二 奇跡
上田桃の視点です。
春ちゃんに初めて出会った時、桃は運命を感じたよ。今まで見てきた女の子の中にも、たくさん可愛い子はいたけれど、春ちゃんだけは特別な感じがするなぁ。だから桃はあれからずっと、春ちゃんを特別な存在として想い続けているの。
あれは大学の入学式の日だったね。式が終わったら、友達がいない桃はすぐに下宿先のアパートに戻るつもりだったんだけど、帰る直前に一人の女の子を偶然見かけたんだ。スーツ姿だったから、その子も新入生だとわかったよ。桃は彼女に思わず見惚れてしまって、ちょっとだけ後をつけてみることにしたんだ。
長い黒髪がとても綺麗だった。もちろん顔も整っててすごく綺麗だったよ。白くてつやつやしたお肌が春の日差しを浴びて、よりいっそう輝いていたなぁ。
子供っぽい桃とは違って大人びた感じだったよ。クールで美人なところに憧れちゃう。
その子も桃と同じで一人ぼっちだった。入学式が終わった大学では、記念写真を撮ったりサークルの案内を受けている新入生がたくさんいたけれど、その子はそういったものには見向きもせず、そそくさとキャンパスから出て行っちゃったんだ。だから桃は慌てて彼女を追いかけたの。
桃のアパートと同じ方向に歩いていたから、もしかすると近くに住んでる子なのかなぁと最初は思ったんだけど、その黒髪の女の子は駅の中に入っちゃった。どうやら下宿ではなく自宅通いだったみたい。
その時は彼女を見失ってしまったので、それ以上は何もできなかった。声をかけてお話ししてみようと思ってたんだけどね。
どうしてその子を追いかけたのかはよくわからない。でも、お近づきになりたいと感じたのは事実だよ。桃の心は彼女を求めていた。その子とは友達ではなく、もっとそれ以上の関係になりたいと思ってしまったの。
入学式からしばらく経った日。桃は再び彼女を見かけてしまった。なんと彼女は桃と同じ講義室にいたんだよ。
桃は後ろの席から彼女を見ていた。黒板よりもその子のことばかりを見ていた。講義のことなんてどうでもいいくらいに感じていた。
やっぱりその子は一人だった。一人で席に座って真面目に講義を受けていた。ノートにいっぱい書き込みをしていた。教授の話に聞き入っている感じだった。とても勉強熱心な人なんだなぁ、と思った。
こうやって再び会えたのは奇跡としか言いようがないよ!
桃は講義が終わったら、その子に声をかけることにした。彼女とお話しをして、仲良くなってもらおうと思っていた。
でも、その子は講義が終わったらすぐにいなくなっちゃったんだ。桃も次の講義があるから、その子を追いかけることはできなかった。
その別の日にも、桃はもう一度彼女に声をかけようとした。今度は講義が始まる前の時間に話しかけてみることにした。
だけど、その子は講義前も熱心に参考書を読んでいたんだ。なんだか邪魔しちゃ悪い気がして、声をかけることはできなかったの。その子はとても真剣な顔をしていたから……。
こういったことの繰り返しで、結局一回生の前期は彼女と話すことはできなかった。桃は意気地なしだった。彼女の大学での行動を観察して、行動パターンを把握するまでになったんだけど、声をかける勇気がどうしても出なかったんだ。桃なんかじゃ相手にしてもらえないと思って……。
その子は桃とは住んでいる世界が違うんだ。誰とも話さずに自分だけの境地を開こうとしている真面目な優等生だったんだ。
きっと桃じゃその子とは不釣り合いだ。仲良くなれるわけがないんだ。だって、その子は友達なんて必要としていない感じだったから。桃と深い仲になることなんて尚更無理だと思ったよ。
だからもう、桃は彼女を忘れることにした。
夏休みになった。大学に行くことがないので、その子には会えなくなった。
彼女を目にする機会がなくなって、桃は心に大きな穴が開いた気分になってしまった。この時気づいたんだ。やっぱり桃はあの子が好きなんだ。あの子が必要なんだなぁって……。
彼女を諦めることなんて、桃にはできなかったんだよ。あの子に会いたい。あの子の顔が見たい。あの子と話したい。あの子に触れたい。そんな気持ちが抑えきれなくなったの。
桃は悶々とした気持ちで夏休みを過ごした。今までで一番落ち着かない夏休みだった。
こうして、桃は決意したの。
後期になったら、あの子に声をかけてみよう……と。
たとえ振り向いてもらえなくても、たとえ嫌われても、桃は彼女を追いかけていこう。そう決めたんだ。
そして夏休みが明けた後期。またしても奇跡は起こった。
桃はまた、あの子と同じ講義を履修していたんだ。
あの子にまた会えた……。
とても嬉しかったなぁ。これって運命なのかなぁ、って思ったよ。
こうなったら決めるしかない。今度こそ、彼女に話しかけよう。
十月の木曜日だった。あの子はいつも、木曜日には学食でカレーを注文している。
桃も彼女と同じカレーセットを頼んだ。まずはお揃いのメニューを食べることで、お互いの心を通わせてみようと考えたの。
あの子は困っていた。カレーセットを注文したのはいいけど、席が見つからないようだった。
桃はそんな彼女のために、席を確保しておいたんだよ。
チャンスだ。席が無くて困っている春ちゃんに声をかけるんだ……。
でもそうやって話しかけようかな? いきなり話しかけられても春ちゃん困るよね?
