八 再開
百合って偉大。
二度目の死を迎えた後、私は再び復活を遂げた。新たな肉体を生み出すことによって。
しかし、その時私が創造したのは「新しい自分の身体」だけではない。かつての自分……大野美波の肉体も復元したのであった。
一体なぜそんなことをしたのか?
それは「彼女」もまた復活を望んでいたからである。
「おはようございます」
少女の声が私に呼びかける。
声がした方へ振り向く私。
その先にいたのは制服姿の大野美波だった。
ポニーテールが秋風に揺れる。
彼女は今日も麗らかだ。
こうやって朝のホームで美波と待ち合わせをするのは、いつものことである。私たちはここから途中の駅まで同じ電車に乗って通学をするのだ。
「おはよう」
私も挨拶を返す。
柊春華と大野美波は再会を果たした。お互いに新しい肉体を持ちながら……。
◆ ◆ ◆ ◆
美波が初めて私の前に現れた時、彼女は実体を持っていなかった。当初の美波は山之内によって使者として私のもとへ送り込まれてきた「残留思念の塊」だったのだ。その姿は私にしか見えておらず、私以外の人間とは意思疎通をすることができない状態だった。つまり、彼女の「念」だけがその空間に漂う状態だったのだ。
殺害現場に残された美波の思念は強力だった。それはやがて、一つの人格を形成するほどだった。思念は一つの魂として生まれ変わり、意志を持つ一人の人間になった。
意志を持つようになった彼女は私に恋をした。告白までした。私を死の世界へ連れ戻すという任務を忘れ、生と死を超えた友情を築くまでになった。
しかし、実体がなければ現実世界に干渉することはできない。彼女は何かを食べたり、何かに触れることはできないのだ。それはあんまりではないか。
私はそんな美波を哀れに思っていた。
美波は墓の前で肉体が欲しいと言った。柊春華の身体をよこせと言ってきた。もちろん私はその要求を断った。
だが、私はあることに気付いた。彼女が自分自身の肉体を手に入れさえすれば、全てが解決する話じゃないか、ということを。ならば、創造の力を持つこの私が美波の魂の「入れ物」となる身体を造ればいいではないか。そのような結論に至った。
私は美波の肉体を創造し、そこへ魂を宿すことに成功した。こうして大野美波は生身の人間として、この世に生まれ直したのだった。
本をただせば、柊春華(私)と大野美波(彼女)は同じ人間だ。元々は一つの存在だったのだ。
あの事件が起こるまでは。
事件の後、大野美波の魂は創造の力を行使して柊春華として転生した。それが今の私である。
そして、事件現場に残された大野美波の思念は次第に人格を成し、「新たな魂」へと成長したのである。
この「新たな魂」は私が生み出した大野美波ver.2の肉体に宿った。それが今私の目の前にいる少女だ。
死によって大野美波の魂と思念は分断され、それぞれが異なる形で現世に舞い戻ったということである。魂は柊春華、思念は大野美波ver.2として……。
現在の美波は実体を持つ女子高生である。彼女は十年ぶりに高校三年生をやり直すことになった。
復活後の美波は転校生という設定で、かつての母校である吉沢高校に通い始めた。
また、彼女は養子として引き取られたという設定である。奇しくも、養子の引受先の夫婦も姓が大野だったため、彼女の苗字は変わらずに済んだ。これは本当に偶然である。
しかし残念ながら、十年前の事件で亡くなった彼女の家族までは復元できなかった。美波の両親と妹の魂は既に成仏しており、この世には存在しない。よって、私の力で彼らの肉体を復元することはできても、それに宿すための魂がない状態だった。
両親を事故で失い、養子として育てられた女子高生。それが今の大野美波という人間の「設定」だ。
復活した美波が新たな形でこの世での生活を再開することができたのは、山之内のはからいのおかげだった。
美波が転校生であるという設定や養子になったという設定は、すべて山之内が提案したものだ。これらの設定を実施するためには、情報操作や記憶の改ざんを行う必要があった。私にはそのような能力がなかったため、それが可能な山之内が代わりにやってくれたのである。
どうして彼がこんなことを引き受けてくれたのか。それは未だに謎である。サービス精神が旺盛な人物なのだろうか。彼はただ「面白そうだから」という理由で、美波の日常への復帰を手伝ってくれたのだった。
そんなことをして彼は神の怒りを買ったりしないのだろうか。本当に大丈夫なのだろうか。なんだか彼のことが心配になってきたものだ。
◆ ◆ ◆ ◆
私と美波は通学電車の中で揺られていた。以前と変わらず、おしゃべりをしている。
美波の姿はまわりの人間にも見えているので、今の私は独り言をブツブツと言っている変な女だと誤解される心配もない。
私に白い眼を向けてくるサラリーマンも、ひそひそと話す女子高生もいない。
やっと落ち着いて美波と会話ができる……。
とても嬉しい気分だった。
「春華さんの大学では明日から学園祭なんですね」
美波が言った。
「そうよ。日曜日まで続くの」
「いいですねぇ。憧れちゃいますねぇ……。私もお邪魔していいしょうか?」
目を輝かせる美波。そんな顔で頼まれては、断るわけにもいかない。
「もちろん。一緒に行きましょう。私が大学を案内してあげるわ」
私は承諾した。
「ありがとうございます! でも、明日は金曜日だから学校があります……。ご一緒するのは、土日で構いませんか?」
「あー……実は土曜日はバイトがあって学園祭には行けないの。だから、二人で行けるのは日曜日だけになってしまうわね」
最初は日曜日も行かない予定だったのだが、岸和田の依頼があるので、仕方なく行く羽目になった。
「わかりました。では日曜日でお願いします」
美波は納得した様子だった。一日だけになってしまい、申し訳ない。
私は美波と学園祭に行く約束をした。
「春華さんとデート……。どんな格好していこうかなぁ」
乙女の顔をする美波。え? これってデートなの?
まぁ何でもいいか。彼女が満足するならば……。
しかし、ここで一つ問題が生じることになった。
私は既に日曜日は桃と学園祭を回る約束をしていた。そこに美波も加わることになったわけなのだが、この状況は少々マズいかもしれない。
なぜなら、彼女たち二人は、私をめぐる「恋のライバル」どうしであるからだ。
なぜか女にモテてしまう私は、美波と桃から想いを寄せられている。よって、美波と桃が顔を合わせれば、「この女誰? どういう関係?」という修羅場展開になりかねないのだ……!
これって、ハーレムアニメのお約束イベントじゃん。主人公ポジションの私が男ではないという点を除けば、ただのハーレム系ラブコメでしょ、これ。
日曜日は波乱の幕開けとなりそうな予感がする。
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