五 消失
感想をお待ちしております。
一限目の講義が終わっても、美波からの連絡はなかった。まだ起きていないのだろうか。朝寝坊にしては度が過ぎている。携帯が故障しているから連絡ができないという可能性もあるが……。
これから二限目の講義に出席しなくてはならない。美波のことは気がかりだけれども、次の講義室に向かう必要があった。
私は桃を連れて移動を始めることにした。
ノートなどの筆記用具をカバンにしまったときだった。スマホに一件のメールが届いた。
美波からかもしれない。私はそう期待した。
だが、差出人の名前を見た瞬間にその期待は失せた。それと同時に嫌な予感が湧いてきたのだった。
メールの送り主……それは山之内翔平だった。彼がメールを送ってくるときは、決まってこれから何か良くないことが起ころうとしているときなのだ。
このメールもきっと、山之内からの「警告」であると思われる。神と敵対する私にとって、彼からの警告は重要な情報となる。
彼には神の予言を知る力がある。神が私にもたらそうとしている災いについて、山之内が事前にヒントを与えてくれるというのが、私と彼との契約だった。
胸騒ぎがする。私は焦る思いでメールを開く。
そこにはこう書かれているのだった。
『魔女と神隠しにご注意を』
魔女……? 神隠し……?
これまた奇妙な言葉が出てきたものだ。
小さい頃の私は魔女に憧れていた時期もあった。箒にまたがって空を飛んでみたり、魔法を使って洋服やおもちゃなど、欲しいものを生み出してみたいと思ったことがある。
だが、山之内が言う『魔女』とは、そんな絵本の物語じみた夢のあるものではないのだろう。もっと凶悪で恐ろしい何かを意味しているに違いない。
果たして魔女とは神の力を宿した能力者を指すのだろうか。それとも何かの隠語なのか。
どちらにせよ、これから私の身に何かが起こることは間違いない。
そして、もう一つの言葉……『神隠し』も気になるところだ。
何かが消えてしまうということだろうか。
消える……。
一体何が消えてしまうのだろう。
「春ちゃん、そろそろ行こう」
桃が急かしてきた。
「今行く」
私はスマホを片付けて、桃と講義室を出た。
今日は落ち着いて講義を受けられそうにない。嫌な予感がしてたまらない。どうか今回も無事に危機を乗り越えることができるだろうか。
◆ ◆ ◆ ◆
二限目が終了した。これから昼休みとなる。
私は桃にプリンを奢る約束をしていたので、これから学内のコンビニで買うことにした。
昨日後輩たちに喫茶店で奢ったばかりだ。財布の中身が寂しい状態になっているというのに、ますます追い打ちをかけてしまうことになる。
「ほら、好きなの選びなさい」
学内のコンビニは一般のコンビニに劣らないくらい、デザート類の品揃えが豊富だ。プリンやティラミス、シュークリームなどが置かれている。
「じゃあこれにする!」
桃は「焼きプリン」を選んだ。
なかなか美味しそうなプリンね。私も食べたい。
誘惑に負けてしまった私は、桃の分だけでなく自分のプリンも買ってしまったのだった。
さぁ、いよいよ財布が本格的にピンチになってきた。残り六百三十円。学食での昼食代は、学生証にチャージしておいたポイントで支払うことができるので問題ないが、それ以外の支出は諦め得ざるを得なくなった。
「ありがとー、春ちゃん」
「ええ……。よーく味わって食べてね」
私のなけなしのお金で買った焼きプリンだ。その価値は販売価格以上に重いのだ。
学食に到着した。城田さんと林さんがいつものように座席を確保してくれていた。
大学の食堂はすぐに満席となる。早く行かないとあっという間に全席が埋まってしまうのだ。だから後輩の彼女たちが、先輩である私たちの席まで確保できるように、いつも急いでくれている。このことには常に感謝しなければならない。
「先輩たち遅いじゃないですかー」
と城田さんが言う。
