十 夕刻
夕方になった。そろそろ肌寒くなってきたので、今日はこの辺で引き上げることになった。
学園祭一日目が終わった。いや、実際は夜まで学園祭のイベント自体は続くのだが、私と桃は一足先に学校を後にすることにしたのだった。さすがに一日中歩き回るのは疲れる。
今日は桃と複数の出店を食べ歩いた。桃は片っ端から全ての店の品を食すつもりらしいが、今日一日だけでは食べきることはできなかったので、残りは明日と明後日に食べることになった。何もそこまでしなくてもいいのではないだろうか。
私はクレープと焼きそばしか食べなかった。もうそれだけで十分だった。無理にたくさん食べる必要はない。
いくら「食欲の秋」といえど、それは暴飲暴食を推奨するためのフレーズではないはずだ。私はいつだって、腹八分目を心掛けている。スタイルをキープするためには、太らないように食事に気を配ることが重要なのだ。
私は「美」に対する意識が高かった。私は常に美しくあらねばならないのだ。それが私なのだから。というか、私は性格がゴミなので、美少女要素が失われれば、ただのクソ女になってしまう。
「あー美味しかった! やっぱり屋台の焼きそばは最高だね。さてさて、明日はフランクフルトと焼きおにぎりでも食べよっかなー」
桃はポッコリと膨れ上がったお腹をさすった。こんな小さい身体に、よくあれだけたくさん入ったものだ。あの食事量は、私なら苦しくて動けなくなるレベルだ。もうしばらく食べ物は見たくなくなるほどだろう。
それなのに、彼女はもう明日に食べるもののことを考えていた。もはや食欲の化け物である。それにしても、こんなにたくさん食べるのに、どうして桃は成長しなかったのだろう。栄養はどこへ行ってしまったのだろうか。頭の方にも回ってなさそうだし……。
「明日も楽しみだなぁ」
「あー、そうそう。私、明日は来られないからね」
バイトが入っているので、二日目は学園祭に顔を出すことができない。あらかじめ桃にはそのことを伝えていたが、改めて言っておくことにした。
「そういえばそうだったね。ざーんねん。じゃあ明後日、また一緒に回ってね」
「ええ」
三日目は岸和田の知人が漫才をステージで披露することになっている。それをビデオカメラに収めなくてはならない。
そして、桃にはもう一つだけ言っておかなければならないことがあった。
「あと、日曜日なんだけど……私の知り合いも来るから」
美波のことである。彼女に大学の学園祭を案内して回ることを約束していた。
「そうなんだ」
桃にとって美波は友達の友達である。一度も互いに顔を合わせたことはない。できることなら二人を会わせたくはなかったのだが、いつまでも隠すのも変な話である。せっかくの機会なので、紹介はしておくべきだと思う。
何も起こらないでほしいものだが、恋のライバルとして彼女たちが敵視し合う関係になってしまわないか心配だ。二人の間で板挟みになってしまう私の姿が容易に想像できてしまうのが悩ましい。
だが、あくまで私は美波や桃とは単なる友達の関係だ。それ以上でもそれ以下でもない。友達が二人以上いても、何も問題ではない。私は彼女たちに何か特別な感情を抱いているわけでもないのだ。
それなのに、なぜか最近私は彼女たちの前では落ち着かない気分になってしまう。変に意識してしまう。おかしい……。
私は正常だ。ノーマルだ。どうしてソワソワする必要があるというのか。彼女たちが私に恋心を抱いているからといって、私までそれっぽい気持ちになってどうするというのだ。
余計なことは考えない。平常心だ。私が女の子に恋するわけが………。
「その子はどういう感じの子なの?」
桃が美波の特徴について質問してきた。
「まだ高校生で、とても落ち着いた感じの良い子よ」
「ふーん。桃も仲良くなれるかなぁ?」
「大丈夫よ。むしろそうなってくれないと、私が色々と困るわ。いい? 絶対仲良くなりなさいよ? 絶対よ?」
「こ、恐いよ。春ちゃん恐いよ。顔も近い。あ、キスしちゃっていい?」
「ダメ」
「むぅ~」
私としたことが……。ついムキになってしまった。
ま、ともかく明後日は二人が険悪なムードにならなければそれでいい。和やかな雰囲気で楽しんでくれることを祈ろう。
「じゃあ、また明後日。今日と同じく、十時に正門前で待ち合わせね」
そう言って私は桃と別れようとした。
だが、彼女がそう簡単に帰してくれないことは想定内だった。
「今から桃の家、来ない……?」
またか。また連れ込み作戦か。
何度迫っても無駄だ。私は行かない。
「明日は早いから、もう帰るわ」
こうやって、何かと理由を付けて断るのがいつものパターンだった。そろそろ桃には諦めてほしいものだ。
「えー? 今日こそ桃の家でお泊りしていこうよぉ」
「どうせ寝かせてくれないでしょ、色んな意味で」
「それもそうだね。お楽しみが待ってるもんね!」
もはや隠す気もないようだ。これだからレズは油断ならない。
このアホロリツインテールは、どうしても私を自宅に連れ込みたいようだが、私のガードは固い。そう簡単いはいかないのだ。
「じゃあね。今夜はレンタル彼女とでもお話ししてなさい」
そう言って、私は学校を後にした。
明日はバイト。明後日は修羅場の予感。今週末は何て忙しいのかしら。
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