十六 回想(1)
山之内翔平の回想です。彼の過去が明かされます。
神の座をかけて他の候補者たちと争ったのは今から十年前のことでしたね。僕は当時から大学一回生でした。それまでは何の変哲もない平凡な人間だったのですが、ひょんなことから「神の力」というものに目覚めてしまったのです。
僕はそれまで神という存在を信じていませんでした。空想の産物に過ぎないと考えていました。しかし、神を称する老人男性が夢の中に現れたあの日を境に僕の中の常識は一変したのです。
神は開口一番にこう言いました。
「山之内翔平よ、よく聞け。ワシはそろそろ神の座を降りたいと思う。そこで、次の神を選びたい。候補者を何人か集めた。誰が神の後継者として最もふさわしいのか実力で決めるのだ」
気づけばいつの間にか、僕は謎の白い空間にいました。神によってそこまで連れてこられたのでした。
その場所には僕意外に六人の候補者がいました。
そのうちの一人は僕の好きなアイドル歌手でした。名は柊春華と言いました。彼女は僕と同学年です。
長い黒髪と大きな瞳。透き通った歌声。彼女はまさに、僕の好みの女の子だったのです。テレビに映る彼女に僕はずっと見惚れていました。
「あなたも候補者? まだ若いのに」
春華さんは僕を見てそう言いました。僕は思わず「あなたと同い年ですよ」と言い返しました。
すると彼女は「そうだったのね」と言って笑いました。僕はただ苦笑いをするだけでした。
彼女のファンであることを告げると、春華さんは「嬉しい」と言ってくれました。生で会えただけでも感激だったのに、顔と名前まで認知してもらえたのは本当にラッキーでしたね。
憧れのアイドルである彼女が、僕と同じ神の候補者だったとは夢にも思いませんでした。
顔を合わせた七人の候補者たちは、まず初めにそれぞれ自己紹介を行いました。これから神の後継者を決めるために争うというのに、随分と和やかなムードだったのを覚えています。
候補者たちは全員、未成年者でした。歳が近いのでお互いに親しみを覚えるくらいだったのです。
まだ二十歳にも満たない若い男女が次の神を決めるために謎の空間に集結しました。そこは「神の間」と呼ばれる神聖な場所だったのです。選ばれた者しか立ち入ることができない特別な部屋でした。
神は言いました。「さぁ、知恵を絞って戦うのだ。神の座を勝ち取るのだ」と。
僕は何をすればいいのかわかりませんでした。僕の能力は予知能力。神の意志を知ることができる能力を持っていました。
能力に目覚めたあの日以来、僕は神が目の前に現れて後継者争いに強制参加させることを予知していました。そのため、「神の間」に連れてこられることはずっと前からわかっていました。
ですが、いざ後継者を決める戦いが始まると僕の予知能力は効果を発揮しなくなったのです。僕は誰が神になるのかを予知しようとしました。しかし、何も見えてこないのでした。誰が勝利するのか、僕には知り得なかったのです。
なぜなら、後継者の決定には神の意志が介在していないからです。僕が知ることができるのは、あくまで「神の意志によってもたらされる未来」だけなのです。そのため、神の意志ではなく実力のぶつかり合いによって決定される後継者は、僕の予知対象には該当しないのでした。
春香さんは人やモノを創造する能力を持っていました。彼女はファンである僕のために、コンサートのチケットを「創造」してくれました。
他の候補者も何かしらの能力を持っていました。雨を降らせる能力や風を操る能力、緑を増やす能力など。
しかし、どの能力も戦いの役には立ちませんでした。
したがって、僕たちは話し合いで候補者を決めることにしました。
僕は神の座に興味などありませんでした。他の人に譲るつもりでいたのです。
春華さんも神になることなど望んでいませんでした。僕と彼女は、ただ平穏に暮らしたかったのです。
他の候補者も同じ気持ちでした。無理に神の位に着こうとは考えなかったのです。
しかし、ただ一人だけ違った考えを持つ人物がいました。
彼女は僕や春華さんよりも一つ年下でした。彼女には人の死を操る能力がありました。
他の能力と同様、死を操る能力が作用するのは力を持たない「普通の人間」に対してだけなので、「特別な存在」である僕ら候補者たちを死に追いやることはできませんでした。
彼女は候補者の中でただ一人、「神になりたい」と言いました。彼女だけは神の座に興味があったのです。
僕を含む他の候補者たちは彼女が神になればいいと考えていました。ところが、彼女の思考は常軌を逸していたのです。
彼女は言いました。「私が神になれば、嫌いな奴を片っ端から殺していく」と。
それを聞いた我々は、彼女にそんなことはやめるように説得を始めました。神の力を悪用するというのなら、神の座をやすやすと譲るわけにはいかないと僕は言いました。
しかし、彼女は聞く耳を持ちませんでした。こうなれば力ずくで彼女を阻止するしかない。我々はそう考えました。
そのため、神の後継者争いは見苦しいものとなりました。恐ろしい野望を持つ彼女を止めるため、他の候補者たちが彼女を殴ったり蹴ったりしました。
