一 同志
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「これからは、アルバイトがない日は桃の家に寄ってってよ」
「嫌よ。どうしてわざわざそんなことを」
四月の中旬。美波が大学に入学してから半月ほどが経過した。
二回生に進級した私と桃は、今日も相変わらず桃のアパートに行く行かないで揉めていた。私はこれまで何度も「行かない」と断ってきたのだが、なかなか桃も諦めが悪い性格のようだ。
「どうしてそんなに嫌がるの? 桃の部屋、ちゃんと綺麗に片付いてるよ?」
「そういう問題じゃないわよ。アンタと密室で二人きりなんて、身の危険しか感じないわ。だから行きたくないって言ってるの」
「大丈夫だよぉ。ちゃんと手順は踏むからぁ」
「ほら、やっぱり変なこと考えてるじゃない」
手順を踏むと言われても、そもそも私は彼女とこれ以上関係を深めるつもりはないのだ。あくまで友人関係として留めたいと考えている。
私はまだ恋人ができたことはない。去年のクリスマスは一人で寂しく過ごした。もちろん男性と交際をしたいと思っている。だから、初めての相手がこのロリっ子ツインテールなんて有り得ないのである。
「それにしても遅いわね、美波たち。一体どこで何をしているのかしら」
今日は私と桃、そして美波たち一回生グループも三限で講義が終わる。なのでこれから、いつもの喫茶店へお茶をしに行く約束になっているのだが、美波たちは待ち合わせ場所である正門前にいつまで経っても現れない。
「きっと、桃と春ちゃんが二人きりになれる時間を作ってくれてるんだね」
「うん、それは多分違う」
さすがにキャンパス内で迷子になっているということはないだろう。以前、大学構内を一通り案内して回ったことがあるので、美波は建物の配置もきちんと理解しているはずだ。方向音痴なタイプでもなさそうだし……。
そういえば、入学したばかりの私は友達や親しい先輩がいなかったから、大学を案内してくれる人がいなかったな。そして、移動するときもいつも一人だった。迷うことはなかったけれど、教室を間違えたことは何度かある。友達がいれば、そのようなミスをすることもなかったのだろう。だが、今となってはそれも良い思い出だ。
あれから一年が経つ。入学式がつい昨日のことのように思い出される。
美波や桃と出会った去年の秋。岸和田先輩との攻防を繰り広げた学園祭。これらはもう、半年も前の出来事なのだ。
この半年で私は大きく変わった。いや、私の人間性自体は変わっていないのだが、まわりの環境が変化したと言える。
私に友達が複数人できたこと。大学に後輩が入ってきたこと。そして、神の存在を知ったことなどが挙げられる。
世界は相変わらずの平穏っぷりを保ち続けているが、私の心は落ち着かない日々の繰り返しとなっている。
どうせ落ち着かないのなら、ハラハラドキドキするような恋に落ちてみたいものだ。残念ながら、その相手がいないのだが……。
なぜか私は女の子に好かれやすい特性を持っている。美波や桃から想いを寄せられていることは事実だ。だが、そろそろいい加減、私を好きになる男は現れないだろうか。
「あ、美波から連絡入ってる」
私はスマホの画面を見て気付いた。美波からのメッセージを表示する。
「何て書いてあるの?」
桃が聞いてくる。
「『変な人に絡まれてます。助けてください。場所は二号館前です』……。変な人ですって?」
「た、大変だよ春ちゃん!」
「すぐに行くわよ」
「うん!」
私たちは美波の救援要請を受けて、二号館の前に向かうことになった。
まさかナンパとかでもされているのだろうか。美波は私に劣らない美少女だ。女に飢えた男に目をつけられてもおかしくはない。
このまま怪しい所へ連れ込まれたりしては大変だ。美波が危ない。
彼女の純潔は、この私が守ってみせる!
