一 邂逅
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今日は講義が一限目だけだった。中国人講師による中国語の講義を受け、それが終わるとさっさと大学を離れて駅へと向かった。これから私は自宅に帰る。
帰宅後は録画しておいたアニメを観る予定だ。毎週火曜日はアニメ鑑賞が私の中では定番となっている。
秋アニメが始まって二週間ほどが過ぎた。今期は豊作とも不作とも言えない微妙なラインに立たされている。豊作続きだった春や夏に比べると少々物足りないのだが、決して内容がつまらないわけではない。
とりあえず三話まで様子を見るのが定石だ。もう少しだけ視聴を継続したいと思う。
このように、私は暇さえあればアニメのことばかりを考えるのだった。私のこれまでの人生……といってもわずか二十年にも満たないが、もはやアニメなしで語ることはできないだろう。
私の青春時代はアニメがいつも隣り合わせだった。高校受験を控えた冬も数学で赤点を取ってしまった高校一年の夏もアニメが心の支えだった。大学受験に向けて勉強をしなくてはならない時期も私はアニメに没頭していた。もちろん学業成績は伸びなかった。おかげで第一志望の大学に合格することはできなかった。
だが、私は後悔などしていない。勉強する間も惜しんでアニメを観続けたおかげで数々の名作に出会うことができたのだから。
私は大学での成績はなかなか優秀な方だった。先月の上旬に前期の成績が返却されたわけなのだが、私は見事にすべての単位を取得していた。しかも「優良」を意味するS評価が大半を占めていたのだ。学部内の上位に食い込む成績を記録したのである。
もし第一志望の大学に通っていたとしたら、私の成績はこれほど良くはなかっただろう。むしろ単位が上手く取れずに苦悩していたのではなかろうか。
自分の実力に見合う大学へ進学した私は、ある意味正しい道を歩んでいるのかもしれない。今ではそう思えるようになっていた。
友人がまともにいない私のキャンパスライフは、これっぽっちも華やかではない。しかし、決して悪いものではなかった。優秀な学業成績と充実したアルバイト経験、アニメ鑑賞……。私の大学生活は順風満帆といえる。
今は十月だ。大学生活にはもう十分慣れてきた。今から半年前の入学当初は、初めての電車通学に戸惑い、学業とアルバイトの両立に苦労したものだが、今となってはバイトも通学も当たり前の習慣となっている。
慣れてしまえば、あとはこっちのものである。
大学生活はとにかく時間に融通が利く。自由な行動ができる。まわりに縛られない。好きなことに専念できる。私にはとても魅力的な日々だ。
こんな生活があと三年半ほど続く。大学生活は人生の夏休みであるとはよく言ったものだ。
私はこの長い長い夏休みを、思う存分に謳歌する所存だ。
駅のホームで電車を待つ。暇なのでお気に入りの音楽を聴いて時間を潰すことにした。
もちろん私が聴くのはアニソンである。むしろ私はアニソンしか聴かない。流行りの歌やアイドルグループには関心がないのだ。私が興味を持っているのは声優とアニソン歌手である。
キャラクターの声を聞いただけで、演じている声優の名前がパッと浮かんでくるし、歌声を聞いただけで、そのアニソン歌手の名前がわかる。アニメ関連の芸能にはそれなりに精通しているつもりだ。
やがて電車がやって来た。扉が開くと私は一目散に中へ飛び込んだ。自分が座る席を確保するために。
とはいえ、今は平日の午前である。利用客は少ないので空席が多く見られる。急いで座席をキープするほどでもなかった。
間もなくして電車が発車する。ガタンゴトンと揺られながら私は引き続き、イヤホンから流れる音楽を聴き続ける。
帰り道にコンビニへ寄ろう。アニメ鑑賞のお供としてスナック菓子と炭酸ジュースを買って帰ろうと思う。ポテトチップスかポップコーンのどちらがいいだろうか。とりあえずジュースはコーラで決定。
……などと考え事をしていると、駅を出発した頃に始まった曲は二番の歌詞に差し掛かろうとしていた。一番を聴きそびれてしまったので惜しい気分である。
自分で言うのもアレだが、私はかなりの美人だ。10段階評価なら10の判定が出てもいいのではないかと思っている。
しかし不思議なことに、今まで一度も恋人ができたことはない。それは何故だろう。中学高校時代、私はクラスでは大人しい美人で通っていたのに。
私はいわゆる「オタク」に分類される人種だ。しかし、私はこれまで自身のオタク趣味を他人に暴露したことはない。まさか私がオタク女子であると思っている人間はいないだろう。
そこらのブスとは違って見た目も良いし、性格も表向きは悪くない。常におしとやかな女性として振る舞うことを心掛けている。
それなのに、一体どうして?
こんな世の中間違っている。私よりもブスな女が彼氏を連れて歩いている光景を目にしたときほど、そう感じることはない。
誰か私を見つけてほしい。私はここにいる。上品で傷一つない水晶玉がここにはある。それが私だ。
昨今は男性の草食化が進んでいる。だが、現代の草食系男子は、どこにでも生えている雑草みたいな女すら食べようとしない。これだともはや絶食系男子である。
美人の私は彼らにとって高嶺の花なのかもしれない。だったら尚更、彼らは私に食いつこうとはしないだろう。通りで私にアプローチを仕掛けてくる男がいないわけだ。
私は適当な理由を付けて、自分に彼氏ができない事実を正当化するのだった。
自宅の最寄り駅に着いた。私は電車を降りた。
一旦ホームで立ち止まり、上着のポケットからスマホを取り出す。
音楽を停止し、イヤホンを外す。音楽を聴きながら歩くのは危険だからやめるよう、母親に言われているのだ。
これから徒歩で家に向かうことになる。その途中でコンビニに立ち寄ってお菓子を買う。
財布の中には四千円しか入っていない。無駄遣いはできないが、お菓子がどうしても食べたい。欲には勝てないものだ。
自動車の教習所へ通うために今はバイト代を溜めておかなければならない。よって、一回の出費はいつも五百円以内で抑えている。
「あの、すみません。少しいいでしょうか……?」
駅のホームで定期券を探しながらカバンをゴソゴソ漁っていると、誰かに後ろから声をかけられた。
それは若い女性の声だった。
私は「はい」と言って振り返る。
するとそこには……。
「突然声をかけちゃってごめんなさい」
私に負けないくらいの美少女が立っていた。
制服姿の美少女。おそらく高校生だろう。こげ茶色の髪をポニーテールに結んでいる。
私は思わず息を呑んでしまった。
この子、可愛い……。
ひょっとすると、私よりも可愛いかもしれない。
やはり上には上がいるようだ。世間は広いことを実感する。
突如現れた美少女を前に、私は目を見開くばかりだった。
彼女はすーっと息を吸い込む。
そして次の瞬間、とんでもないことを口走ったのだった。
「私と……付き合っていただけないでしょうかっ!」
え……?
私は耳を疑った。
イヤホンで大音量のアニソンを聴いていたせいだろうか。私の耳はイカれてしまったのかもしれない。
「それって、どういうこと……?」
超絶美少女の女子高生が超絶美人の私に愛の告白……?
世の中おかしい。改めてそう思った。
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