四 空虚
岸和田の依頼を受け、私は学園祭三日目の日曜日にも大学へ行くことになってしまった。その日は彼女の知人がステージで漫才を披露することになっている。
私はバイトで忙しい彼女に代わって、その様子をカメラで撮影してくるように頼まれたのだった。
大学近くの喫茶店で桃とお喋りをした後は、今度こそ帰路につくことができた。あれこれ一時間ほど喫茶店に入り浸ってしまったものだ。
私は大学の最寄り駅へ向かって歩いている。桃とは先ほど、喫茶店の前で別れたところだ。今日もまた彼女の下宿先のマンションに連れて行かれそうになったが、何とか振り切った。
現在の時刻は午後五時十分。すでに日は沈んでしまっている。この頃すっかり昼が短くなったことを実感する。
あと一カ月もすれば十二月だ。その時、季節はもう冬である。今年ももうすぐ終わってしまう。
今年も彼氏はできなかった。大学に入ればモテまくりだと思っていたが、私はそもそも男との関わりがないので、きっかけというものがつかめなかった。
私ほどの美人ならば、男の方から近づいてくるものとばかり考えていた。だが、どうやら現実はそう甘くはないらしい。
キャッチボールをするとき、ボールが勝手にグローブの中に収まることはないのだ。捕球するためにはグローブを動かさなくてはならない。
私はミットを構え、ボールをただ待っていただけなのだ。自分から捕りに行こうとはしなかったのだ。それではボールをキャッチすることはできない。ま、投げてくれる人もいなかったが……。
「はぁ……。彼氏欲しいなぁ」
私は誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟いた。
駅のホームでは大学生のカップルが立っていた。彼らはとても仲良さげに会話をしており、幸せそうに笑っている。
彼氏の方はスマートでハンサムな顔立ちをしている。対する彼女もそこそこ可愛らしい感じだった。私ほどではないが。
いいなぁ。私も今頃はこうなってたはずなのに……。
自然と短い溜息が漏れた。ダメだ、また幸せが逃げてしまう。
日が暮れて気温が下がってきた。独り身という寂しさのせいか、ひどく寒く感じられた。すごく惨めな気持ちになる。
来年こそは本気出す。彼氏を作って見せる。焦る必要はない。なんせ私はまだ一回生である。まだまだ時間はある。
私のキャンパスライフはこれからだ!
春華先生の次回作にご期待ください。
……というわけで、今年はもう諦めることにした。クリスマスの予定? うん、バイトかな。
クリスマスといえば、女性はよくクリスマスケーキにたとえられる。クリスマスを過ぎた後のクリスマスケーキほど虚しいものはない。旬を過ぎてしまった売れ残りのケーキには誰も見向きしない。それと同じく、盛りを過ぎた女性も売れ残ったら悲惨だという話である。
だが、私の場合はどうだろうか。今はまだ十代だ。クリスマスが二十五日であるのと同じように「女の盛り」は二十五歳くらいだと個人的には思っている。つまり、年齢的には私のクリスマスは始まってすらいないのだ。
今の私はクリスマス・イヴどころかクリスマスの一週間くらい前だといえる。それだとまだケーキの予約が行われている時期だ。そう、発売前の段階なのだ。
売られていないケーキを買うことは不可能である。よって、まだ市場に出回っていない私を買い取る者がいないのは当然だといえる。
なーんだ。何もおかしくなんかないじゃないか。私は間違ってない。クリスマス前にフライングでケーキ食べてる奴の方がおかしいのだ。
あらあら、なんてはしたないのかしら。我慢できずにケーキを食べちゃうなんてみっともないですわ。お口のまわりにクリームがついちゃってますわよ、おほほ!
「……はぁ」
すごく情けない気分になってきた。なんて馬鹿な屁理屈を思いついてしまったのだろう。
こうやって言い訳ばかりしてるから、いつまでたっても彼氏ができないのだ。
この嫌な感じを消し去るため、私は耳にイヤホンを差し込み、お気に入りのアニソンを聴くことにした。
電車はあと五分くらいでやって来る。退屈しのぎにはアニソンが一番だ。