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九 結託

感想をお待ちしております。

 魔女を名乗る女が、ベッドで横たわる私の顔や頭を撫でまわしてくる。

 私はそれを拒むことができなかった。魔女の手を振り払おうとする気力さえ、シャットアウトされてしまうのだ。今は何もする気が起こらない。ただ流れに身を任せることしかできない。


 そして、私はこの状況を心地良いと感じるようになっていた。何という不覚……。魔女に抵抗するべきだと頭ではわかっているのに、どうして何もする気になれないのだろう。


 このままでは魔女に好き放題されてしまう。身体じゅうを舐めまわされかねない。

 今目の前にいる魔女は、完全に百合モードだった。


 こんな得体の知れない女に飼われるなんてお断りだ。私はここから出る。元の場所に帰る。


「や、やめなさいよ……」


 私は薄れつつある自我を踏みとどまらせながら、魔女に向かって言った。


 魔女は私の頬や首筋を舐めている。まるでアイスクリームでも食べるかのように。

 不快だからやめろ。そう言いたいところだが、少し気持ちがいい。


 どうして魔女からはこんなにいい匂いがするのだろうか。いつもの喫茶店で食べるイチゴパフェのような甘い香りが、彼女から漂ってくるのだ。


「あぁ……。美しいですわ、春華。ずっとずっと、わたくしはあなたを求めておりましたわ。もう二度と離したくありませんの」


 私に乗りかかるアンネリーゼの体温が、衣服越しにじんわりと伝わってくる。彼女も熱を帯びた一つの生き物だということを実感する。


 彼女はこの世のものとは思えない存在だった。人間離れした妖艶な美しさと幻想のような甘い香りを放っている。生ける芸術作品ともいうべきだろうか。


 魔女のサラサラの髪が私の顔にかかる。くすぐったい。


「私は……私はあなたのものにはならない。私は誰のものでもないわ。好き勝手するのは許さないんだから……」


 と、口では何とでも言えるのだが、肝心の身体がどうにもならない。今すぐこの女を蹴り飛ばして、ベッドから降りたい気分なのに。


「ふふ……。そうはいきませんわ。わたくしの愛であなたを目覚めさせてあげますの。ほら、今だってこんなに喜んでいるではありませんか。とても嬉しそうな顔をしてますわよ……」

「そ、そんな……ことない……」


 これのどこが嬉しいというのか……。

 私は全然嬉しくない。嬉しくなんか……。

 

 アンネリーゼは紅潮した顔で息を荒くしている。目が完全に本気だ。

 いわゆる発情という状態だった。


 ああ、どうして私は女にばかり好かれてしまうのだろう。


 この女は桃以上に危険だ。私に抵抗のチャンスすら与えない。それどころか、抵抗する意欲さえ奪い取ってしまうのだ。


 ダメだ……。もう何もしたくない。どうにでもなーれ、って気分だ。


 魔女は私の服を脱がそうとしてきた。もうそういう段階まで行ってしまうのか。せっかちだなぁ。

 だが、こんなのは私のプライドが許せない。脱がされてたまるか。誰がこんな女なんかと……!


 私は一瞬、全身に力が入るのを感じた。魔女の魔法が解けたような気がした。

 今だ……。今ならいける!


「ちょっと待って! 待ちなさいよ!」


 ドーン! と両手で魔女を押し返す私。魔女は後ろ向きに転がった。すると、今度は魔女の方がベッドの上で仰向けに倒れる形となった。

 そのまま私は魔女に馬乗りになった。彼女の動きを封じ込める。形勢逆転。


「あらあら、あなたも大胆ですわね……」


 魔女は嬉しそうに頬を染めた。

 一体何を期待しているんだコイツは。


「違うわよ。そういう目的じゃないから……」


 呆れてため息が出る。

 間一髪のところで魔女を止めた。あのままだったら、私たちはとんでもなく「ヤバいこと」になってしまうところだった。


 私はやっと正気に戻った。危なかった。魔女に身体を許すところだった。

 アンネリーゼに跨ったまま、私は呼吸を整える。ここは一旦落ち着こう。


 ここで彼女に思いきり本音をぶつけてやることにした。

 

「いい? 私はあなたとは違ってノーマルなの。男にしか興味がないの」

「そんな……。ショックですわ」

「百合の華なんて咲かないから。絶対に咲くわけがないのよ。最初から私の中には、そんなものは眠っていないの」

「ウソですわ。わたくしたちは必ず分かり合えますわ。本物の愛を築くことができますわ!」


 魔女は再び私の頬を撫でる。

 私はその手を振り払う。

 

