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十五 欲望

感想をお待ちしております。

 魔女に馬乗りされて一切抵抗できない私。そして、魔女はその口で私の口をふさぐ……。

 私は彼女に唇を奪われたのだった。

 一瞬の出来事だった。なすすべもなく、ファーストキスを奪われてしまったのである。

 まだ柔らかい感触が唇に残っている。なんということだ……。まさかこの女に初めてのチューを捧げてしまうなんて。私、今度こそお嫁に行けないかもしれない。

 本当は未来の彼氏様に捧げるつもりだったのに。それなのに、どうしてこんな魔女なんかに……。

 

 「これで『おまじない』が完了しましたわ……。あなたはもう、わたくしから逃れることはできませんの」

 アンネリーゼはうっとりとした表情で私を見ている。

 「な、な、何やってんのよぉおおお!」

 私は思わず叫んでしまった。抑えきれない恥ずかしさと動揺が体中からあふれ出してゆく。それはまるで噴火した火山のようだった。

 「あらあら、お顔が真っ赤ですわよ春華」

 口を右手で覆いながらほほ笑むアンネリーゼ。

 笑い事じゃないわよバカ。

 「アンタ……なんてことしてくれたのよぉ……」


 もう後戻りなんてできない。「今のはナシ! ノーカンにしましょう!」などというのは通用しない。遊びだろうが冗談だろうが、キスをしたという事実は消えずに残る。どういった形であれ、「一回目」はカウントされてしまうのだ。


 ありえないわ。こんなの不本意すぎる。心の準備もできていなかったのに。いきなりこんなのってないわよ。

 「うっぐ……うぇ……。ううぅ……」

 ポロポロと涙がこぼれ出す。私は嗚咽を漏らす。

 悲しいというより、後悔や無念の気持ちが強かった。


 「泣くことはありませんの。これはいずれ通るべき道でしたのよ。また一つ、あなたは大人の階段を上ったのですわ」

 アンネリーゼが私をなだめる。その声には温もりがあった。

 そうか、私は大人に近づいたんだ……。

 いや、ちょっと待って。勝手に美談にしないでくれる? 誰の責任だと思ってるの?


 「初めてだったのに! 大事に取っていたのに! バカァ!」

 魔女の頬をビンタする私。

 バシーン! 会心の一撃が見事にクリーンヒットした。

 アンネリーゼは「ひゅん!」と言いながら吹き飛んでいった。

 初めて私の攻撃が魔女に当たった。こうかはばつぐんだ!


 「か、快感ですわ……。ぜひもう一度……!」

 叩かれた右の頬を抑えながらプルプルと身体を震わせるアンネリーゼ。悦楽に浸っている様子だった。今のビンタで変なスイッチが入ってしまったのかもしれない。

 この女、変態だ。殴られて興奮するなんて……。


 はぁはぁ、と息を荒くしている魔女。最高に気持ち悪い。どうしてあんなので喜んでいるのかさっぱりわからない。

 だが、今の私はとてつもなくイライラしている。唇を奪われたというやり場のない怒りを魔女に思いきりぶつけてやるしかないと思った。

 よくも……よくも私のファーストキスを……。

 この魔女を滅茶苦茶にしてやりたい。ズタズタにしてやりたい。そんな思いが私を突き動かす衝動となるのであった。


 「いいわよぉ? じゃあ、私がもっといじめてあげる……」

 そして、私の中の何かが目覚めた。

 「あ、あぁ……! ゾクゾクしますわ!」

 アンネリーゼは痙攣が止まらない。

 いいだろう。もっと楽しませてあげようじゃないか。あなたには私のストレス発散の道具になってもらうわ……。


 「ど、どうかっ……! こちらをお使いくださいませ!」

 魔女は魔法でむちを生成した。

 なるほど。これでビシバシやれというわけね……。

 私は鞭を受け取った。すると、何故かニヤニヤと笑みがこぼれてきた。

 何だろう、この感じ……。すっごくワクワクする!

 私にも変なスイッチが入ってしまったみたいだ。


 「さぁ、女王様の前でお鳴きなさい!」

 興奮気味になりながら叫ぶ私。

 アンネリーゼは床の上で四つん這いになる。

 「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 バシバシと魔女を鞭打つ。これがたまらなく楽しい。

 アンネリーゼはブヒブヒと鳴いて喜んでいる。いいゾ~これ。もっと鳴くがいいわ。私の怒りが済むまで痛めつけてあげるから。


 「あはははは! もっと私を楽しませなさい、この薄汚い雌豚っ! このド変態!」

 ビシィー!

 「あはぁん! た、たまりませんの……」

 鞭の悦びを知りやがって! これはお仕置きだというのに……許さんぞっ!

