六 契約(1)
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弟に完全論破された私は自分の部屋に逃げ込んだ。そして、いつか見返してやると闘志を燃やした。だが、具体的に何をどうするのかは決まっていない。つまり、現段階ではノープランである。
作戦はこれから立てる。時間をかけてじっくりと。
綿密な計画こそが成功への道なのだ。
「私は可愛い。本気出せばいつでも捕まえられる。うん!」
なぜかわからないけど、すごく自信があふれてくる。ポジティブって大切。
まだ慌てるような時間じゃない。素敵な彼氏の作り方については、また今度考えよう。焦っても仕方ないし、時間はたっぷりあるのだから。
今はとりあえずモテない女のスレでも開いて、自分より下の女の有様でも見よう。そして優越感に浸るのだ。「私は彼女たちほど悲惨じゃない」と自分に言い聞かせて気を落ち着かせたいと思う。
お気に入りの掲示板サイトを開くため、スマホの電源を入れた。すると、何やらメールが一件届いていた。
迷惑メールだろうと思いつつメールボックスを開く。しかし、メールの差出人は私の予想とは違っていた。
それは山之内からのものだった。意外だった。彼が私にメールを送ってくるのはこれが初めてだった。
私は本文を読んだ。するとそこには、山之内からの「警告」ともいえるメッセージが記されていた。
『学園祭の三日目は崩壊がはじまる日です。失う覚悟はありますか?』
崩壊……。
これは一体何を意味しているのだろうか。そして私は一体何を失うことになるのだろうか。
この不気味なメールは情報の具体性が欠けている。山之内が曖昧な表現でメールを送ってきたのはワザとなのか。それともただ単に彼の説明が下手なのか。果たしてどちらだろう。
崩壊とは何か。失うものとは何か。私は彼に詳細を尋ねたい気分だった。しかし、残念ながらそれはできない。彼の返事を期待しても無駄である。
なぜなら、彼が質問に答えてくれないことは明白だったからだ。
山之内はヒントしか与えない。答えを教えてはくれないのだ。私と彼はそういう契約を結んでいる。
私と山之内が交わした契約。それは二週間前にさかのぼる……。
二週間前の金曜日。私は二度目の「死」を迎えた。
私はかつて、大野美波としての生を送っていたが、十年前の殺人事件で命を落とすことになった。それが一度目の死だった。
しかし、その運命を受け入れることができなかった私は「柊春華」という名の人間を創造し、その肉体に魂を宿すことで現世に蘇った。
柊春華に生まれ変わった私は大野美波として生きていた頃の記憶を失っていた。転生する直前の私は新たに生み出した肉体の脳に架空の記憶と人格を植え付け、あたかも柊春華という人間が最初からこの世に存在していたかのように数々の細工を施したのである。
柊家の人間は私が創造した架空の存在である。母も父も弟も、私が転生する際に生み出したものだ。家族が一人もいない女子大生だと設定の辻褄が合わないからである。
柊春華とその家族。どこにでもある普通の家庭を作ることで私は二度目の人生を円滑に進めることができた。そしてついに、憧れだったキャンパスライフを実現することに成功したのである。
大野美波は女子大生になることを夢見ていた。一度はその夢を失いかけたが、柊春華に転生することで願いを成就させたのであった。
では、なぜそんなことが可能だったのか。私はどうして生まれ変わることができたのか。
その答えは神の力である。
結論から言うと、私の正体は神である。
正確には神の能力を一部だけ継承した「不完全な神」である。
私が持つ神の能力。それは「創造」だった。
かつて神は世界を創り、やがて人を生み出した。私はその力を引き継いでいる。
創造という特殊能力を活かし、私は柊春華という容姿端麗な美少女を創造することに成功したのである。
だが、全てが上手くいったわけではない。なぜなら、私は完璧な神ではないからだ。はっきり言うと、私は「出来損ないの神」である。
私は理想通りの容姿を創ったものの、理想通りの人格までは創造できなかったのだ。
柊春華……つまり、今の私が持っている人格や記憶は、私の理想通りではないということだ。柊春華がオタクでコミュ障で内気な性格になってしまったのは、私がそう願ったからではない。それは不可抗力だったのである。
私は幼稚園や小学校の頃の記憶を持っている。それはもちろん、柊春華としての記憶だ。実際はそんな時代など存在しないのだが、作られた記憶が「思い出」として完全に定着してしまっている。
一方、私は大野美波だった頃の記憶をほぼ失っている。かすかに残っているのは、十年前の事件の記憶と女子大生になりたかったという願望くらいだ。
大野美波だった頃の私は、一体何が好きでどんな日々を送っていたのか。それは全く思い出せないのである。
つまり、私には前世の記憶はほとんど残っていないということだ。その方が生活に支障が出なくて済むので、むしろ好都合なのだが。
大野美波だった頃の記憶を捨てた私は柊春華として女子大生ライフを過ごしていた。彼氏ができないことを除けば、完璧な生活であった。
だが、山之内という男がそれを許さなかった。彼は神からの命令により、死者を死の国へ連れ戻す役目を引き受けていた。
最初は死を受け入れない私を黙認してくれていたのだが、とうとうそれも無理な話となり、彼は私に死と向き合うことを促してきたのである。
そこで彼が行ったのは、私のもとに使者を送り込むことだった。殺害現場から大野美波の残留思念をかき集めた山之内は、それを一つの人格として復元したのである。
彼が送り込んできた使者には、大野美波の記憶が宿っている。その使者にあの事件の惨状を語らせることで、私に死を思い出させる役割を担わせた。
だが、山之内は使者を思い通りに動かせなかった。というのは、彼もまた「出来損ないの神」であるからだ。彼は使者を完全に掌握することができなかったのである。そのため、大野美波の人格を宿した使者は私に恋心を抱き始め、ついには告白までしてしまったのである。
十月のあの日。私は駅のホームで彼女から想いを告げられた。それは山之内が仕組んだプログラムなどではない。あくまで使者が自発的に行ったまでである。
山之内曰く、使者の人格は制御不能に陥っていたそうだ。使者に宿した残留思念の力は彼の想像以上に強く、確固たる人格を形成していた。それは生前の大野美波と何ら変わりない一人の人間と同じ存在となってしまった。
唯一、その使者が普通の人間と異なっていたのは、その姿が私にしか見えないという点である。
暴走した使者は大野美波の心を持った一人の少女として、一人の恋する乙女として、自らの意志で活動を開始してしまったのだ。
私は思う。山之内の制御を振り切り、暴走を開始した大野美波の残留思念は、彼女なりの死への抗いだったのではないか、と……。
コントロール不能となった使者だったが、山之内の思わぬ形で事態は彼にとって都合の良いものに転じた。
大野美波の人格を宿した使者は自ら事件の真実を語り始めたのである。それは結果的に「死の記憶」を私に思い出させるきっかけとなった。
山之内が当初計画していたものとは異なる形ではあったが、彼の目的は果たされたのだった。
使者の働きにより、私は死を自覚した。そして、山之内は私を死者の国へ送るため、電話越しに誘惑の言葉を投げかけてきた。彼は「家族があの世で待ってる」だの言ってきたものだ。
山之内に誘導され、私の魂は天へと昇った。これが二度目の死である。
だが、その時もまだ私は死に抗う志を持ち続けていたのだった。
次は契約(2)となります。
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