◆ ◆ ◆
「は、春華さぁん。助けてくださぁぁい」
二号館の前で悲鳴を上げている美波の姿があった。
彼女は二人の友人と共に、「変な人」に絡まれていた。
「……で、これはどういう状況なの?」
私は呆れた。
「どうもです、柊氏。ちょっと君の後輩をお借りしているところでして……」
眼鏡をかけた女が、一眼レフカメラを手にしながらほほ笑んだ。
彼女が撮影しているのは、人気アニメ『魔法少女・ミラクルユリカ』の主人公とその仲間たちのコスプレをした美波たちだった。
「はーい、さっき言ったポーズでこっち向いてくだされ」
「こ、こんなところでこんな恰好……。すごく恥ずかしいです……」
美波は半泣きになりながらも、言われたとおりの決めポーズをする。それに倣って、他の二人もポーズを取る。
周囲には、その光景をニヤニヤと眺めるキモオタ風の男たちが群がっている。
この撮影会は何なんだ。
魔法少女ユリカのコスプレをした美波は、たまらなく可愛かった。コミケ会場では美少女レイヤーとして人気になれるレベルだろう。
私はグッジョブと言いたい気分だった。
ごめんなさい、美波。すごく……萌え萌えです……。
「わー、すごいことになってるねぇ」
桃も私の隣で撮影会の様子を眺めているだけだった。
「はーい、オッケーでござる。ありがとうございましたでーす」
眼鏡のカメラ女が撮影終了を告げた。
「はぁぁぁ。やっと終わりました……」
がっくりと地面に座り込む美波。
「おかげでいい写真がとれましたわー」
「ねぇ、なんでここでコスプレ撮影会なんてしてたの? 川口さん」
私は言った。
川口亮子。それがこのカメラ女の名前である。
どうして私がそれを知っているのかというと、彼女とは英語の授業が同じクラスだからである。
「この前、柊氏とこの子たちが一緒にいるのを見かけたのでござるが、その時ピンと来たでのでありますよ。彼女たちこそ、私が求めていた逸材だ! って……」
「それで今日、美波たちにコスプレをさせたのね?」
「そういうことですな!」
満足げに笑う川口さん。いい仕事した、って顔をしている。
「あの、もうこれ着替えてもいいですか?」
美波が言う。早くコスプレ衣装を脱ぎたい様子だった。
「いいですぞよー」
美波たちは元の服に着替えるため、どこかへ去った。
こんなことに付き合わされて災難だったなぁ。
「春ちゃんの知り合い?」
桃が言った。
「知り合いというか、柊氏は私の同志ですな」
そう言いながら、川口さんは私と肩を組んできた。
同志……。一緒にされるのは癪だが、あながち間違でもないから困る。
何を隠そう、川口さんも私と同じくオタク女子なのだ。しかし、彼女は私のような隠れオタクではなく、オープンなオタクである。所構わずオタク趣味全開なのだ。
私は自分がアニメ好きなことを公表してこなかったのだが、英語のクラスで一緒になった川口さんにはアニメ趣味がバレてしまったのだった。
それは偶然の事故だった。
二回生になって初めて英語の講義が行われた日だった。授業が始まるまで暇だったので、私はスマホでアニメの感想をまとめたサイトを閲覧していた。その時、たまたま私の横を通りがかった川口さんに、アニメ絵を見てニヤついてるところを見つかってしまったのだった。
彼女は「あ、それ今期で一番面白いですよね」と、私に声をかけてきた。
「は? え?」と私は困惑した。しまった、見られてしまった。ってか、勝手に人のスマホ覗くなよ。
それ以来、川口さんは私をオタク仲間として認識するようになった。私たちは互いの連絡先を交換し、メッセージアプリでアニメについて語り合う仲になってしまった。
彼女とはアニメの趣味が合う。アニメのことで誰かと意気投合したのは初めてだ。
同じ趣味を持つ知り合いを持つことも悪くない。私はそう思うようになった。
「柊氏もどうです? コスプレ」
「私は遠慮しとく……」
私がコスプレ? そんなことできるわけがないだろう。私がコスプレしたら、ファンが殺到してしまうではないか。
「桃もコスプレやってみたーい」
「お! お嬢さんもなかなかいい素材ですなぁ~。ツインテールだし、『松音ミク』とかイケそう」
「よくわかんないけど、それにしようかな!」
ノリノリの桃。こいつは岸和田の着せ替え人形みたいなものだから、色んな格好をさせられることには慣れている。だからコスプレにも抵抗はないようだ。
私はスマホで「コスプレ 黒髪ロング 美少女」と検索した。
この私に相応しいコスプレなら、やってみてもいいかな。
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