十九 絶望
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「早く決めるのだ。このままでは埒が明かない」
岸和田は焦り始めていた。
タイムリミットは着実に近づいてきている。岸和田の能力が限界を通り越せば、人々の「操り人形状態」も解除される。
美波はまだ目を覚まさない。できることならもうしばらく眠っていてほしい。この状況を目にすれば、きっと彼女は困惑してしまうだろうから。
彼女には嫌な思いをさせたくない。陰謀に巻き込まれていることに気付いてほしくはなかった。
「もうおしまいよ。あなたと神の思い通りにはならないわ。私は何があっても屈指はしない。そろそろ諦めて」
「諦める……だと? 私はそんな次元の話をしているのではない! これは神の意志なのだ。それを妨害する輩は排除しなくてはならない。それが私の生きる道だ」
岸和田は頑なに私の言葉を聞き入れようとはしない。なかなかしぶといものだ。
「その生き方が間違いだと言っているのよ。あなたが神に縛られる必要はないわ。だって一人の人間なんだから。人が神に束縛されるなんてことは、あってはならないの」
そう、人は神のもとで平等に生きるべきなのだ。それを乱すような神は神ではない。岸和田は偽物の神によって苦しめられている。
「正しいか間違っているか。そんなことはどうでもいい。私は私のためにこうして生きているのだ。貴様にはわかるまい」
「あなたに一体どんな事情があるのかは知らないわ。けど、少なくとも今のあなたは幸せではないはずよ。あなたの選択は、誰も救われない。自分や大切な人を不幸にするだけ。それでも構わないというの?」
私には理解できない。なぜ岸和田がここまでして神に従うのか。きっと彼女も心の中では、今の彼女が間違っていることを認めているはずだ。不幸な結末が見えているはずだ。
「貴様には関係のない話だ。私がどうなろうと、貴様にとってはどうでもいいことだろう」
岸和田は言い放った。何もかもを捨て去るような覚悟を持っていた。
だが、私はそんな彼女の言葉を否定するのだった。
「関係あるわ……」
「な、何だと……?」
顔を引く岸和田。
「あなたのことは、私にも関係がある。どうでもいい話として片づけるわけにはいかないわ」
「どういう意味だ。貴様はなぜそんなことが言い切れるのだ!」
「だって、あなたは言ったじゃない。私とあなたは、桃をめぐるライバルだって」
「ぐっ……」
何も言い返せない岸和田。
「それに、私は友達が不幸な目に遭うのはごめんなの。私まで嫌な気分になるから」
「友達、だと……?」
「ええ、そうよ。あなたは桃の友達でしょ? そして私も桃の友達。ってことは、あなたは私にとって友達の友達よね。私、今日気付いたのよ。友達の友達って、結局は友達なんじゃないかなって」
美波、桃、前島さんは私を通じて今日初めて顔を合わせた。それまで彼女たちは、お互いに「友達の友達」という関係に過ぎなかった。でも、いざ会って話してみると、彼女たちはあっという間に仲良くなって打ち解けていたのだった。
私は思った。その人間とどういう繋がりがあるのかは重要ではないのだ、と。大切なのは仲良くなれるかどうかなのだ。
「私たち、友達として何だか上手くやっていけそうな気がしませんか? 岸和田先輩」
「ん、んな……!」
岸和田は顔を赤らめた。怒っているのか照れているのかは不明だが、そういう顔も可愛いと思う。
「きっと仲良くなれます」
「ふざけたことを言うでないわ!」
ますます顔を赤くする岸和田。
「なんなら、今ここでしませんか……?」
「するって……何をだ……?」
「仲直り、ですよ」
私はニヤッと笑った。
「馬鹿なことを言うな! 桃たんをめぐる争いはまだ終わっていないのだ。貴様と休戦協定など結ぶものか!」
「そっちじゃないですよ。今のこの状況のことです。これ、どう見ても大掛かりな喧嘩にしか見えませんって」
大勢の人間を巻き込んだ、私と岸和田由希子の喧嘩だった。殴り合いはしていないが、それ以上の痛みを伴う喧嘩になっている。主に心が。
もうそろそろ潮時だ。岸和田の集中力も切れてきている。これ以上、能力を維持することはできないはずだ。あと、私もそろそろ疲れてきた。
「……それはならん」
しかし、それでも岸和田は態度を変えないのだった。
もう打つ手はないのか。もう何を言ってやめさせればいいというのか。
万策尽きた。もはや私に残された選択はない。
「私は神に従わねばならないのだ!」
岸和田は右手を大きく上げた。
「うぐっ!」
私は頭部を思いきり殴られた。岸和田に操られている人によって。
そして、また首を絞められた。さっきの苦しみが再び蘇ってくる。
なぜだ。分かり合えると思ったのに。
「貴様にはわからない。私の気持ちなど!」
「ぐ……! うっ……」
苦しい。何も言い返せない。
ダメだ。このままでは死んでしまう。
岸和田の能力が切れる前に、私が息絶えてしまう。
せっかくここまで粘ったのに。せっかく時間を稼いだのに。
ここで死ねばすべてが水の泡となる。私が死んでから復活するまでの間に、岸和田は何をしでかすかわからない。彼女は何か取り返しのつかないことをやってしまうのではないか。
ダメだ。もうダメだ……。
失禁が始まった。もう体の感覚がなくなっている。
このまま私は、「三度目の死」を迎えてしまうのだろうか……。
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