十九 確証
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美波は十年前の一家惨殺事件で命を落とした。その事件の犯人はまだ特定されておらず、事件は未解決のままである。
大学生活に憧れていた美波は事件によってその夢を絶たれたことが原因で、この世に未練を残しているのだった。そのため、今も成仏することができずにいる。
私は彼女の無念を晴らすため、犯人の確保を誓った。そのための手掛かりを集めることにしたのだが、美波から聞き出せた情報だけではどうにもならないことがわかった。顔も名前も国籍もわからない。性別が男であることは間違いないようだが、それでは犯人を絞り込むことはできない。
ここで私は次の手段を用いることにした。秘密兵器、「漱石」こと猫のキーホルダーである。
私の腕の中で泣いていた美波は、もうすっかり落ち着きを取り戻していた。伝えるべきことを全て話しきった彼女は気分がすっきりした様子だ。涙はすでに乾いていた。
「吾輩に頼れ」と、漱石が呼んでいる気がした。まさに今こそ彼の力を借りるときだろう。
私はキーホルダーの猫を鞄から取り外した。
「それは何ですか……?」
美波が漱石を不思議そうな目で見ている。これがただのキーホルダーではないことを、なんとなく察しているように思える。
「この子に質問すれば、色んなことを教えてくれるわ。とても優秀な私のパートナーなの。事件のことについて何かわかるかもしれないわ」
もう早速質問してみたいと思う。
率直に聞くしかない。ズバリ犯人は誰なのか。
「美波を殺した犯人の名前は?」
漱石に話しかける私。美波は奇妙なものでも見るかのような表情をしていた。いい年した人間がぬいぐるみに話しかけるのは、さぞかし不可思議な光景だろう。
すると、私のスマホに着信が入った。
質問に対する返事が来たようだ。
メールを確認する。案の定、漱石からだった。
彼によって送られてきた答えは以下の通りだ。
『大野美波を殺害した者の名は、岩上竜也 (イワガミ リュウヤ)』
あっさりと犯人の名がわかってしまった。
「岩上……竜也……」
私はその名を声に出して読んだ。
すると、美波が反応した。
「岩上君……? どうしてその人を春華さんが知っているんですか……?」
「美波こそ、岩上竜也という名前に聞き覚えがあるの?」
「その人は私のクラスメイトでした。彼とは高校一年から三年まで、ずっと同じクラスです」
美波のクラスメイト……?
ということは、美波はクラスメイトによって殺されてしまったということなの?
何ということだ。彼女はクラスメイトの恨みを買うような人間には見えない。それなのに、どうして……。
「いい? 落ち着いて聞いて、美波。実はね、この岩上という人物があなたを殺した犯人なの」
「え? どうしてそんなことがわかるんですか?」
「この子が今のメールで教えてくれたのよ。この猫は真実を語る存在なの。未来を予言することはできないけど、実際の出来事については何でも答えてくれるわ。でもまぁ、いきなりそんなことを言われても信じられないわよね」
「まさか……。デタラメですよ、きっと……」
美波は信じられない様子だった。無理もない。この猫が全て本当のことを話しているという確証は私自身も得られていない。だが、事実を言っている可能性は限りなく高い。私は漱石に対して私にまつわる色々な質問をしてみたが、どれも事実通りの内容を応えてくれたからだ。
「そうね……。じゃあ、猫に向かってあなたのことで何か質問をしてみて? この子がきっと答えてくれるわ」
「それはできません。私の声は春華さんにしか届きませんので、春華さんが私の代わりに質問の内容を言ってください」
「わかった。じゃあ、どんなことを質問する?」
美波は顎に手を当てて考えた。
「では、私しか知らないことを質問しますね。私が育てていたチューリップに付けた名前について聞いてみてください」
私は漱石に向かって、その質問を投げかけた。
直後にメールが届いた。
とても速い返信だった。即答するとは、よっぽど自身があるに違いない。
「じゃあ、答えが返ってきたから言うわね。美波が育てていたチューリップの名前は『エカチェリーナ』……かしら?」
私がそう言うと、美波は大きく目を見開いた。「あり得ない」とでも言いたげな表情だった。どうやらそれで当たりのようだ。
「その通りです……。そんな、どうして……? 誰にも教えたことなかったのに。私が一人で付けた名前なのに……」
「どう? この子のこと、信じてもらえる?」
「あともう一つだけ聞いてみてください。私が中学の修学旅行で自分用に買ったお土産は?」
めっちゃどうでもいい質問だった。しかし、これを答えてしまうのが漱石だ。
「新選組のマークが書かれた学習ノート…でいいのかしら?」
「すごい……。内緒でこっそり買ったものなのに」
なぜ内緒で買う必要があったのかはわからないが、とにかく質問の答えは正解だったようだ。
ここまでやれば、漱石の実力を信じてくれるはずだ。
「認めてくれる?」
「はい……。どうやら本物みたいですね。一体どうやってこんなすごいものを手に入れたんですか? 普通にお店で売っていたりするんですか?」
「いいえ。私もよくわからないの。人から貰ったものだから……」
「それをくれた人は、どなたですか?」
「実は全然知らない人で……。大学の講義中に筆記用具を貸してあげたら、そのお礼にこの子をくれたのよ。彼がどうしてこれを持っていたのかなんて、私が知りたいくらいだわ」
少なくとも店で一般販売されていないことは確かだろう。こんな優れものが世に出回れば、もっと社会は便利になっていたかもしれないし、逆に大きな混乱を招いていた可能性もある。
そんな恐ろしいアイテムを二つも持っていた山之内は、何者なのだろうか。どうして筆記用具のお礼くらいで、これを私に譲る気になったのだろうか。
私はここで山之内の存在が気になり始めていた。
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