一 恋敵
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十一月が迫ってきた。いよいよ学園祭の時期である。うちの大学では三日かけて盛大なお祭りが行われることになっている。
私は学園祭に興味などなかったが、桃に誘われたので、とりあえず顔だけ出すことになった。
学園祭は今から一週間後だ。しかし、私は当日に向けて、特にこれといって準備をする必要はない。中学や高校とは違い、大学の学園祭は自由参加だからだ。全ての学生に何らかの役割が充てられるわけではない。実行委員や有志など、積極的な人間が主導となって動くものだ。よって、やる気のない私のような人間は何もしなくていい。
やりたい人が勝手に集まってやるイベント。それが大学の学園祭というものだ。ああ、実に素晴らしい。参加するもしないも個人の自由。自由って素敵だ。
「学園祭の屋台、何が出るのかなぁ? 桃は焼きそばが食べたいのー」
ツインテールを揺らしながら歩く桃が言った。私と彼女は二限目の講義を終えて、学食に向かっているところだ。
「焼きそばなんて、お湯を注げばいつでも食べられるじゃない」
「ノンノン。わかってないねぇ、春ちゃんは。インスタントの焼きそばと、屋台で売られている焼きそばは全然違うんだよ? まず、麺の張りが違うの。屋台の焼きそばは、インスタント麺には出せないもっちり感があるし、ソースがマイルドなの。出来立てだとすごく美味しいよ」
「まぁ、それはそうね」
まだ始まってもいないのに、屋台の話をしている私たち。まるで学園祭が食べることがメインのイベントに思えてきた。
一回生の私たちは今年が初めての学園祭だ。食べ物の屋台の他に何があるのかは知らない。有志のバンドや漫才などのライブが行われるということは想像が付くけれど、それだと高校の文化祭と大差がないように思われる。
私の中では学校行事は優先順位が低い。それほど重要なことではない。というのは、それらのイベントが私自身に何か大きな影響をもたらすわけではないからだ。つまり、学園祭なんてどーでもいいことなのである。
「今日もカレー食べるの?」
桃が言った。
「ううん。カレーはやめておくわ。たまにはオムライスもいいかなって……」
「そっか。じゃあ、桃もオムライスにするよ」
「別に私に合わせなくてもいいのに……」
私たちは学食の中に入った。まだ空席は残っていた。今日は早く来られてよかった。
オムライスを注文する私と桃。二人とも全く同じメニュー。これだとまるで仲良しみたいだ。私と彼女が仲良くなったことは確かだが、常にべったりとしているわけではない。講義は基本的にバラバラだし、帰る時間も違う。桃とはミクロ経済学の時間と昼食で顔を合わせるくらいだ。
オムライスをスプーンですくい、口に運ぶ私たち。
「おいひぃ」
頬を膨らませながら、桃が呟いた。
オムライスもなかなか美味しかった。ふわっとした卵とケチャップで味付けされたチキンライスがマッチしている。私にはこれほどふわふわの卵は作れない。自分でもこんなに美味しいオムライスがいつでも作れるといいのだが、それは難しいことだった。
「そういえば、昨日のニュースみた? 何だかこの辺で物騒な事件があったみたいだよ」
桃が話を切り出した。
「あー、放火の事件ね? その家に住んでた人、亡くなったらしいわね」
「一人暮らしだから、桃ちゃん恐いよぉ。恐くて夜も眠れないよぉ」
そう言って桃は私の方をチラッと見た。
「あ、そう。じゃあ寝なければいいんじゃないかしら」
何か意図があって私を見てくるようだが、とりあえず無視する。
「誰かと一緒だったら、ちゃんと眠れるんだけどなぁ……」
チラッ。
「そうね。最近はレンタル彼氏なんてものもあるみたいだから、その人に添い寝してもらえば?」
「男の人は抵抗あるよぉ。だから桃は女の子がいいなぁ」
「だったら、レンタル彼女にお願いすれば?」
女性となら安心だろう。はい、めでたしめでたし。この話はおしまい。
「もー! 春ちゃんの鈍感!」
桃はポカポカと私の身体を叩いてきた。
はいはい。どうせそういうことだと思ってましたよ……。
彼女は私に泊まりに来てほしいと言いたかったのだろう。さすがの私も、彼女が一人暮らしでか細い思いをしていることくらいは察しが付く。夜が不安な気持ちもわかる。だから身近な友達に泊まりに来てほしいという気持ちも理解できる。
「春ちゃん……」
「はぁ……。何?」
私は彼女がまためんどくさいことを言い出す予感がしていた。
ランチタイムは落ち着いて食事させてほしいのだが……。
桃は私の目をじっと見つめている。
そして、言った。
「桃と……寝よ?」
甘えた声ですり寄ってくる。私を誘惑している。
「まぁ、そうね。一人の夜は恐いものね」
「うんうん」
「まわりが物騒だと不安よね」
「うん!」
桃はにっこりしている。
可愛い笑顔だ。いつまでも眺めていたい。そんな愛おしい笑顔……。
「だが断る」
「ふえええ?!」
寝るわけないでしょ。馬鹿じゃないの?
