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十二 前夜

 バイトが終わった。今日はよく働いたものだ。

 帰ったら明日に備えて早めに寝よう。でもその前にネットでもしようかな。何か面白いスレでも立っていないか検索しよう。


「はぁー、終わった終わった」


 店を出ると、私は伸びをした。背中の骨がポキポキと音を立てた。

 

「ねぇ、明日も春華の大学は学園祭なんでしょ?」


 私に続いて店を出てきた前島奈々香が言った。


「ええ」

 と、私は答える。

 

「私も行っていい?」

「え?」


 前島が学園祭に?

 明日は美波も来ることになっている。桃とも大学で合流し、一緒に学園祭を回る予定だった。

 そこに前島まで加わるなんて。


 まぁ、それがどうしたという話だ。別に問題はなかろう。むしろ四人の方が気が紛れていいかもしれない。万が一、美波と桃が険悪ムードになったとしても、前島がいれば場の空気を和ませてくれるだろうし。

 

「いいわよ。他にも知り合いが来るんだけど、それでもいい?」

 「うん、オッケーだよ。じゃあ、何時にどこで待ち合わせする?」


 私は美波と待ち合わせることになっていた駅と時間を伝えた。というわけで、明日はいつもの駅で美波そして前島と待ち合わせをしてから、電車に乗って大学へ向かうことになった。


 このことは美波にも伝えておこう。彼女には桃と行動を共にすることはあらかじめ伝えてあるが、さらに同行者が増えることを追加で連絡しなければならない。


 おそらく、美波も桃も私と二人きりがよかったのではないだろうか。美波は「デート」ができるとワクワクしていたようだし。


 明日は友人の友人が一斉に顔を合わせるというカオスな日曜日となりそうだ。

 前島まで加わり、事態はますますややこしくなってきた。

 どうか何事も起こりませんように。

 私はそう願った。


 だが、心配すべきことはもう一つあった。それは山之内の言葉である。彼は明日が「崩壊」の始まりであると言っていた。私に「失う覚悟」はあるのか、と聞いてきたのだった。


 何かが崩れる。何かを失う。山之内は不吉な予言をしてくれたものだ。

 神の怒りを退けること。それが私の宿命だった。


 絶対に明日を乗り切って見せる。私は何も失わない。神に負けたりはしない。

 腹はくくっている。覚悟ならできている。


 私は日常を守り抜いてやる。


 ◆ ◆ ◆ ◆


「……というわけなの。明日は四人で行動することになるわ」


 私は夜、自室で美波の携帯に電話をかけた。風呂から上がり、パジャマ姿で。

 彼女には明日のことについて説明した。桃だけでなく前島もパーティーに加わったということを。

 

『わかりました。人数は多い方が楽しいですもんね』


 美波は前向きな言葉を返してくれた。内心ではどう思っているのかはわからないが、表向きでは嫌がったり、残念がる様子を見せないでくれた。それでけで私は少し安心させられた。


「ややこしくなってごめんね? お詫びに明日は好きなものおごるから」

『いえいえ、気にしないでください。でも……もし春華さんにおごっていただけるなら、お言葉に甘えちゃおうかな……』

「遠慮しなくていいわ。何でも好きなもの言ってくれていいから」


 学園祭の出店で買えるものなんて、たかが知れてるが……。

 アイスクリームでもクレープでも、たこ焼きでもいい。美波が食べたいと思うものなら何でもいいのだ。


『じゃあ……私は春華さんの…』


 電話の向こうで、美波が何かをボソッと言った。私はそれを聞き取ることができなかった。


「え? 何……?」

『あ、いえ! な、何でもありません! 明日決めたいと思います』

「そう。じゃあ、またゆっくり考えてね。焦らなくていいから」

『はい。そうさせていただきます……。じゃ、じゃあ今日はもう、おやすみなさい……』


 そう言って、美波は電話を終わらせようとした。

 彼女は何をそんなにあたふたしているのだろうか?

 気になりはしたが、突っ込まないことにした。向こうにも何か事情があったりするのだろう。それは誰にも知られたくないことかもしれない。


「うん、おやすみ。また明日」


 私は電話を切った。


 ふぅ……。


 私は落ち着かない気分になってきた。身体の奥が熱くなってきたような感覚がする。あ、別に風邪で熱が出たとか、そういうのではない。私の体調は正常だ。


 何だか変な気分だ。この気持ちはどうやって発散すればいいのだろう。

 頭の中は美波、桃、前島のことでいっぱいだ。彼女たちのことがなかなか離れない。

 しかし、それは嫌な感じではないのだ。今すぐ忘れ去りたい、というわけではない。むしろ愛おしいような気持ちが強い。


 それは彼女たちが初めての友人だからだろうか……。彼女たちを見る私の目は、これまで誰かを見てきた時の目とはまるで違うのだ。


 かけがえのない存在、ということだろうか。私にとって、彼女たちは大切なものになっていた。一緒にいるだけで落ち着かないのは、きっとそのせいだと思う。会話やメールをしただけで、私の胸は高鳴るのだ。


 果たして、彼女たちへの私の想いは、本当に友情だけなのだろうか。友情ということばだけで片づけることができるのだろうか。なぜだか私は、それ以上の感情を抱き始めている気さえする。


 まさか……。そんなまさか。

 私にも、百合の気があったというのか……?


「ば、馬鹿馬鹿しい!」


 そう言って私は部屋の電気を消し、布団の中にくるまった。

 今夜はもう寝ることにした。さっさと切り替えよう。こんな気持ちは眠って忘れよう。

 明日は勝負の一日になるのだから。

お読みいただきありがとうございます。

感想をお待ちしております。

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