 私は鞭打たれて感謝するアンネリーゼをいじくり倒す。

 なんて面白いのかしら、これ……。


 「『もっと叩いてください女王様』って言いなさい! ほらほら!」

 「じょ、女王様ぁ……。もっと……もっとわたくしを……」

 ヤバい。もう止まらない。

 私は気が済むまでこの豚魔女をいじめてやった。鬼畜女王様の気分は最高だ。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「私は一体、何を……」

 鞭を握る手を見て私は思った。ふと我に返った瞬間だった。

 足元にはよだれを垂らしながら満足そうな笑みを浮かべるアンネリーゼが転がっていた。彼女の可愛いゴスロリの服は、鞭に打たれてところどころが破れてしまっている。

 あれからどれくらいの時間が過ぎたのだろう。私はしばらく魔女を叩き続けていたようだ。

 

 「やってしまった……。勢いで……つい……」

 さっきの私は別人だった。普段見せない顔を見せてしまっていた。心の奥に眠っていた「女王様な私」が目を覚ましてしまったようだ。

 美少女を心ゆくまでいじめてやった。こんなことをするなんて、私らしくないと思う。

 だけど、すごく楽しかった。すごく夢中になっていた。あれが「もう一つの自分」だといえる。


 「は、春華……」

 アンネリーゼはガクガクと膝を震わせながら立ち上がる。

 「ごめん……。少し調子に乗り過ぎた」

 初めてのキスを奪われた仕返しとはいえ、八つ当たりの度を過ぎていただろう。酷いことをしてしまった気がする。罪悪感が半端ない。

 だが、肝心の魔女はさっきの「お仕置き」を喜んでいた。いや、悦んでいたのだ。


 「わたくしたち、相性が良いのかもしれませんわね」

 アンネリーゼがグッと顔を近づけながら言った。

 「べ、別にそんなことは……」

 私は魔女から視線を逸らした。

 ソファの上で横たわる美波の姿が目に飛び込んできた。彼女は依然として眠ったままだ。隣で私たちがあれほどはしゃいでいたというのに、それでも起きないなんて。本当に魔法の力が彼女を眠らせているんだ……。


 「わたくしと愛人になるという契約、結んでいただく気になりましたか?」

 「なるわけないでしょ、あんなので」

 「ですが、あなたはとてもいい顔をしていましたわ。そしてわたくしも、たまらなく気持ちよかったですの。お互いの欲望を満たし合える。それがわたくしたちの関係……。わたくしは春華にとって必要な存在になれますわ。欲望こそがわたくしたちの生きる糧となるのですから……」

 「それがどうしたっていうのよ? 欲望とか知らない。私は別にアンタの欲望を満たすつもりはないし、アンタに私の欲望をどうにかしてもらう気もないから……」


 自分の欲望は自分のもの。他人のそれは他人のもの。私が魔女を必要とすることはない。

 私は私の思うままに生きるのだ。魔女に口出しされるのはごめんだ。


 「ふふふ、それはどうでしょう」

 魔女は笑う。

 何か裏を含んでいそうな笑みだった。

 「どういうこと? 何がおかしいの?」

 私はイラッとした。魔女に弄ばれているような気がしたからだ。

 そして、彼女は変なことを言い出すのだった。


 「もし、お互いに欲望を満たし合わないと死んでしまうとしたら、春華はどうなさいますか?」

 「はぁ? 何わけわかんないこと言ってるの? そんなの知らないわよ」

 突然何だというのだ。欲望を満たし合わなければ死ぬですって? 意味不明ね。

 もうこの女の言うことには耳を貸さない方がいいかもしれない。彼女は私を惑わせたいのだろうか。何がしたいというのだろうか。

 「おまじないは成功ですの……」

 「おまじない……?」

 「さっきのキスのことですわ」

 「んなっ!」

 もうあのことは忘れてしまいたい……!


 「あのキスをもって、わたくしたちは運命共同体になってしまいましたのよ」

 「意味がわからないわ」

 「お互いに欲望を満たせなければ二人とも死んでしまう。それがキスでかけた『おまじない』ですわ……」

 「な、何ですって? どういうこと? ちゃんとはっきり説明しなさい」

 「わたくしたちはお互いの欲望を満たし合わなければならないということですの。どちらか片方でも欲望が満たせなければ、二人とも死んでしまうのですわ」

 ますます意味がわからなくなった。こいつの説明は下手過ぎる。

 

 「春華はわたくしの欲望を満たし、わたくしが春華の欲望を満たす。そのために愛人契約を結ぶのですわ」

 「おかしいわ。仮に欲望を満たさないと死んでしまうのが本当だとしても、私たちが愛人同士になる必要はないでしょう? 私は自分の欲望は自分で満たすわ」

 「だから言ったでしょう? 二人とも欲望を満たさないといけないのですよ? あなただけが満たされても、わたくしが満たされなければ両者とも命が果ててしまいますの。わたくしの欲望はあなたと愛人になることでしか満たせないのですわ」

 

 魔女と愛人契約を結ぶ。そうしなければ、魔女は欲望を満たせない。魔女の欲望が満たせなければ、私と彼女は死ぬ。そして同様の理由で、私の欲望も満たされる必要がある。

 そんな馬鹿な話があるか。どうして私の命が他人の欲望に左右されなくてはならないのか。


 いや、待って。何をそんなに焦る必要があるのか。私は死んでも生き返ることができるではないか。

 もし私か魔女の欲望が満たされず、二人そろって息絶えたとしよう。だけど、私は創造の力を使って蘇ってしまえばいいではないか。


 「ま、別に死んでも構わないわ。私は何度でも復活するから」

 「そうそう、言い忘れていましたわ」

 「何を……?」

 「欲望が満たせなかった場合、滅んでしまうのは肉体だけではありませんの」

 「え?」

 「滅ぶのは魂も同じですわ。魂が滅んでしまえば、春華が蘇ることは二度と不可能になりますの」


 魂ごと滅ぶ……。私が創造できるのは肉体だけ。魂を一から作り直すことはできない。そもそも魂が滅んでしまえば、私の意志そのものが消えてなくなってしまうのだ。

 ここにきて魔女はとんでもない事実を告げたのだった。

 

 

 

 


お読みいただきありがとうございます。

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