二 交信
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人生は予想外の連続だ。まさかの事態が起こるのは、さほど珍しいことではない。むしろ凡人には未来なんて予知できないのだ。それゆえ、これから起こる出来事には未知の恐怖というものが広がっている。人は将来に怯え、恐怖する。先の見えない不安が人を苦しめることだってある。
私は今、予想外を越え、ド肝を抜かれるような出来事に直面していた。おかげでものすごく戸惑っている。
目の前に突如現れた美少女が驚愕の言葉を告げたのだ。
そして、私はそれを何度も心の中で復唱した。
その言葉が私の聞き間違いでなければ、とうとう世界は狂い始めたといってもいい。
「つ、つつ……付き合うって……私が? あなたと……?」
キョドってしまった。美しい私といえど、さすがにこの受け応えの仕方は気持ち悪いかもしれない。
「はい……。ずっとずっと、あなたが好きでした。どうか私と付き合ってください!」
女子高生は勢いよくお辞儀をした。それと同時に彼女のポニーテールが弧を描きながらふわりと揺れる。
呼吸を整える私。心臓が止まるのではないかと思った。
だって、告白なんて今まで一度もされたことがないんだもの。
それにしても、まさか初めて告白される相手が女だったなんて予想もしなかったものだ。
やはり人生は何が起こるかわからない。
「えっと……。私たち初対面だよね?」
私はこの子と顔を合わせた記憶がない。これほどの美少女を目にすれば、けっして忘れることなどないはずだ。
だが、彼女は私のことを「ずっと好きだった」と言っている。まるで以前から知り合いだったかのような言い回しだ。
「どうして私のことを知っているの?」
「あ、それはその……。毎朝私と同じ車両に乗っていらっしゃるので……。ずっと、あなたのことを見ていました……」
恥ずかしそうに答える少女。
向こうが一方的に私を意識していた、ということのようだ。
申し訳ないけれど、私はこの子の存在に一切気づいていなかった。朝の電車はいつも満員で、私はずっとスマホの画面を見ている。どんな人間が同じ空間にいるかなんて、私はこれっぽっちも興味がない。だから彼女が乗っていたことを知らなくても仕方がない。
大学へ入学して以来、私は毎朝同じ時刻の同じ車両に乗って通学をしている。どうやら、このポニーテールの子も私と同じ時間に乗り合わせていたらしい。
「あなたって、やっぱりそっち系の人なの……?」
つまり、レズのことである。
私は百合に興味はないが、アニメに出てくる二次元美少女とラブラブデートをする妄想ならしたことはある。だけど、リアルの女性と付き合うことは考えもしなかった。あくまで私は恋人を作るなら、相手は男性がいいと思っている。同性愛者のことを悪く言うつもりはないけれど、やはり恋愛は異性としたいのだ。
「そうかもしれません。あなたを見る度に、だんだん気持ちが抑えきれなくなっていくんです。だからやっぱり私は……」
「なるほど……わかった。いきなりだったから、今もすごくびっくりしてるけど、とりあえずあなたの気持ちは伝わったわ。それで、あなたは一体、私のどういったところに惚れたのかしら?」
男にモテない私が女に好かれてしまうとは……。皮肉な結末といえる。
「綺麗でおしとやかなところ……ですね。とても美人で素敵な方だなって思います。何というか、すごく憧れを感じるんです。私もこうなりたいなぁ……って」
私みたいになりたい? この子、今の見た目でも十分可愛いのに?
自分はこの子が憧れるほどの人間ではないと思う。オタクだし、彼氏できたことないし、友達すらいない。私は見た目以外は全然素敵じゃないのだ。
しかし、彼女はそんなことを知りはしない。憧れだった人間の正体を知れば、きっとがっかりするはずだ。この子が思っているほど私に人間的な魅力はない。
「私なんかに憧れても仕方ないと思うわ。結構ろくでなしな女だから。魅力なんて全然ない」
「そ、そんなことはありません! 綺麗で清楚な女子大生……。とても魅力的です。だ、大好きです!」
ポニテの女子高生は息が荒く、興奮気味だった。ウソを言っているようには思えない。彼女の私に対する気持ちが本物である可能性は高い。
本気で女の子に惚れられてしまったようだ。私も女なのに……。
「悪いけど、今急いでるから……」
反応に困ったので、ひとまずこの場を立ち去ることにした。早くコンビニでお菓子を買って帰り、録り溜めしたアニメが観たい。
「待ってください! お返事はまた今度で構いません。無理なら無理と言っていただいても構いません。ですが、せめて私と……お友達になっていただけませんか?」
女子高生は顔を赤くしていた。必死の思いで叫んだのだった。
友達か……。
私には友達がいない。大学ではいつも一人ぼっちだ。
休日は一人で出かける。どこにも行かず、家に籠っていることも多々ある。
そんな私に大学に入って「初めての友達」を作る機会が巡ってきたのだった。
別に友達が欲しいとは思わない。一人でも十分楽しいからだ。女の恋人なんてますます不要だ。私までそういう趣味があるのかと勘違いされかねない。
だが、この子の場合、ちょっと面白いかもしれない。女子大生と女子高生という珍しい組み合わせはアリかもしれない。
実はというと、私はこういう子が嫌いじゃない。素直で純粋な子だと思う。好感が持てる方だと言ってもいい。
友達になるのも悪くないのでは?
「それじゃあ……友達なら……」
私は答えを出した。
その瞬間、女子高生の顔がぱあっと明るくなった。
「ありがとうございます! では、メールアドレスを交換しましょう!」
そう言って彼女は携帯電話を鞄から取り出した。
今時珍しくガラケーだった。しかもちょっと古い機種のように思われる。
まあ、そういうこともあるだろう。
そんなこんなで、私たちは連絡先を交換したのだった。
「私は柊春華。R大学の一回生よ」
「春華さん……ですね。私は大野美波です。美波って呼んでください」
「美波ね。わかったわ。ところで、その制服って、どこの高校なの?」
美波はセーラー服を着ている。この辺りではあまり見かけないデザインの制服だ。
「吉沢高校です。三年生です」
「え? 吉沢? 頭良いのね」
「いえ、そんな……」
県立吉沢高校。県内ではトップの進学校だ。
まさか美波がそんな高校に通うほどの優等生だったなんて。
でも、吉沢ってそんな制服だったっけ? 確か、数年前にセーラー服からブレザーに変更されたって噂を聞いたことがあるんだけど、私の記憶違いだったかしら。
「三年生ってことは、もうすぐ受験よね。来年からは私と同じ大学生か……」
「そう……ですね……」
「志望校は決めてるの? やっぱりすごい大学受けるのかしら?」
「K大学が第一志望……でした」
「さすが吉沢ね。私なんて、K大を受験する発想すらなかったのに」
「……」
すると、美波は突然黙り込んでしまった。
「えっと、美波? どうかした……?」
「あ、いえ……。ちょっと寝不足気味で、ぼーっとしてて……」
「そう。あまり勉強のし過ぎも良くないわ。程々にね」
「はい。ありがとうございます。では今夜、メールさせていただきますね」
そう言い残し、美波はホームの階段を駆け足で登っていった。
ホームには私一人だけがポツンと立っている形となった。
秋の風がサッと吹き抜けていく。
なんだかとても急な話だったけど、私は今日初めて告白され、初めて友達ができた。しかも相手は女子高生で、かなりの美少女である。
私はまるで夢でも見ていたかのような気分になった。
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