十七 使命
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辺りはすっかり暗くなっていた。家に着いた頃には空は真っ暗で無数の星が光り輝いていた。秋になり、日が落ちるのもかなり早くなったものだ。
今日は美波を連れて帰ってきた。誰かを家に呼ぶのは小学校の時以来だった。本当に久しぶりである。
母親はまだ帰っていなかった。弟も放課後に部活があるので家にはいない。父親も出張で帰ってこない。
夕飯は何だろうか。私は魚料理が食べたい気分だった。鮭の塩焼きとかがいい。
「どうぞ上がって」
「お邪魔します……」
恐る恐る玄関から家の中に入る美波。それから靴を脱いだ。死んでいても靴を履いたり脱いだりすることはできるようだ。幽霊には土足も何も関係ない気がするのだが……。
私たちは二階にある私の部屋に向かった。ここなら母親が帰ってきても「独り言」を聞かれる心配はない。
「ごめん、ちょっとここで待っててくれる? 部屋の中、すぐに片付けるから……」
自室にはラノベやゲーム機が散乱している。それを見られるわけにはいかないので、見えないところに隠す。
とりあえず、散らかっているものは押し入れにシュートである。よし、これで見えなくなった。
「お、おまたせ……」
ドアを開け、美波を部屋に招き入れる。
「わぁ……。綺麗なお部屋ですねぇ」
「ありがとう。あまりたいしたものはないけど」
美波は部屋中を見回している。そんなにじっくりと自分の部屋を見られると恥ずかしいものだ。あまり女の子らしい部屋ではない気がする。特にこれといった特徴もない。テレビやパソコンの電化製品に加えて学習机や本棚、タンス。そして小さな円形のテーブルが置いてあるくらいだ。
「じゃあここに座って。座布団もなくて申し訳ないけど……。あ、そうだわ。お茶を用意しなきゃ」
「いえ、どうぞお構いなく……。それに私は死人ですから、食べ物を口にすることはできません。もし何か頂けるなら、お茶よりもお線香の方がいいですね」
「ごめんなさい。あいにく線香はないわね。悪いけど何も用意できないわ」
「気にしないでください。春華さんのお部屋に入れただけで十分嬉しいですから」
そう言って美波は笑ってみせた。それを見て私は余計に申し訳ない気分になった。普通じゃない友達には、お茶を出すという普通のおもてなしが通用しない。
線香を常備している女子大生なんて、なかなかいないだろう……。
ここで本題に入ろうと思う。私がここまで美波を連れてきた目的は一つ。事件の解決に向けて彼女から情報を引き出すことである。
「早速だけど質問させてもらうわ。まず、美波はどこで殺されてしまったの?」
「自分の家です」
「そう。では、時間はいつ頃だったのかしら?」
「夜の三時頃だったと思います。二階の自室で眠っていたら、向かい側の部屋にいる妹の悲鳴が聞こえて目が覚めました。私は何事かと思い、部屋を飛び出しました」
事件は大野家で起こった。時間帯は深夜。街中の人間が寝静まり返った時間だ。
「私がドアを開けると、両親も同じタイミングで寝室から出てきました。妹の部屋から泣き叫ぶ声がして、父が慌てて中に入っていきました。母親と私も父に続いて妹の部屋に入りました。父は部屋の明かりを点けました。するとそこには、血の付いた包丁を持った男が立っていたのです。妹は男によってすでに刺されていました。お腹から血を流し、床に仰向けで倒れていました」
いきなりショッキングな内容が飛び出した。あまり思い出したくない記憶だろう。だが、美波は話を止めずに語り続けた。
「父は男を取り押さえようとしました。しかし、男は持っていた包丁で父の首を刺しました。その瞬間、大量の血が勢いよく噴き出たのを覚えています。妹の部屋は真っ赤になりました」
「犯人の男は返り血を浴びたの?」
「はい。確かにそうだったと思います。男は黒っぽい服装で、顔には白いマスクをしていました。そのマスクが赤くなっていたのを覚えています」
犯人は血の付いたマスクをどうやって処分したのだろうか。恐らく犯行後にマスクを燃やして証拠隠滅を図ったと思われる。
「顔はよく見えなかったのね?」
「残念ながら……。ニット帽もかぶっていましたから。ですが、後ろ髪が少しだけ見えました。金髪だったと思います」
犯人は外国人だったのだろうか?
だが、髪色だけでは何も判断はできない。金髪に染めた日本人である可能性もある。
「母と私は悲鳴をあげて妹の部屋を飛び出しました。外に出て助けを求めようとしました。でも直後に母が男に捕まり、背中を刺されて倒れました。とうとう無傷なのは私だけになりました。急いで階段を駆け下りた私でしたが、途中で足を踏み外し、転がり落ちてしまったのです。そして、痛みで起き上がれなかった私のもとへ男が近づいてきました。男は私に馬乗りになりました。私はそのまま抵抗できずに刺され、意識を失ったのです」
それは壮絶な最期だった。
私は唾を飲み込んだ。
「美波……」
「は、春華さん……?」
そして思わず美波の肩を抱いた。
どうしてこんなに可愛い子が、どうしてこんなに無邪気な子が、あんな悲惨な目に遭わなくてはならなかったのだろう。本当に彼女が無念でならない。生きていれば美波にはきっと輝かしいキャンパスライフが待っていたに違いない。私と違って友達もたくさんいて、恋人もいて……。最高の思い出を作ることができたはずだ。
「私が絶対にあなたの無念を晴らすわ」
腕の中で美波は泣いていた。声を殺し、静かに涙を流している。
彼女を抱きしめた感触がはっきりと伝わってきた。彼女は今、ここにいるのだ。だが、この世は彼女のいるべき場所ではない。私が美波を送ってあげなくてはならない。
私は重大な使命を背負っていた。
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