十 挑発
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朝から行方が分からなくなっていた美波。私を除く仲良しグループのメンバーは彼女のことを覚えておらず、存在すらもなかったことになりかけていた。
だが、ようやく美波は私の前に姿を現した。なんと彼女は魔女によって連れ去られていたのだった。
美波を連れ去るように命じたのは神だった。文字通りの神隠しが起こったのである。
神は美波が生きていることを許さない。今すぐ彼女の魂を死の世界へ引き込むつもりでいる。しかし、私がいる限り、美波は死んでも何度でも生き返ることができるのだった。
私というイレギュラーな存在のせいで、神は美波を死へ連れ戻すことができない。こうなれば、神に残された手段は一つ。私に美波を殺させることだった。
創造の力を持つ私でも、自らが破壊したものは復元できないという制約が存在する。そのため、もし私が美波を殺めてしまうことになれば、彼女を生き返らせることは二度と叶わなくなるのだ。
魔女は私に元の世界へ戻るための条件を提示した。それはすなわち、「私の手で美波を殺すこと」だった。
つまり、神は私に「美波を殺すしかない状況」をもたらすために、魔女と結託をしたのだと考えられる。
美波を葬ることなんて、この私がするわけがない。私は神のどんな脅迫にも屈するつもりはないのだ。
だが、今回神は私に脅迫をするのではなく、選択を強いることにしたのだ。
美波を殺して元の世界へ帰るか、それとも生かして永遠に魔女と暮らすか。その二択だった。
「さぁ、早く決めるのですわ。この少女を殺して人間界へ帰るのですわ」
それからアンネリーゼはよくわからない呪文みたいなものを唱え始めた。すると次の瞬間、彼女の手から黒い刃を持つ一本の剣が生み出されたのだった。
これが魔法というものなのか……。この魔女は本当に魔法が使えたのか……。
私はファンタジー映画のワンシーンを見ているような気分になった。何もないところから剣を出現させるなんて、普通の人間にはできるはずがない。これが手品じゃないとしたら、やはりアンネリーゼは人間ではないと言える。
「これを使って、あなたがこの者を貫くのですわ。心臓を一突きすればおしまいですの。とても簡単な作業ですこと」
魔女は私に剣を受け取らせようとした。
私はそれを手に取る。
これを使って美波を刺殺する。そうすれば、私は元の世界に帰ることができる……。
「何を迷っていらっしゃいますの?」
アンネリーゼが私を急かす。
それに対して、私は笑いながら答えた。
「ふふっ。この状況でこの私が迷うわけないじゃない」
もう私の心は固まっている。ウジウジすることはない。
「ええ、そうですわね……。もうすでにあなたの心は決まっているはずですわ」
「決めたわ、魔女。私は元の世界に帰る」
「では、この少女を……」
「いいえ。私は美波を刺さないわ」
「何を言ってますの? ちゃんとお話を聞いてましたの?」
「もちろん聞いたわよ。これはそれを踏まえての決断だから……」
最初から私は元の世界へ帰るつもりだった。そして、美波を手にかけるつもりなどなかった。
私は彼女と……二人揃って人間界へ帰るのだ。
「一体何をなさるつもりですの?」
「覚悟しなさい、魔女。今から私はアンタを脅迫するわ。この剣を使ってね。痛い目に遭いたくなかったら、今すぐ私と美波を元の世界へ帰しなさい」
「お、おかしなことを……。わたくしがせっかく用意した魔剣を……そんなことのために……」
うろたえるアンネリーゼ。全く予想もしなかった展開に驚いているようだった。
それから彼女の身体はワナワナと震え出すのだった。
効いてる効いてる。私の奇襲作戦に腰を抜かしてしまったようね。
だが、魔女は恐怖や怒りで震えているわけではなかった……。
「ふっふっふっふ……。うふふふ、あははははは!」
彼女はただ、笑いをこらえていただけだったのだ。
なぜだ。どうして笑えるのか。恐怖で頭がおかしくなったというのか。
「面白いことを言いますのね、春華。このわたくしを脅迫するだなんて。うふふ……」
「何がおかしいの? あなた、私が持ってるこの武器を見て何とも思わないのかしら?」
「武器……? 武器がどうしたといいますの? その魔剣一つで、ここまで強気になれるあなたの能天気な思考をわたくしは笑わずにはいられませんわ」
魔女は刃を向けられてもなお、余裕そうな表情を浮かべるのだった。
「春華。あなたはわたくしを随分舐めていらっしゃいますわ。このわたくしを一体何だと思っていらっしゃるのかしら。魔女ですわよ?」
「魔女だから何だっていうのよ……?」
「人間風情が魔女に喧嘩を売るなど、呆れてものも言えませんわ。あなたは酷く勘違いなさっていますの」
「勘違い……?」
「ええ、そうですわ。魔女であるわたくしが、魔剣一つで人間に負けるはずがないのですわ。なぜなら……」
アンネリーゼは歯を剥き出しながら、世にも恐ろしい笑みを浮かべた。
これぞまさに、人ならざる存在の威圧感をもたらす邪悪な笑顔であった。
私は背筋が凍った。
「わたくしは、もっと強力な武器を用意できるのですから……」
魔女の手には彼女の背丈と変わらないほどの大剣が握られていた。
これは計算外だった。迂闊だった。
魔女は更なる脅威を持ち合わせていたのだ。
こんなデカい剣を召喚できるなんて……。
「わたくしに喧嘩を売った罰ですわ。あなたには恐怖を味わっていただきますの」
「冗談でしょ……」
魔女の瞳が紅く光る。それは殺戮者の目だった。
この女、間違いなくこれまでに何人も葬ってきている。
私はとんでもない相手を挑発してしまったみたいだ。
「さぁ、今宵は派手に踊りますわよ」
アンネリーゼは巨大な剣を軽々と持ち上げるのだった。
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