一 隣席
山之内翔平視点です。
これまでの振り返りです。
山之内翔平。それがこの僕の名前です。R大学の二回生で経済学部に所属しています。
表向きは普通の大学生ですが、実は神の手先でもあります。僕は神のお気に入りの部下なのです。一応、神への忠誠を誓った能力者なのです。
この世界は神によって支配されており、神の意志によって全てが決定されることになっています。
僕は神の意志を知る権限が与えられています。だからこれから起ころうとしていることを事前に察知することができるのです。
神は安定を求めています。秩序の維持と盤石な体制を整えることを第一の目的としており、この世界を自分にとって都合の良いものへと変えていくための計画を着々と進めているのです。ですが、彼女は神になってからわずか十年程度です。神としての経験や力量はまだまだと言えるでしょう。
そんな駆け出しの神にとって邪魔な存在が二人だけいます。
それは柊春華と大野美波です。
まず大野美波について。彼女はかつて神が神になる前、つまり人間だった頃のクラスメイトでした。
高校三年生だった大野美波は、人間だった頃の神と同じ大学を志望していました。神は推薦入試による合格を目指していましたが、その推薦枠を大野美波に奪われてしまいました。
推薦による合格を勝ち取った大野美波は大喜びしました。神はそんな彼女が気に入らなかったのでした。
神はまだ人間だった頃、朱音という名で呼ばれておりました。
やがて朱音は神の座をかけた戦いに勝利します。神となった彼女は、憎く思っていた大野美波を殺してしまいました。神の力を使って……。
しかし、死んだはずの大野美波は十年の月日を経て現世に蘇りました。それを可能にしたのが、柊春華です。
柊春華はかつて神の座をかけて闘った人間の一人です。その時に与えられた神の力である『創造』を使って、大野美波の肉体を復元したのです。
春華は美波が殺された理由を知ります。彼女の死が神の仕業であったことを僕が教えました。
春華は神を許せないと言いました。今すぐ神の座から引きずり下ろすべきだと考えています。そんな彼女は神にとって都合の悪い反逆因子なのです。
気に入らないから始末したはずの大野美波を生き返らせ、さらに自身へ刃向おうとする柊春華は、神にとって非常に厄介な存在です。
神は春華と美波を再び葬らんとするのでした。
神の手先は私だけではありません。限定的な神の力を与えられた能力者が人間界に潜伏しているのです。彼らは普段、平凡な人間として生活を送っています。しかし、神の命令が下ればそれに従う必要があります。言い換えれば、彼らは神の駒に過ぎないのです。神の加護を受けることと引き換えに、自由を失っているのです。
神は手下である能力者を使って、柊春華と大野美波を滅ぼそうとします。
岸和田由希子も神の手下の一人でした。彼女は高校時代、神によって命を救われています。しかしそれは、神に服従することを交換条件として救われた命でした。
岸和田はそれ以来、自由を失いました。神の支配を受けながら生を送っていました。
そして昨年の十一月。学園祭の最終日。
彼女に神からの指令が下りました。彼女は大野美波を柊春華に殺させるという任務を与えられたのでした。
柊春華が有する創造の力には制約があります。それは彼女自身が破壊した人や物は、二度と復元できないということです。
もし春華が美波を殺せば、創造の力を使っても大野美波の肉体を復活させることはできなくなるというわけです。それが神の狙いでした。まずは大野美波を完全に滅ぼそうというわけです。
岸和田には人の思考や行動を操る能力があります。彼女はその力を使って学園祭を訪れていた人々を操り、柊春華を追い詰めました。
しかし、春華は同時に複数の命令を出すことができないという岸和田の能力の欠陥を見抜きます。春華は岸和田を説得し、神から寝返らせることに成功したのでした。
神は手下を一人失いました。岸和田由希子は柊春華サイドに取り込まれてしまったのです。
春華の狙いは神からの離反者を増やすことでした。能力者たちを自身の味方に付け、神の包囲網を形成しようと考えています。
彼女は神に服従する能力者たちを解放したいと考えているのです。いわば「救世主」を目指しているのです。意外とお人好しなところもあるようですね。
次に神が取った行動は魔女との結託でした。魔界に住まう漆黒の魔女・アンネリーゼを利用して、柊春華と大野美波を襲撃したのです。
しかし、こちらの魔女も神を裏切ったのでした。魔女が神に従う動機は希薄だったのです。魔女の目的は柊春華を手に入れること。それが達成できれば神の命令などどうでもよかったのです。
これでとうとう、魔女までもが神のもとから去ってしまったのでした。
神の弱点は人望の無さだと言えます。このままでは、次々と柊春華に手下を奪われていくでしょう。
僕は今後の展開が楽しみです。柊春華が神の鉄槌を退けて勝利するのか。それとも、神が春華と美波を死の世界へ引き戻し、理想の世界を築き上げるのか。
面白くなりそうです。春華さんはこれからも僕を楽しませてくれることでしょう。
「あ、こんなところにいた。あなたって、いつも一人で何かしてるよね」
おや、噂をすればご本人が登場したではありませんか。
柊春華さんが後ろに立っていました。僕は図書館で一人、課題のレポートを作成していたのですが……どうやら見つかってしまったようです。いや、別に隠れていたわけではないのですが。
「ははは。柊さんこそ、前までは一人だったでしょう。今では随分と賑やかなようですが」
「そうね。自分でも驚いてるわ。友達がここまで増えるなんて思ってなかったから」
そう言って彼女は僕の右隣の席に腰を下ろしました。
空席は他にもたくさんあるというのに、わざわざ僕の真横に座るのはなぜでしょう。もしかすると、彼女は僕に気があるのかもしれませんね。
「今日はお一人ですか? ここにはどういったご用件で?」
僕は春華さんが一人で図書館にやって来た理由を尋ねました。
「レポートがあるのよ。あなたも同じ講義に出てるでしょ? それのヤツよ。集中したいから他の皆には先に帰ってもらったわ」
「ああ、なるほど。ちょうど僕も取り組んでいたところなんですよ。もうすぐ完成しますが」
僕は彼女にほぼ書き終わったレポート用紙を見せました。
「早いわね。私はまだ半分くらいかな。それにしても、今時手書き指定のレポートなんてどうかしてるわよね。パソコンで打った方がすぐ終わるのに……」
愚痴をこぼす春華さん。彼女の不満げな表情も魅力的に思えるのは、彼女が以前僕が憧れていた女性の姿をしているからでしょうか。
柊春華という人間は、神の座をかけた争いに敗れる前までは人気アイドル歌手だったのです。僕は彼女の熱狂的なファンだったというわけです。
「こちらの資料をお貸ししますよ。調べるべき事柄はほとんどこれに書いていますから」
「ありがとう。お借りするわ」
春華さんは資料本を受け取りました。
「次は何が起こるの……?」
彼女は僕に問いかけました。
神の災いのことを言っているのでしょう。
「それはその時までのお楽しみですよ」
僕は意地悪に笑ってみせました。
お伝えできるのはヒントだけ。それが僕と彼女の契約ですから。
「……ケチ」
春華さんは拗ねました。僕の方から顔を背けてしまいました。
彼女に待ち受けている運命。僕はそれをゆっくりと眺めたいと思います。
「あなたを応援していますよ。個人的には」
「ふん」
僕はしばらく彼女の隣にいることにしました。僕のレポートが終わるまでの間ですが。
やっぱり春華さんは見ていて面白い。とても興味深い人ですね。
お読みいただきありがとうございます。
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