二 呪詛
感想をお待ちしております。
もう少女に用はない。
この後のことは山之内たちに任せることにしよう。
彼女を煮るなり焼くなり、好きにすればいいと思う。私は彼らが何をしようとも、それを止めるつもりはない。
とうとう神が裁きを受ける時が来た。多くの人々を犠牲にした彼女は決して許されない。せいぜい地獄で悔い改めることだ。
「邪魔して悪かったわね。彼女に聞きたかったことは全部聞けたわ。後は好きにして」
「よろしいのですか? では、ここからは僕たちのターンということで……」
怯える少女を見つめて、山之内はニコリと笑った。
彼の柔らかな笑顔には不気味な影が潜んでいた。
「いや……。やめて……」
命乞いをする少女。
他人の命を奪ってきた彼女だが、自分が同じ目に遭うのは嫌だという。どこまでも自分勝手な人だ。
「僕の愛する人を殺めたあなたを許すつもりはありませんよ……」
山之内の愛する人?
どうやら、彼もまた神によって大切なものを奪われた一人であるらしい。
「時が来れば、あの女を生き返らせてあげるって言ったじゃない。だから、もう少しだけ待ちなさいよ」
「もう待つ必要はありません。あなたを殺してしまえば、すべてが解決するのです」
「嫌よ! お願いだから許して! 今すぐアイツを生き返らせてあげるから……!」
少女が懇願する。だが、山之内の気がそう簡単に変わることはなかった。
「何か勘違いをされているようですね。彼女はもうとっくに生き返っているのですよ。人格は変わってしまいましたが、見た目はそのままの姿をしています」
「外見が自分の好みなら、中身が別人でもいいってわけ?」
「構いません。いえ、むしろ今の彼女がいいのです。性格は違っていても、彼女は昔と変わらず、とても魅力的な方だということに気づいたのです」
山之内が想いを寄せていた女性は神に殺された。その後、彼女は肉体だけが復活し、性格は別ものになってしまったのだという。
だが、山之内は「今の彼女」を愛しているようだ。見た目がそっくりな別人ではあるけれど、彼はそんな彼女を好きになっていた。
「それなら、さっさとソイツを口説けばいいだけの話でしょ? 私を殺す必要なんてないじゃない!」
反論する少女。
「おや、お忘れですか? あなたは彼女に呪いをかけたではありませんか。男性と恋愛をすることができなくなる呪いを……」
「あっ……」
少女は何かを思い出した様子である。
山之内の言う「呪い」に心当たりがあるのだろう。
「あなたは岩上竜也さんのハートを盗んだ彼女に嫉妬していました。だからそのような呪いをかけた。そうですよね?」
「……ええ。岩上くんを自分のものにできなかった私は、その仕返しとして、二度と男に好かれない人生をソイツに送らせてやろうと思ったの。すると、呪いは大成功。誰からも見向きされない惨めな女が完成したわ」
嫉妬とは見苦しいものだ。この女は他人の足を引っ張ることで一矢報いた気分になっているのだろう。
「あなたが生きている限り、その呪いが解けることはないでしょう。もしかすると、あなたが死んだ後も残り続けるかもしれません」
「そうね。死んでも呪い続けるつもりだから、私を殺したところで意味はないわ」
少女はククク……と白い歯を剥き出して狂った笑みを浮かべた。
「でもおかしいわね……。呪いは確かに効いているはずなのに、どうしてコイツはアンタに愛されているの?」
少女は私を見ながら言った。
皆とっくに気づいていることだろう。そう、少女が呪いをかけた相手は私なのである。
そして、どういうわけか山之内は私のことを好いているのだった。
「柊春華さんに対する僕の愛が、呪いの力を上回っているからでしょうね。あなたの呪いは僕には通用しなかったのです」
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ。何が愛よ。こんなクソ女のどこがいいっていうのよ?」
クソ女呼ばわりされた。私はすごく腹が立った。
いくら何でもコイツよりはマシだと思う。見た目も性格も私の方がいい。圧倒的に。
「彼女は強い意志を持っています。どんなことがあっても運命に抗い続けました。夢のため、大切な人たちのため、その命を燃やしたのです。僕はそこに惹かれました」
そう言って、山之内が私に近づいてきた。
彼は私の正面に立ち、両手を握る。
「え……? 何?」
「柊春華さん。僕はあなたを愛しています」
生まれて初めてだった。男性に告白されるのは。
けど、その相手が山之内だなんて……。
「ごめんなさい」
まだ「付き合ってくれ」とも「結婚しましょう」とも言われていないのに、私は反射的に彼を拒んでしまうのだった。
さすがにこれは酷過ぎると思う。私もそんなことをするつもりはなかった。もう少し彼の言葉の続きを聞いてあげてもよかったのではないか。「ノー」と即答する必要なんてなかっただろう。
「参りましたね……。これが現実というものです。僕は彼女に振り向いてもらえない。呪いの力が影響しているのでしょう。おかげで今の彼女は男性からの求愛を拒絶することしかできません」
ん? この人、自分がフラれた理由を呪いのせいにしてない?
だが、私自身も呪いの可能性を否定することができなかった。
確かに山之内を恋愛対象として見たことは一度もない。どのみち彼がフラれることは確定していた。
とはいえ、さっきの「ごめんさない」は私が自分の意志で発した言葉だとは思えないのである。まるで誰かに言わされたセリフのように感じた。
不可解な点は他にもある。私は山之内を恋愛対象として見ることができないだけでなく、今まで一度も男性を好きになったことがないのだ。
イケメンの彼氏がほしい。金持ちの男性と結婚したい。このようなザックリとした願望はあるものの、特定の男性を愛したことは一切なかった。これはどう考えてもおかしいではないか。
意図的にやっていたわけではないが、私はずっと男性から距離を取り続けてきた。ナンパされたいと言いつつも、男性が集まる場所には寄り付かないようにしていた。そのおかげで男性との絡みが極端に少なかったのである。
……ひょっとして、私は呪いによって自らの行動と運命を支配されているのではないか。
「そんなの嫌だわ。男の人と恋愛できないなんて!」
私は思わず本音を叫んだ。
「殿方と恋愛ができないなら、わたくしと恋愛すればいいじゃなぁい?」
アンネリーゼが言う。
彼女はむしろ呪いを歓迎しているようだった。
「あなたたち、やっぱりそういう関係だったんですね……」
レイアさんが私を見て後退りする。
また変な勘違いされてしまった。
「このままでは、僕は永遠に彼女を手に入れることができません。たとえ神を殺しても、呪いは解けないでしょう」
山之内は俯き、肩を落とす。
……が、すぐに顔を上げて、静かに笑った。
「ですので、僕は神になろうと思います」
彼の狙いは神の座だったのである。
「アンタが……神ですって?」
少女が笑う。
「あれから十年が経ちました。あなたを失い、深い悲しみを感じていました。ですが、僕は希望を捨てなかった。この時をずっと待っていた……」
山之内の瞳が再び私を捕える。
彼は私をじっと見つめた。
「これは十年越しの恋なのです」
お読みいただきありがとうございます。
感想をお待ちしております。