三 消滅
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喫茶店で後輩たちにケーキとコーヒーを奢ったら、財布がすっからかんになってしまった。少し調子に乗り過ぎたようだ。給料日まであと二週間ほどあるのに、今月の残りはどうやって過ごせばいいのだろう?
喫茶店を出た後は解散となった。日も暮れているので、もうこのまま家に帰ることにした。
帰りの電車では美波と二人きりになった。彼女は仲良しグループの中で唯一、私と帰る方向が同じだった。
私たちは電車の中で、大学生活や講義の内容について話し合うことが多い。
「中国語って発音が難しいですね。巻き舌で言葉を話す必要がありますし」
と、美波が言った。うちの大学では英語に加えて第二外国語が必修となっている。履修する第二外国語は、スペイン語やフランス語、中国語などから選択することができる。
私は一回生の頃、中国語を選択していた。真面目に勉強したおかげで、定期テストでは満点を取ることができた。中国語は英語と文法が似ている部分もあるので、非常に学習しやすい言語だと感じていた。だから私は美波に、第二外国語には中国語をお勧めしたのだった。
「発音はそのうち慣れるわ。肝心なのは読み方よ。漢字といっても、日本語の読み方とは異なる場合がほとんどだから、ピンインをしっかり覚えることが重要ね」
先輩としてアドバイスを送る。とはいえ、美波は吉沢高校に通っていたのだ。学力に関しては私よりもずっと優秀だ。きっと好成績を修めることだろう。
「大学の講義は思っていたよりも楽しいです。高校時代よりも意欲的に学習に取り組めているような気がします。ゆとりがあって、予習や復習の時間もたっぷりとれますから」
「それはいい心掛けね。特に復習を欠かしてはいけないわ。その日の講義の内容は、毎日振り返っておく必要があるから。もし疑問があればすぐに教授に質問するべきだわ」
これは私の経験だ。復習をしないと勉強した内容が頭に定着しない。だから、復習はその日のうちにやる。わからないところは即座に解決できるようにしておくべきだ。
「わかりました」
美波は私のアドバイスを素直に聞き入れた。
「十年前の大学生って、どんな感じだったんでしょうか」
「いきなりどうしたの?」
「私がもし、あの事件に巻き込まれていなかったら……。もし、十年前に大学生になっていたとしたら、ちゃんとお友達は作れていたのかなぁって……。十年前の大学生とも、仲良くなれていたでしょうか?」
「仲良くやってたんじゃない? それなりに楽しい大学生活になってたと思うわよ」
美波の人柄なら大丈夫だ。どんな環境でも、どんな時代でも、彼女はきっと上手くやっていけるはず。
「そうですね……。そんな気がします。でも……」
「でも?」
「でも、今ほど楽しくはなかったと思います。だって、春華さんとは出会えないですもの」
そう言った美波の顔は明るかった。
彼女は私と出会えたことに喜びを感じているのだった。
それは私も同じだ。私は彼女のおかげで、大切なものに気付くことができたのだから。
私たちはお互いを必要としている。最初は同じ一つの存在だったが、今では別々の人格を宿した人間として対面している。こうやって私たちが巡り合えたのは、大きな幸運だったのだ。
事件の苦しみと悲劇を乗り越えて、夢のキャンパスライフを掴んだ私たち。これから先も、二人は共に歩んでいく。
そう思っていた。
だが。
次の日の朝、美波は姿を消した。
姿だけではない。彼女の存在そのものが消えたのだった。
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