「愛……? そんなのあるわけないじゃない。あなたは勘違いしてるのよ。私はあなたを愛するつもりなんてからっきしないわ。あなたから一方的な愛を向けられたって、私は絶対に振り向かない。はっきり言って無駄なの。あなたの恋は叶わぬ恋なの」


 言ってやったぞ。全部言っちゃった。

 そうだそうだ。無駄なのだ。私と女の子の間に、愛だの恋だの成立するわけがないのだ。


「納得が……いきませんわ……」


 魔女は震えていた。それは怒りから来ているのか、それとも他の感情からなのか。

 どちらにせよ、魔女には大きなダメージを与えることができたと言えるだろう。

 さっさと私のことは諦めてほしいのだが……。


「……ません」

「え?」


 魔女がボソッと何かを言った。

 私は聞き返す。

 

「わたくしは諦めませんわ!」


 アンネリーゼの目には炎が宿っていた。

 やる気とパワーに満ちた表情を浮かべる魔女。落ち込んでいる様子などない。

 おいおい、ウソだろおい……。


 私は彼女にショックを与えてダウンさせるどころか、ますます気合いを入れてしまったようだ。コイツのやる気スイッチを押してしまったのだった。


「わたくしは必ず、あなたを手に入れてみせますの! この気持ちを曲げることなんて、絶対にできなくてよ!」

「あ、あのね……」

「決めましたわ。わたくしもあなたと同じ世界に行くことにしますわ」

「はぁ? どういうことなの? 何を言ってるのかしら?」

「わたくしは人間界に行きますわ。そして、『女子大生』になりますわ」


 いやいやいや、どうしてそうなるのか。どうしていきなりそんな話に発展するのか。跳躍し過ぎでしょ。


「どうしてあなたが女子大生になるのよ?」

「知ってますわよ。あなたが人間界で女子大生として生活を送っていることを。そして、あなたのまわりには複数人の少女がいます。彼女たちはあなたを狙っている。その者たちにあなたを取られるわけにはいきませんの。このわたくしがあなたを奪ってみせますわ」


 魔女はイキイキと語り始めた。

 夢を語る人って、すごくいい顔してるのよね。まさに今の魔女がこれだった。


「だから……私は誰のものにもならないって言ってるでしょ。女と恋愛なんてしないから……」


 聞く耳を持たないものだ。こういうしぶとさはウザい。


「そんなのは関係ありませんわ」

「あのさぁ……。私は振り向かないって言ってるじゃない……」

「振り向くかどうか。それは問題ではありませんの。わたしくしは、わたくしの信念に全てを懸けると言っているのですわ。たとえ春華がわたくしの愛を受け止めてくれなくても構いませんの。ただわたくしは、あなたを手に入れると言っておりますの」


 魔女は強い眼差しを私に向けてくる。

 その目は本気だった。

 

「そんなこと、できるわけないでしょ」

「やってみなければわかりませんわ」


 アンネリーゼは笑みを浮かべた。そこには自信と決意が込められていた。

 この女……一体どこまでやるつもりなんだ……。

 

「このままこの空間で、あなたと二人きりで過ごしたいと思っていましたが、気が変わったのですわ。このままわたくしがあなたを攻め続け、あちこちを舐めまわして抱きしめても、それだけでは春華の心までもがわたくしのものになったとは言えませんの。わたくしまで鳥籠に囚われたままでは、飼い主の役割は果たせませんわ」


 籠の中に鳥と一緒に入る飼い主などいない。魔女はそう言いたいらしい。


「それに、わたくしもそろそろ籠の外に出てみたい気分だったのです。人間の世界をじっくりと観察してみるのも悪くなさそうですわね」

「じゃあ、私を元の世界に返してくれるのね?」

「ええ、そうですわ。ただし、一つだけ条件がありますの」


 条件……?

 

 魔女は手を挙げた。すると、部屋の天井から何かが降りてくるのが見えた。

 その何かはゆっくりと下降している。

 それを見た私は息が詰まりそうになった。


「み、美波!」


 魔女が呼び出したのは、眠った状態の美波だったのだ。

 今朝からずっと行方不明になっていた。ずっと連絡が付かなかった。

 その彼女がこんなところにいたなんて……。


「この女をあなたの手で仕留めるのですわ。それが人間界へ戻るための条件ですの……」

「まさか……美波がいなくなったのは、あなたの仕業だったのね?」

「ええ、そうですわ。わたくしは依頼を受けたのです。あなた方が住まう世界の『神』を名乗る人物から……」


 魔女と神隠し……。これで全てが繋がった。

 このアンネリーゼという魔女は、私が敵対する神とグルであったのだ。

 とうとう神は私を潰すために魔女と結託するようになったのだ……。

お読みいただきありがとうございます。

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