でも同じ講義に出席していることだし、その好で席を確保しておいたと説明すればオッケーだよね?
桃は彼女に思い切って声をかけたよ。できるだけさり気なく、親しみやすい感じでね。
「ここ座って。桃が取っておいたよ」
言えた。ちゃんと言えたよ! 桃、初めて春ちゃんに声をかけたんだよ!
でも、彼女の反応は予想外だった。
「あなたはどなたですか?」
そんなぁー!
桃はいつも彼女を見ていたのに。同じ講義に出席していたのに。話したことはなかったけど、桃のことは知ってくれていると思っていたのに……!
でも桃はめげなかったよ。平常心を保ったよ。そしてそのままの勢いで、一緒にお昼を食べたんだ。
カレーを食べ終えた後、桃は春ちゃんに想いを伝えた。全て正直に伝えた。
一緒にカレーを食べてて気づいたんだ。この子は桃が思ってたほど、近寄りがたい人じゃなかったんだってことに。
どうして今まで声をかけるのをためらっていたのか。そのことが本当に馬鹿みたいに感じたんだ。
春ちゃんはクールで冷たい、別世界の住人。でも実はそんなことはなかったの。
ホントはちょっと恥ずかしがり屋で引っ込み思案な女の子だったんだよ。それに、根は優しい人なんだ。
桃はますます春ちゃんが好きになった。
結局、春ちゃんにはフラれてしまった。桃と恋人にはなれない、って……。
だけど、友達にならなってあげてもいい、と春ちゃんは言ったんだ。
嬉しかった。ハッピーな気持ちが弾けそうになった。
その日以来、桃は春ちゃんと一緒に行動するようになった。春ちゃんは桃にとって、大学で初めてできたお友達なんだよ。
「起きなさい、桃。そろそろ帰るわよ」
頭上から春ちゃんの声がする。
むぅ……。まだ眠いよぉ。
目をこすりながら顔を上げる。
「おはよぉ……」
「おはよう、じゃないわよ。アンタ、講義中ずっと寝てたでしょ」
隣には春ちゃんの顔があった。怒った顔も可愛いなぁ。
桃はいつの間にか寝ちゃってたみたい。講義中だったけど。
でも、また今度春ちゃんにノート見せてもらえばオッケーだよね。
「ちゃんと話聞いてないと単位落とすわよ? アンタが卒業できなくても知らないからね?」
「大丈夫。桃には春ちゃんがついてるから!」
「は?」
「ノートのコピーよろしく!」
「くたばれ」
「ぎゃふっ!」
スパーン! と春ちゃんは桃の頭をノートで叩いた。
イタタ……。桃ちゃん超ショック~。
「私を何だと思ってるのよ、アンタは……」
春ちゃんは呆れ顔で言った。
「親友だよ!」
と、桃は答えた。
「な、何言ってんのよバカ……。そんな堂々と照れもせずに……」
「むふふふふ~」
可愛いな、やっぱり。自然と笑みがこぼれちゃう。
桃は春ちゃんが好き。大好きだ。
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