友人の心配までする優しい心の持ち主……。はぁ~、なんて完璧な人間なのかしら。


 教授と目が合った。彼は私を見ながらほほ笑んだ。真面目な顔で真剣に自分の話を聞いてくれる学生がいて嬉しく感じているのだろう。しかもその学生がとてつもない美少女ときた。教授はきっと内心ではウハウハに違いない。


 私が単位を落とすことなど、万が一にもないだろうが、もし……もしも落としてしまったとしても、私が媚びれば教授は簡単に単位を認めてくれるはず。


 いや、そんな甘いことを考えるのはやめておこう。実力で単位を勝ち取るべきだ。そのための努力を惜しんではならない。


 私は自分を戒めた。

 

お読みいただきありがとうございます。

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