九 甘味
学園祭一日目を迎えた。今日はすっきりとした秋晴れだ。空気が澄んでいて、雲一つない青空が広がっている。
キャンパス内の雰囲気はいつもと大きく異なっていた。あちこちに出店があり、派手な仮装をした人が客引きや写真撮影などを行う光景が見受けられる。辺りを見回せば多くの人で溢れかえっている状況だ。
とにかくそこらじゅうが騒がしかった。キャンパスの中心部に設けられたライブステージでは、ギターやドラムを使うバンドの演奏が行われており、ズンズンと低音が胸に響いてくる。近くに雷でも落ちたような衝撃だ。
私は桃と待ち合わせをしていた。今日と明後日は彼女と学園祭を回る約束をしていた。
スマホを見て時間を潰していると、
「おはよー、春ちゃん」
待ち合わせ場所に桃が現れた。なんとメイド服姿で。
「おはよう。その格好は何なの……?」
「メイド服だよ」
「それくらい見ればわかるわ。そうじゃなくて、どうしてそんな恰好してるのかって聞いてるのよ」
彼女はスカートの丈が短いフリフリとしたメイド服を着ている。手作り感が満載で、ピンク色が目立つ生地だった。頭のユルそうなコスチュームは、いかにも桃らしかった。
「これはね、ゆっこが作ってくれたんだよ。着てって頼まれたから、着ることにしたの! どう? 似合ってるでしょ」
くるりと一回転する桃。スカートがひらりと舞う。
「ええ、似合ってるわ。あの人、こういうものまで作っちゃうのね」
岸和田は万能女子だった。料理も裁縫も勉強もできてしまう優等生だ。残念な性格を除けば、本当に完璧超人である。
ピンクの可愛い系メイド服。まさにロリに似合う衣装だ。ロリコンな岸和田の好みがハッキリと現れている。きっと「桃たん可愛いよ、桃たん」などと言いながら、この服を着ている桃の姿を想像し、よだれを垂らして作っていたに違いない。
「ロリコンのやる気ってすごい……」
「んー? 何か言った?」
桃が私の顔を覗き込む。
上目遣いでこっちを見てきた。地味にグッとくる可愛さだ。私にそういう趣味はないが、危うく変な気を起こすところだった。
「何でもないわ……。さ、行きましょう。私は桃が行きたい店についてくわ」
「うん! じゃあ、まずはこのクレープ屋さん!」
桃がすぐ真横で構えているクレープの出店を指した。いきなりデザート系から行くのね。
ま、順番なんてどうでもいいけど……。
桃が私の右手を取り、歩き始めた。私はそれに引っ張られるようにして前に進む。
「春ちゃんも食べるよね?」
「そうね。じゃあ、このイチゴクレープってヤツにしようかしら」
値段は一つ三五〇円。これはクレープにしては高いのか安いのか、普段買わないので私にはわからない。
「オッケー。桃がまとめて注文するよ。すみませーん」
出店の女性スタッフに声をかける桃。
「はい、ご注文は?」
「イチゴクレープ二つとバナナクレープ二つくださぁい」
「イチゴとバナナ、それぞれ二つずつですね。全部で一四〇〇円でーす」
桃は財布から千円札二枚を取り出して支払った。私の分まで払ってくれるみたいだ。
それから商品クレープを受け取る。クレープ四つで完全に両手が塞がってしまった。
「春ちゃんの分!」
桃がイチゴクレープを渡してくれた。
「ありがとう。これ、お金……」
私は三百五十円を払う。
「後でいいよ。今お財布取り出せない……」
クレープを持ったままだと、小銭を受け取って財布にしまうことは難しい状態だ。
「はいはい、クレープ持っててあげるから」
「ごめーん。ありがとー」
桃が食べるのは、イチゴクレープ一つとバナナクレープ二つ。クレープだけで三つも食べるの? もうそれだけでお腹いっぱいになるでしょうに。
「なんでバナナは二つも買ったの?」
「だってぇ、好きなんだもん」
私は預かっていたクレープを桃に返した。
そういえば、この前岸和田が働いてる喫茶店に行った時も、桃はバナナがたっぷり乗ったパフェを食べていた。どんだけバナナ好きやねん。
「いただきます……」
私はイチゴクレープを一口かじった。
うん、美味しい。イチゴ混じりのホイップクリームとイチゴの果実が贅沢に使われている。甘酸っぱくてクセになる味だ。クレープの生地もモチモチしてて良い。
桃はむしゃむしゃと速いスピードでクレープを頬張っていた。ああ、はしたない。もっと落ち着いて食べなさいよ。あなた女子力低すぎるんじゃないの? 私みたいに小さな一口でおしとやかに……。
スイーツはゆっくりと楽しむ。それが私みたいな女子力が高い女子の食べ方である。ええ、そうよ。私は女子力が高いのよ。私の女子力は五十三万です。
私たちはクレープを堪能した。
「じゃ、次は隣のお好み焼きね!」
桃がやる気に満ちた表情を浮かべる。今食べたところなのに、もう次の店行くの?
「よくそんなに入るわね……。っていうか、お金は大丈夫なの?」
「うん! 今日はお財布に五万五千円入れてきたから!」
「ええ? そんなに? 気合入り過ぎでしょ……」
「ゆっこがお小遣いくれたんだ。これで美味しい物食べてきなさい、って」
甘い。甘すぎる。さっきのクレープより甘い。
岸和田は桃を甘やかしすぎだ。孫に何でも与えちゃうおばあちゃんですかアンタは……。
「お好み焼きは遠慮しとくわ。今は口の中が甘ったるいし……」
クレープの直後にお好み焼きを食べるのは気が引ける。どちらも生地が小麦粉でできている。クリームまみれの粉ものと、ソースまみれの粉ものを連続して食べるほど、私は炭水化物に飢えてはいない。
「……もくもく。お好み焼き美味しいよ? 春ちゃんも食べればいいのにぃ。ほくほく」
桃はいつの間にかお好み焼きを食べ始めていた。早い。
幸せそうな顔だ。きっと岸和田は、こんな桃の顔が見たかったに違いない。一緒に来られなくて残念だろうな。
ま、私が彼女の代わりに見ておいてあげよう。
私はしばらくの間、桃が美味しそうに食べる様子を眺めることにした。
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