さすがにやり過ぎたと感じた我々は彼女への暴行をやめました。そして、考えを改める気になったかと質問したのです。
すると、暴力を振るわれて顔を腫らした彼女は薄気味の悪い笑みを浮かべながらこう答えたのでした。
「ううん。全然。じゃあ、今度は私の番ね……」
彼女はなんと、カッターナイフを隠し持っていたのです。
我々は彼女を取り押さえようとしました。しかし、最初に飛びかかった一人は運悪く首筋を斬られてしまったのです。
大量の血が噴き出し、彼は息絶えました。候補者の一人がここで脱落しました。
それから、彼女は言いました。
「私に神の座を譲りなさい。そうすれば、生かしてあげてもいいわ」
命が惜しかった僕は慌てて降伏しました。
しかし、春華さんは降伏しませんでした。
「今すぐ考えを改めなさい。あなたみたいな人は神になる器じゃない」
そう言って、春華さんは金属バットを創造したのです。このバッドでカッターを持った女に対抗しようというのです。
「へぇ、面白いことするじゃない。それで私を殺そうってわけね」
女は笑いました。
「これは警告よ。今すぐナイフを捨てて後継者争いを辞退しなさい」
春香さんはバットの先を女に向けました。
ですが、女は怯むことなく笑い続けました。
そして、次の瞬間でした。
女はカッターナイフを春華さんに向けて投げたのです。
カッターナイフは春華さんの右目に突き刺さりました。春華さんは痛みに悶絶し、うずくまりました。
顔面から血を流す春華さん。血だまりがドンドン大きくなります。
それから女は春華さんが呼び出した金属バットを奪い取り、苦しみもがく彼女を思いきり殴り始めたのです。
僕は女を止めに入りました。もちろん他の候補者たちも。
しかし、バットで威嚇されたため、近づくことができませんでした。
やがて春香さんはピクリとも動かなくなりました。
僕は後悔しました。どうしてもっと早く女を止めることができなかったのか。僕たち全員で女を殺す気でかかれば、暴走を止められたかもしれないのに。
でも僕たちには女を殺す覚悟などなかったのです。
しかし、女には覚悟があった。他者を殺してでも、神になる覚悟があったのです。
僕は土下座しながら言いました。「もう許してください」と。
これ以上、誰かが犠牲になるのは嫌でした。そして何より、春華さんのことで頭がいっぱいでした。
早く彼女を病院へ連れて行かないと……。
「許してほしい? ……いいわよ。じゃあ、私が次の神ってことでいいわよね?」
女は勝利を宣言しました。
僕らは恐怖に屈したのです。
「春華さん!」
降伏するや否や、僕は春華さんの傍に駆け寄り、大きな声で呼びかけました。しかし、反応はありません。
すでに息はありませんでした。遅かったのです。
僕は女を睨みました。
すると、新たな神となった女はこう言いました。
「あなた、私のしもべになりなさい。そうすれば、いつかきっとこの女を生き返らせてあげる。だって私は神だもの……」
僕は怒りを鎮めることで精一杯でした。この女が憎い。今すぐにでも殺してやりたい。そう思いました。
春香さんは僕の希望だった。憧れの女性だった。
それなのに、この女が何もかも奪っていったのです……。
絶望が芽生え始めました。
しかし、それと同時に僕の心の中では別の考えが浮かんでいました。
この女……新しい神に従えば、春華さんが生き返る。だったら、今は大人しく女の言うことを聞くべきではないか、と……。
僕は従うことにしました。神に忠誠を誓ったのです。
いつか春華さんが戻ってくるのなら、多少のことは我慢するしかない。
こうして、僕は神に仕える存在となったのです。
◆ ◆ ◆ ◆
新たな神は気に入らない人間がいると言いました。神は前々から、その人物をとにかく殺したくてたまらなかったそうです。
高校三年生だった神はクラスメイトの女子生徒を恨んでいました。神がまだ神になる前、そのクラスメイトは推薦で大学に合格しました。
神もまた、その大学を志望する受験生だったのですが、クラスメイトに推薦枠を奪われたことにひどく腹を立てていました。また、彼女が日頃から利口ぶった態度で教師に媚びているとして、不愉快に感じていたのです。
大学合格が決まって嬉しがるクラスメイトを絶望の底へ叩き落す。神はそう言いました。
そして、事件は起こったのです。
そう、それが『大野一家惨殺事件』だったのです。
今から十年前の秋でした。大野美波とその家族が何者かに惨殺された未解決事件。
犯人は岩上竜也。当時高校三年生。大野美波のクラスメイトでした。
彼を犯行にかり立たせたのは神です。神は自らの手を汚すことなく憎い相手を葬ったのです。
しかも、岩上さんは不治の病を患っていました。彼は死期が迫っていたのです。また、大野美波に密かに好意を寄せていました。そんな人間に罪を犯させるとは、神はなんて惨いのか。僕は呆れたものです。
ですが、これも春華さんを生き返らせるため。神に口答えはできませんでした。
しかし、この大野美波の死が僕や神にとっての大きなターニングポイントとなったのです。
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