十七 回想(2)
回想パート2です。
十年前の殺人事件で大野美波は命を落としました。そして、僕の憧れのアイドルであった柊春華もまた、神の後継者を決める争いで敗れ、死亡しました。
彼女たち二人の人生はそこで終了するはずでした。彼女たちは死の世界へ向かうはずでした。
しかし、彼女たちの魂は運命の邂逅を遂げることになります。志半ばで死んでしまった二人は、復活を望んでいたのです。お互いの哀れな最期に共感と同情を覚え、彼女たちは共鳴したのです。
そこで、創造の能力を持つ柊春華は大野美波の意志を継いで女子大生として蘇ることを決意したのです。
つまり、今この世界で生きている柊春華という人物は大野美波に夢を託された存在というわけです。それと同時に大野美波の生まれ変わりでもあるのです。
現在の柊さんには大野美波さんの記憶はありません。人格も大野さんの要素はほとんど含まれていません。また、自身がアイドルだった頃の記憶も失っています。それでも、柊さんは女子大生として生きるという使命だけは決して忘れませんでした。
大野美波はアイドル・柊春華のファンでした。また、同性愛者でもありました。大野さんは柊さんを愛していたのです。彼女の容姿に憧れていたのです。そのため、復活する際は柊春華の姿で現世に蘇ることを大野さんは希望しました。
しかし、復活した後の生活をどうするかが課題でした。住む場所や家族構成、人間らしい過去の記憶などを用意する必要があったのです。
柊さんは一つ一つのピースを丁寧に作っていきました。また、当時は創造の力を行使することに慣れていませんでした。
このように、一人の人間が蘇るために欠かせない要素を準備することに時間がかかったため、柊春華が生き返えったのは彼女の死から十年後のことでした。
そして、今年の四月。死に抗った大野美波さんは柊春華として大学生活を送り始めることができたのです。
一方、僕も人間界へ降りる許可が出ました。十年ぶりに大学生活を再開することになったのです。柊春華を監視するという名目で。
僕は十年間、天界で神に仕えていました。
ですがなんと、天界では人間界に比べて加齢のスピードが極端に遅いのです。そのため、十年経った今でも僕は神に仕え始める前とほとんど容姿が変化していません。そのおかげで目立つことなく「現役大学生」として学生の集団に溶け込むことができています。
今目の前にいる柊春華さんは僕が憧れていたアイドル時代の柊春華とは別人です。ですが、その姿はあの時の彼女と瓜二つ。中身は全くの別物なのに、なぜか惹かれてしまいます。
僕は神に仕える身分です。その神は僕の憧れの人物を葬った存在でもあります。
しかし、神によって葬られたはずの春華さんは僕の予期せぬ形で蘇りました。中身が別物なので感動の再会とは少し異なりますが、再び彼女の姿をこの目で見ることができるのは、とても喜ばしいことです。
そして、彼女は神への反逆を誓ってくれたのです。僕の大切な人を奪った神に刃向うことを決心しました。
こうなればもう、僕は彼女を密かに応援するしかありません。あくまで僕は神サイドの立場ですが、実はというと、柊さんが神に勝ってしまう展開をひっそりと期待しているのです。
先月の中旬。僕は神の命令で柊さんを死の世界へ連れ戻すことになりました。しかし、予想通り彼女はこの時も死に抗ったのでした。
僕は敢えて彼女を見逃しました。無理矢理彼女の魂を死の世界に引きずり込むことも可能でした。やろうと思えばできたのです。ですが、僕は彼女の捕獲に失敗したことを装ったのです。なぜなら、僕はもう少しだけ彼女を……生きている彼女を見ていたかったからです。
神は反逆因子である柊春華を煩わしく思っています。死に屈しない彼女は神にとって脅威でもあります。そのため、色んな手を使って彼女を死に帰らせようと躍起になっているのです。
そして、今日も神は動きを見せました。
手先の一人である岸和田由希子に柊春華を奇襲させたのです。
岸和田さんはかつて、山で遭難事故に遭っています。高校時代のある日、登山部に所属していた彼女は部活仲間と共に標高の高い山を登っていました。
しかし、急な悪天候に見舞われ、登山部一行は歩行困難な状況となりました。そしてそのまま夜になり、下山するための道がわからなくなったのです。
雨に打たれ続けたことによる体温の低下で体力を失う登山部員たち。やがて救助隊が駆けつけた頃には、岸和田さんを含む部員は皆、虫の息でした。
岸和田さんはそのまま息を引き取るかと思われました。しかし、そんな時。彼女の夢の中に神が現れてこう言ったのです。
「私の命令に従うなら、アンタの命を助けてあげてもいいわ」
神の提言をそのまま受け入れた彼女は、なんとか一命を取り留めました。しかし、彼女以外の部員は残念ながら息絶えてしまったのでした。
たった一人だけ生還した岸和田さん。その後は神に支配される日々が待ち受けていました。
神から「優れた能力」を与えられた彼女は、それを駆使して神が指示した任務をこなし続けてきたのです。たとえそれがどんな命令であったとしても。
神に従い続けること。それが一人だけ生き残った岸和田さんに課せられた対価だったというわけです。
さて。僕は現在、陰から柊春華と岸和田由希子の攻防を見守っているわけなのですが……。
学園祭のステージは滅茶苦茶になりました。漫才師やギャラリーは岸和田さんによって操られています。
柊さんはこの状況をどうやって乗り越えてくれるのでしょうか。それとも、乗り越えられずに負けてしまうのか。これは見ものです。盛り上がってまいりました。
お読みいただきありがとうございます。
感想をお待ちしております。