「ごめんごめん。ちょっとコンビニに寄り道してて」
「プリン買ってもらったのー」
しまった。後輩たちの分も買っておくべきだった。
「あ、それ美味しいですよね。私も好きです」
林さんが食いついた。物欲しそうな目で桃の焼きプリンを見ている。
「やっしー、甘い物好きだよね」
やっしーとは林さんのあだ名である。その名で呼んでいるのは、名付け親である城田さん一人だけだが……。
「ごめんなさい。もう財布がピンチで……。全員分は買えなかったの。私の分でよかったら、二人で半分こして」
「いえいえ、そんな。いいですよ、昨日奢ってもらったばっかりですから……」
林さんが全力で断る。
「そうですよ。それは春華先輩が食べてください」
城田さんも同調した。
「また今度、バイト代が入ったら一緒にプリン食べましょう」
私はまたしても、気前のいい先輩を演じたくなっていた。人に何かを奢っている余裕はあまりないが、教習所の費用が半分浮いたと思えばマシだ。
「じゃあ全員揃ったことだし、注文しに行きましょう。私は今日はトンカツ定食にしようっと」
ウキウキ気分で城田さんが席を立つ。林さんもそれに続く。
「ねぇ、ちょっと待って二人とも。美波は? 美波から何か聞いてない? 今朝からずっと連絡がつかないの」
「ミナミ? 何のことですか?」
城田さんは首を捻った。
「あの、私たちって、ミナミさんという人とお会いしたことありましたっけ……?」
林さんも困惑していた。とぼけている様子はない。
「もー! 春ちゃんったら、またその人の話してるー! どこの誰だか知らないけど、桃以外の子とイチャラブしちゃダメなんだからね?」
そんな、嘘でしょ……。
みんな本気で言ってるの……?
美波よ? あの美波のことなのよ?
「美波って言ったら美波よ。昨日まで一緒にいたでしょ。あなた達二人とも、美波と仲良しだったじゃない!」
私は思わず席から立ち上がった。学食にいるまわりの学生も私の方を見ている。
変な注目を浴びるのは嫌いだが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「すみません、春華先輩。私、マジで何のことかわかんないです……」
そう言って頭をポリポリと掻く城田さん。「何言ってんだコイツ?」というような目で私を見ている。
だから、そういう冗談はいいから……。
「林さんも覚えてるでしょ? 大野美波。あなたと同じ経済学部の一回生で、ポニーテールで、すっごく可愛くて……」
「い、いえ……。心当たりないです……」
「可愛い? ミナミって子はそんなに可愛いの? 桃のことは『可愛い』って褒めてくれないのに、その子のことは褒めるんだー! こうなったら桃、ヤキモチ焼いちゃうもん! ぷんぷん!」
どうしてなの? どうして三人とも美波を忘れてしまったの?
こんなのおかしいわよ。昨日まで普通に会って話をしていた人間のことを忘れてしまうなんて……。
私は泣きそうになった。頭が混乱している。
美波……。
「春華先輩、急にどうしたんですか? なんか恐いですよ?」
心配そうに声をかけてくる城田さん。
「きっと何か勘違いをされているのでは……?」
林さんは冷静な声で言った。
「ご、ごめん……。やっぱり何でもない……」
私はストンと椅子に腰を下ろし、うな垂れるようにして座った。
そして、深く息を吐いた。
三人は冗談を言っているわけでもなさそうだった。この中ではどう見ても私が変な奴だ。頭でも打ったのかと思われても仕方がなかった。
でもやっぱりおかしいわよ。
「春ちゃん。お昼食べよ……?」
桃も私を心配していた。この子まで人に気を遣い始めるなんて、今の私はかなりヤバいくらいにイってしまっているようだ。
「ごめん……。ちょっと急用を思い出しちゃった……」
私は一人、学食を飛び出した。
本当にどこへ行ってしまったの? 美波……。
お読みいただきありがとうございます。
感想をお待ちしております。