二十 決着
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「愚かな者ども。まとめて地獄へ送ってあげるわ」
神は手のひらを私たちに向けた。
光の球が形成され、ジリジリと音を立てながら大きくなっていく。
「皆さん、来ますよ!」
山之内が叫ぶ。
神の重臣たちはシールドを張り、防御の体勢を取った。
しかし、そのような能力を持たない他の者たちはどうすることもできなかった。
神の攻撃は圧倒的な破壊力だった。
彼女が放った雷撃により、反乱軍は一瞬で壊滅してしまったのである。
天使たちは跡形もなく消し飛んだ。私はアンネリーゼが咄嗟に発動させた防御魔法に守られ無事だったが、鼓膜を突き破るような凄まじい衝撃音が鳴り響き、生きた心地がしなかった。
辺り一面は焼け野原となった。さっきまで隣にいたミラさんの姿が見えない。どうやら彼女も他の天使たちと一緒に散ってしまったようだ。
残ったのは私とアンネリーゼ、山之内ら神の重臣のみ。
これが神の力なのか。想像していたよりも強大だった。あれほどたくさんいた天使を一撃で全滅させてしまったのである。
「さすが神様だな。とんでもねぇ威力だぜ」
カルロスさんが苦笑いしながら言った。
「神様! チコを殺したというのは本当なのですか? どうしてそのようなことを……」
レイアさんが問う。
「私に逆らったからよ。柊春華を滅ぼすために協力しろと言ったのに、それを拒否したの。それに私は前からアイツが嫌いだった。目障りだし、言うこと聞かないし、面倒だから殺すことにしたわ」
神はそう吐き捨て、鼻で笑った。
「よくもチコを……!」
怒りに震えるレイアさん。
「私が憎い? だったら、今ここで復讐すれば?」
「言われなくとも、そうするつもりです!」
目にも止まらぬ速さでレイアさんは神に飛び掛かった。
彼女の拳が神の顔面を捕える。
ガツン、と大きな音が聞こえた。
強烈なパンチを真正面から食らったのだから、タダでは済まないはずだ。
しかし、神はまさかの無傷だった。鼻血すら出ていない。
直立不動のままニヤリと笑っている。
拳は顔に届いていなかった。見えない壁のようなものが盾となり、レイアさんの攻撃を防いだのだ。
「馬鹿ね。下僕のアンタが私に触れられるわけないでしょ」
「くっ……!」
ダメージを与えることは不可能だと判断したレイアさんは、神の反撃を警戒してすぐさま後退した。
「アンタたちもわかってるでしょ? 私を攻撃しても意味ないってことくらい。アンタたちの能力は神には一切効かないの。それなのに、どうやって勝つつもり?」
神は余裕の態度で重臣たちに語りかける。
彼らに勝機などない。神はそう断言している。
「そうですね。あなたを殴ることもできない以上、暴力では何も解決できないでしょう。ですが、我々には魔女という心強い味方がいます」
「うふふ……。ようやく、わたくしの出番ということですわね」
アンネリーゼが前に出る。
「魔女……。アンタもまんまと柊春華に乗せられたみたいね」
アンネは元々、神の協力者だった。彼女は私と美波を魔界へ連れ去り、私に美波を殺させようとしたのだ。
しかし、私は魔女と契約を結び、愛人関係になることを引き換えに神から離反させた。
「わたくしは春華を手に入れることさえできれば、それでよかったのですわ。春華がわたくしのものになった瞬間、あなたの命令に従う理由は消滅しましたの。わたくしだけでなく、他の方にも協力を要請されていたようですけれど、皆さんに裏切られてしまうなんて、とても哀れですわね」
蔑んだ目で神を見るアンネ。
彼女のお粗末な計画を笑っている。
「どいつもこいつもまるで役に立たなかったわ。私はあの手この手で、この女を滅ぼそうとしたけど、全部上手くいかなかった。でも、今こうして柊春華が自ら目の前に現れてくれたおかげで、作戦を考える手間が省けたわ。私が直々にコイツを始末すればいいんだもの」
神の鋭い目が私を捕える。
「どうしてあなたは誰かの手を借りていましたの? ご自分で何とかすればよかったのではなくて?」
「それができれば苦労しないっての。神が能力を使えるのは天界にいる時だけなのよ。だから私は人間界に降り立てば、ただの人間に戻ってしまうわけ」
それは初耳だった。なぜ神が一向に姿を見せないのか不思議に思っていたのだが、そのような制約があったとは。
「そうでしたのね。それはよいことを聞きましたわ。あなたは想像以上のお馬鹿さんだったようですわね」
「……何が言いたいわけ?」
「今からあなたを人間界へお連れいたしますの」
「ふん。やれるものならやってみなさい」
「わかりましたわ。それでは行ってらっしゃいませ」
神の足元に魔法陣が浮かび上がる。
すると、魔法陣はいきなり巨大な黒い穴に変化し、神は真下へ落ちていった。
「え? どこ行ったの?」
「元いた世界に帰ったのですわ。わたくしたちも帰りますわよ」
魔女はニッコリと笑いながら答えた。
「帰ってどうするの? 神は倒さないの?」
「神を倒す必要ことは不可能ですわ。だって、もう彼女は神ではありませんもの」
「……はぁ?」
私にはアンネの言っていることがイマイチわからなかった。
しかし、山之内はあることに気づいたようだ。
「なるほど。そういうことですか」
「どういうことよ?」
「人間界に落ちた神は能力を使うことができなくなりました。無力化した彼女は、もう天界へ戻るためにゲートを開くこともできません」
「じゃあ……」
「普通の女の子として、余生を過ごすことになるでしょう」
神は神ではなくなった。
力を失い、天界へ戻ることができない以上、人間として生きるしかないのだ。
けれど、それで終わりでいいのだろうか。
「このまま彼女を見逃すつもりなの?」
「見逃す? いやぁ、まさか。彼女は数え切れないほどの罪を犯したのですから、何のお咎めも無しに終わらせるはずがないでしょう。当然、相応の罰を受けていただきますよ」
山之内は言った。
そうよね。そうでなくちゃいけないわよね。
「どんな罰を受けさせましょうかね」
仲間に問いかける山之内。
「拷問なら俺に任せろ」
カルロスさんが言う。
「私の猛毒で地獄を見ていただくのはどうかのう?」
ファルコさんがニヤリと笑った。
「ありとあらゆる苦痛を与えるべきです」
レイアさんは強い口調で訴えた。
「最後は地獄の業火で魂を焼き尽くす……」
アベルさんが落ち着いた声で言う。
皆、思い思いに恨みをぶつける気のようだ。
「面白そうですわね。わたくしも混ぜていただきたいですわ」
アンネリーゼはすでに張り切り始めていた。
「あなたはどうしたいですか?」
山之内が私に尋ねる。
「私は……」
私はどうしたいのだろう?
神は多くの人を巻き込んで、私や美波に酷いことをした。
彼女への恨みがないというわけではない。滅茶苦茶ムカついているし、ぶん殴ってやりたい気分でもある。しかし、暴力で報復することが正解だとは思わない。
「私は彼女と話がしたい」
まだ彼女の口からは何も聞かされていないのだ。謝罪の言葉も、彼女の真意も。
じっくりと腹を割って話し合う。
裁きを受けさせるのは、それが終わってからでいいだろう。
私たちは再びゲートをくぐり、人間界へ戻ることになった。
ただの人間になってしまった神と会うために。
ともかく、これで戦いは終わった。もう私や美波が襲われる心配はない。
私は守り切った。自身の安寧と友人たちの日常を。
第八章、完