十六 存在
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事件の犯人を見つける。それは簡単なことではない。警察が十年間見つけられなかったくらいだ。このまま未解決事件として終わりを迎えてもおかしくはない。だが、それだと美波は報われない。彼女は納得しないだろう。
彼女を成仏させるために、犯人を警察のもとへ突き出す。私はそう約束した。
私には何も策がないわけではない。私には秘密兵器があった。それを利用すれば、事件を解決できるかもしれない。
秘密兵器とはつまり、山之内という男から譲り受けた猫のキーホルダーである。私はそれに漱石と名付けた。
質問すれば漱石は真実を答えてくれる。事件について何か有力な情報を与えてくれるかもしれない。ここは一度、彼の力に期待してみるべきだろう。
「どうやって犯人を捜すつもりなんですか?」
と、美波が言う。
「それはこれから考える。今はどうか私にチャンスをほしいの。あなたにも協力してもらうわ。美波の記憶が頼りになると思うから。犯人についてわかっていることをじっくり話してくれないかしら」
被害者本人にしかわからないことを知るためには被害者に直接それを尋ねるしかない。
通常ならば死人の証言を得ることは不可能だ。しかし、今の私にはそれができる。
美波と漱石の力を借りて謎を解く。これは私にしかできないやり方だ。警察が真似できない手段で事件を解決するのだ。
「詳しい話は他の場所でしましょう。墓地で立ち話するのもアレだから……」
私はとにかくここを離れたかった。まわりは墓ばかりで薄気味悪い。
太陽が沈み、空はすっかり暗くなっていた。夕闇が迫る。
「どこへ行こうかしら。喫茶店は無理ね。まわりの人には美波のことは見えてないんでしょ? 一人で会話してる変な人だと思われるのはちょっと……」
「じゃ、じゃあ……春華さんのお家は?」
「私の家?」
そうか。そこが一番いいかもしれない。
「一度お邪魔してみたいと思っていました。ダメですか?」
「いいえ。そうしましょう」
私は美波を連れて自宅に向かうことになった。
まさかのお持ち帰りだった。初デートでいきなりお持ち帰り。私たちの関係は、今日一日で急変したといえる。美波が死人であるということを知らされたのだ。私は美波の正体を知る唯一の人間である。私たちは生と死の境界を越えた友人どうしになった。
世の中不思議なこともあるものだ。十年前に亡くなった女子高生と意思疎通をすることになるなんて。
現実離れした状況に置かれている気がした。しかし、これは現実なのだ。
私たちはT駅に向かって歩き始めた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
T駅に着いた。
私たちは切符売り場の前まで来た。
「電車代は払わなくていいの?」
美波に問いかける。
「はい。もう私、死んでますから。電車は生きた人間を運ぶものです。それに、死んだ人間からお金を取ることなんてできませんよ?」
正論だった。
「そ、それはそうよね……」
タダで交通機関を利用できる。それはまさに死人の特権だといえる。無賃乗車をしても、法的に罰せられることはない。電車オタクの幽霊が存在するとすれば、電車にたくさん乗っているのではないだろうか。私は幽霊を信じてはいなかったが、美波の出現によってその考えが揺らぎつつあった。
私の後をついてくる美波は切符を通さずに改札をスルリと通り抜けるのだった。駅員がそれに気づいた様子はない。利用客もノーリアクションだった。誰も美波を制止することはなかった。
「本当に誰も美波に気づいていないのね……」
「ええ。私が見えているのは春華さんだけですから」
「今でも信じられないわ。だって私、今あなたに触れているのよ?」
手で触れられるからといって、それが一つの物質としてこの世界に存在しているとは限らないのだった。触れた感触はただの幻覚かもしれない。脳の錯覚であるかもしれないのだ。
だが、美波の存在は夢でも幻覚でもないと信じたかった。彼女はここに存在しているのだと思いたい。そうでなければ、あまりにも虚しすぎるからだ。
彼女の存在が幻想だとすれば、私は妄想の世界でお友達ごっこをしていることになる。
……そんなはずはない。私はそこまで末期じゃない。
私たちの友情は実在する。誰にもそれは否定できない。誰にも否定させない。
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