二 珈琲
講義が終わり、帰宅することになった。しかし、キャンパスを出ようとしたところで桃に捕まった。私は彼女に連れられて大学近くの喫茶店に入った。
店に入ると、私たちは窓際の座席に案内された。席に着くとすぐに店員が注文を聞いてきた。
財布の中が寂しい状態なので、私はコーヒーを一杯だけ注文した。ケーキやパフェなども合わせて食べたかったが、今日のところは我慢だ。今は節約の時期なのだ。
そろそろ給料が振り込まれる時期だが、今月はいくら入っただろうか。
私は頭の中で貯金額を計算していた。教習所へ通うためのお金を用意するには毎月の出費をどのくらいの額に抑える必要があるのかを考えた。
そうこうしているうちに注文したコーヒーが私たちの座るテーブルに運ばれてきた。
いい香りだ。私はコーヒーの味が苦手な人は知っているが、香りが嫌いな人を見たことはない。
コーヒーにミルクを入れる。それから角砂糖を三個投入した。
苦いコーヒーは好きじゃない。私は甘口がいい。
桃は「バナナチョコレートパフェ」とやらを注文していた。運ばれてきたパフェは、アイスクリームにチョコレートソースがかかっており、スライスされたバナナが盛り付けられている。かなり大きなサイズだった。
「いよいよ明後日だね」
パフェを美味しそうに頬張りながら桃は言った。
学園祭が二日後に迫っていた。今週の金曜日から日曜日までが学園祭期間なのだが、さすがに三日間とも顔を出す必要はないと思う。というか、面倒だから三日も行きたくない。
土曜日は午後からバイトが入っているので行けない。日曜日は次の日が講義なので休養を取りたい。というわけで、私が学園祭を見て回るのは金曜日だけである。
以上のようなことを桃に伝えると、
「えー、一日だけなのぉ?」
彼女は不服そうな態度を取った。
「それで十分じゃない。何回も行っても意味ないでしょ。それに私は元々、三日間とも行かないつもりだったんだから。一日だけでも付き合ってあげることに感謝してほしいものだわ」
「一日じゃ全部食べきれないよ。せめて二日は必要だよぉ」
「食べることしか考えてないのね……。別に食べるだけなら桃一人でいいじゃない。私が一緒に回る必要あるかしら?」
食べ歩きがしたいなら、彼女が一人で三日かけて全ての出店を回ればいい。私までついて行く必要なんてない。
「やだ! 桃は春ちゃんと一緒じゃなきゃやだ! 一人で学園祭とかやだぁー!」
桃はごねた。本当にガキだなぁ、と私は思った。
「ゆっことかいう人と回ればいいじゃない。あの人なら喜んでついてくると思うわよ」
岸和田由希子という桃を愛してやまない変な人がいる。法学部の三回生だ。かなりの美人だが、重度のロリコンである。なぜか私は彼女に敵視されている。私と彼女は桃をめぐる争いを繰り広げているらしいのだが、もう私の負けでいいと思う。別に欲しくもないので結構です。
「ゆっこは来ないよ。三日ともバイトがあって忙しいんだって」
そんな馬鹿な。
「ずるい。じゃあ私も三日間全部バイトだから行けない」
「どうしてそうなるの! さっきバイトは土曜日だけって言ったよね!?」
こんなことなら、最初からウソの予定を入れておくべきだった。最初から三日とも無理だと言っておけばよかったかもしれない。
私はコーヒーを啜った。まだちょっと甘さが足りない。
テーブルの隅に角砂糖が入った瓶が置かれている。これで甘さを調整しろ、ということらしい。私はその蓋を開け、数個の角砂糖をピンセットでつまむ。
使い放題っていいわね、なんて思ったりした。
白いブロックをトポトポと茶色の池に追加で投下した。それからスプーンでぐるぐるとカップの中身をかき回す。
そして、味見をする。
うん、だいぶ甘くなった。これがちょうどいい。
「日曜日も来てくれないかなぁ? お願い、春ちゃん」
「休日出勤ねぇ……。日当とかあるの? 平日の二割増しくらいで払ってほしいわね」
「お給料はないけど、桃のチューならあるよ!」
「そう。じゃあ行かない」
「そんなー」
休日は休むためにある。これは常識だ。
私はあくまでも日曜は学園祭には行かないつもりだった。
そのつもりだった、が……。