こっちの身が危ない。何をされるかわからない。そんな相手の家に泊まり込めるわけがない。私はこいつの家には行かない。前にもそう誓ったのだ。
「えー、ひどいよぉ! 桃ちゃんと寝ようよぉー」
私の肩をつかんで体を揺さぶる桃。揺らすな揺らすな。酔ってしまうではないか。酔ってオムライスをリバースしたらどうしてくれるのだ。
それに、そんな大きな声で「寝よう」などと口にするな。まわりに誤解されてしまうだろう。
「寝ようよぉ! 寝てほしいよぉ!」
「ふむ。ならば私が一緒に寝てやろう!」
後ろから声がした。
振り向くと、そこには美人が立っていた。私に劣らない完璧な美人だ。
腰まで伸びたロングヘアーには艶がある。スマートで背が高い。上品な顔立ち。まさに非の打ち所がない。
まさかこのキャンパス内に、これほどの強者がいたとは……。
っていうか、この人誰?
「あ、ゆっこ!」
桃が反応した。
ゆっこ? 何そのあだ名みたいな馴れ馴れしい呼び方。もしかして知り合い?
「あぁ、桃たん……! 会いたかったよぉ、桃たん!」
そう言って謎の美人は桃を抱きしめ、頬をスリスリした。そして、どさくさに紛れて髪の毛の香りをクンカクンカしている。この言動を見た私の感想を一言で表すと「マジでキモイ」。
肝心の桃は嫌がる素振りを見せず、「くすぐったいよぉ」と言いながら笑っていた。まんざらでもない様子だった。
この二人はどういう関係なのだろう。
「どなたですか……?」
私は尋ねた。
「ああ、失礼。少々はしゃぎすぎてしまった。久々に桃たんをギュッとできる喜びのあまり、つい……。えー、私は岸和田由希子。法学部の三回生だ。桃たんとは小学校からの知り合いでね。そう、私たちはいわば姉妹みたいな関係なのだ」
なるほど。幼馴染ということか。
桃とは付き合いが長いようだ。桃にとって彼女は仲の良いお姉さんという感じなのだろう。
「ところで、君の方こそ誰なのだ? 桃たんとはどういう関係だ?」
岸和田由希子は私を睨み付けた。
なぜそんなに敵意剥き出しなのか。
「柊春華です……。桃と同じ経済学部の一回生ですけど……」
「ほう。それで?」
「え……?」
「だから、桃とはどんな関係なのだ? 君と桃はどういう繋がりがあるのかと聞いている!」
叫ぶ岸和田由希子。何もそこまで必死にならなくても……。
えっと……。私と桃の関係は……。
一応、友達ってことでいいのかな?
私が返事に迷っていると……。
「フィアンセだよ!」
と、桃が言った。
はい……?
この子、何言ってんの?
「ふぃ、ふぃあん…せ……?」
岸和田はプルプルと震え出した。
「うん! 桃と春ちゃんは、結婚を前提にお付き合いしてるの!」
ちょっと、何勝手なこと言ってるのよ。誰がいつお前と婚約したというのだ。話をややこしくするな。
「桃たんと……結婚……?」
怒りに燃える岸和田由希子。
「いや、嘘です! これはジョークですから!」
必死に弁解する私。何これ? 私が悪いの?
「桃はね、春ちゃんのお嫁さんになるんだよ!」
「うわああああああああ!」
岸和田の叫び声が学食じゅうにこだました。
まわりの視線がこちらに集まってくる。滅茶苦茶注目されてるじゃん。恥ずかしい。
「おのれ……皇春子……!」
「柊です。あと、春子じゃなくて春華です」
「いいか、覚えてくのだ柊春華! 貴様に桃たんは渡さない! 何があろうと、桃たんは私の桃たんだ! 絶対に譲らんぞ!」
「いや、別にいらないんで。どうぞ引き取ってくださいお願いします」
うん。もうアンタが引き取ってほしい。さっさと持ってってください。その方が助かるわ。
だが、冷静さを欠いた岸和田由希子の耳には届いていなかった。
「くっ! 覚えてろぉおおお! うえええええん!」
そして、最後は号泣しながら学食を去って行った。
あれは一体何だったんだの……?
「さ、オムライス食べよっ。ね、春ちゃん」
「あ、うん……」
私たちは昼食を再開することにした。
「あれ? 第一章のラストで死んじゃったはずの春華が平然と出てきてるけど、どういうこと?」 と思われたかもしれませんが、これにはちゃんとワケがあります。また後に物語中で説明します。ですから、第一章との繋がりや設定を無視しているわけではございません。ご理解の程、お願いいたします。