十三 集結
「うわぁ…すごい人ですね」
美波が驚きの声を上げる。彼女は初めて訪れた大学の学園祭に感激している様子だった。高校生である彼女にとって、大学という施設の何もかもが新鮮で、一つ一つの景色に目を輝かせている。
彼女は赤いセーターに薄紫のロングスカートという秋らしい服装をしていた。もちろん似合っている。とても素敵だ。美波が制服以外の格好をしているのを見るのは、これが初めてだった。
「広いねぇ。うちの大学より盛り上がってる」
前島はキョロキョロとあたりを見回している。見慣れない景色に圧倒されているようだ。
私は美波と前島を大学に連れてきた。彼女たちはいわゆる部外者という立場だが、一度キャンパス内に踏み入ってしまえば外様も身内も関係ない。誰もが祭りの空気に取り込まれてしまうのだった。
今日も晴れてよかった。天気予報によると、雨の心配もなさそうだ。
学園祭最終日は日曜日ということもあってか、来場者が随分と多い。おそらく外部からの参加者が押しかけてきているのだろう。辺りでは小学生くらいの男の子や主婦の姿も見受けられる。
「買ってきたよぉ」
積み重ねられたプラスチックの容器を抱えながら、桃がこちらにやって来た。彼女はいつの間にかパシリ役になっていた。
私たちは全員、イカ焼きが食べたい気分だった。桃は最初からイカ焼きを食べるつもりだったらしいので、ついでに私たちの分まで買ってきてもらったのだった。
「はい、どうぞー」
イカ焼きが入った透明な容器は、蓋が開かないように輪ゴムがくくりつけてある。割りばしも容器とセットで輪ゴムに挟まれていた。
桃はその容器を私たち一人一人に手渡していく。
「ありがとうございます」
美波は笑顔でそれを受け取った。
「サンキュー、桃っち」
気付けば前島は桃をあだ名で呼ぶようになっていた。
「はい、春ちゃん」
「ありがとう。悪いわね」
これで全員にイカ焼きが手渡った。
四人で近くのベンチに腰掛ける。そこでこのイカ焼きを食べることにした。
「イカ焼きって、イカが丸ごと焼かれてるヤツじゃないの? これ、思ってたのと違う!」
前島が言った。
目の前にある実際のイカ焼きは、イカを小麦粉に混ぜて焼いたクレープみたいなものであった。クレープは半分に折られており、その上にはソースとマヨネーズがかかっている。
「イカの姿焼きじゃなくて、大阪風のイカ焼きみたいね。私は最初からこっちを想像してたけど……」
そう言って私は割りばしでイカ焼きを割いた。一口分の大きさにカットする。
どれどれ……。うん、ソースが効いてて美味しい。イカの風味もいい感じだ。中には天かすも混ぜられており、サクッとした食感を醸し出している。
「ふむふむ……。これはこれで悪くないね」
期待していたものとは違うイカ焼きを食べることになった前島だったが、味には満足しているようだった。
イカの丸焼きは嚙み切れないので食べづらいだろう。しかし、こういうタイプのイカ焼きは、ふわふわとした生地なので、箸で簡単に割くことができる。食べやすさという点では出店の商品に向いているといえる。
「あー、美味しかった」
私はまだ半分も食べていないのだが、桃はもうイカ焼きを食べ終えてしまったらしい。相変わらず食べるのが早い。
「ふー、ふー」
美波は熱を冷ましながらゆっくり食べていた。一口がとても小さい。お上品な食べ方で可愛らしい。
「ねぇ、私が食べさせてあげようか」
突然、私は思ってもないことを口走ってしまった。
「え?」
美波は目を丸くした。
「あ、いや……。冗談だけど」
すぐに前言を撤回する私。なんであんなことを言い出してしまったのだろう。熱でもあるのだろうか。
とにかく今の言葉は忘れてほしい。
ところが……。
「お願いします……」
美波は顔を赤らめた。
「はい…?」
意表を突かれる私。
美波は私の発言を真に受けてしまっているようだった。拒むどころかむしろ要求してきたのだ。
「あーん、ってしてください」
そう言いながら、美波は私にイカ焼きと割りばしを渡してきた。
ほ、本気なの……?
美波が私を見つめている。「早くして」と訴えかけているようだった。
こうなれば引き下がるわけにもいかないので、私はイカ焼きを彼女に食べさせることにした。
「じゃ、じゃあ……。はい、あーん……」
美波は口を開く。中からピンク色の舌が顔を覗かせた。
一口サイズのイカ焼きを掴み、彼女の口の中へ運び込む。
パクリ。
「ん…。おいひぃ、です……」
イカ焼きを噛みしめる美波。
何だこれ……。どういうイベントなの?
「あー、ずるーい! 桃だって春ちゃんにあーんしてほしいぃ!」
「あはは。でも桃っち、もう食べ終わってるじゃん」
「しまったぁ!」
何がそこまで羨ましいのか。
最近は友達に食べさせてもらうことが流行りなのだろうか? 長らく友達がいなかったので私にはよくわからない。
「じゃあ桃は、春ちゃんにあーんしてあげるもん!」
「いや、別にそんなことしなくても……」
桃は私からイカ焼きと箸を奪い取る。
「はい、お口開けて。大きく開いてー」
歯医者さんかよ。
「あ、あー……」
私は言われたままに口を開く。
食べさせることにどんな価値があるのかは知らないが……。まあ、付き合ってあげてもいいか。
「あーん」
そう言いながら桃は私にイカ焼きを食べさせた。
……って、ちょっとサイズ大きすぎない? アンタの一口ってそんなに大きいの?
もがもが言いながら、私は大きめのイカ焼きを食した。いい年した女が口いっぱいにモノを詰めるなんて、はしたないにもほどがある。
「美味しいでしょー?」
「ま、まぁね……」
味なんて、自分で食べた場合と変わらないでしょうに。
一体これの何が楽しいのやら……。
私がやっとイカ焼きを飲み込むと、
「じゃあ今度は私の番ね。はい、春華あーんしてー」
前島もイカ焼きを突っ込んできたのだった。
えー、まだやるの?
「つ、次は私にもやらせてください……」
恥ずかしそうに美波が言う。美波、あなたまで?
こうして、私はなぜか三人の美少女から「あーん」をしてもらうことになった。本当にワケがわからない。まるで介護されてる気分だ。
私たち四人は和やかなムードで学園祭を満喫していた。
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