十八 団結
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無防備な姿の私たちを舐めまわすように見つめるアンネリーゼ。
ニヤニヤと笑う彼女はとても不気味だった。
まさに彼女にとっては絶好のチャンスだ。今なら好き放題できる。
ああ、きっと滅茶苦茶にされてしまうんだ……。
私は今日ここで大切な何かを失うのだろう。
もうお嫁に行けないかもしれない。
「や、やめて……」
「ふふふ。恐がらなくていいですわ。悪いようにはしませんの」
アンネリーゼは私たちに向かって手を伸ばした。
しかし、その指先が私の頬に触れかけた時、彼女はピタリと動きを止めるのだった。
「やれやれですわ。いいところでしたのに……」
彼女は険しい表情をしながら、いつもより低い声で呟いた。
何かを察知したらしい。
「どうしたの?」
「侵入者ですわ。何者かがわたくしの領域内に入り込んだみたいですの。しかも複数人いますわ。あの結界を潜り抜けてくるとは驚きですわね」
嘘でしょ? そんなことがあり得るの?
アンネが生み出した空間は誰も出入りできないほどの鉄壁であるはずだ。
それを打ち破って入ってくるなんて、きっとその人たちはただ者ではないだろう。
「仲間が到着したのかもしれません」
レイアさんが言う。
「なかなかの実力者が揃っているみたいですわね……。少しは楽しめそうですわ」
「そうじゃないでしょ。戦うのはナシよ。敵対する必要なんてないの。事情を話せば相手もわかってくれるはずだから」
好戦的な姿勢を見せるアンネに忠告する私。今は争いを回避することが大事なのだ。向こうに手出しをしてはならない。
「もし話が通じなかったら、いかがいたしますの?」
「それはその時に考えればいいの」
「彼らはわたくしのお楽しみを邪魔したのですわ。相応の報いを受けていただきますわよ」
アンネは笑っているが、少しイライラしているようだった。
一方、私は侵入者たちに感謝していた。おかげで魔女に襲われずに済んだからである。
「それより服を着ましょう。裸のまま相手と対面するつもり?」
「羞恥プレイも悪くありませんわね」
「いいわけないでしょ」
恥ずかしい思いをするのはもう嫌だ。見ず知らずの人たちに自分の裸体を見られたくないので、とにかく服を着させてほしい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
着替えが済むと、私たちはアンネにシャワールームから連れ出され、さっきまでいた拷問部屋へ戻ってきた。
しかし、ここには誰もいなかった。ならば侵入者たちは今、どこにいるのだろう。
「本当に誰かが入ってきたの? もしかして、気のせいじゃない?」
「彼らはこの壁の向こう側にいますわ。どうやら、そこから奥へ進むことはできないようですわね。ここだけ特別に強い結界を張っておいて正解でしたの」
さすがの彼らも拷問部屋の壁を越えることは難しいようだ。
「これからどうするのですか?」
「決まってますわ。わたくしたちの方から彼らを迎えに行きますのよ」
アンネが呪文を唱える。
すると、部屋の壁はみるみるうちに砂のような細かい粒となって崩壊を始めるのだった。
だんだん視界が開けていく。重苦しい空気が漂っていた拷問部屋に光が差し込み、外から風が吹き込んできた。
壁の向こうには人影があった。
数は五人。
そのうち二人は私が知っている人物だった。
「やぁ、どうも」
私の姿を見るなり、手を挙げて挨拶をしてきたのは山之内翔平であった。
そして、彼の隣には秋乃……ユーリアが立っていた。
「どうして、あなたたちが……」
「神の命令ですよ。とうとう僕たちが直接、あなたの相手をすることになりました」
山之内は苦笑する。
「大丈夫か? レイア。こいつらに乱暴されてねぇか?」
筋肉質で厳つい感じの男性がレイアさんを気遣う。
「え、ええ……。見ての通り私は無事です。何もなかったですよ」
引きつった笑顔で答えるレイアさん。
ここで恥辱を受けていたなどとは言えるはずもなかった。
「一人で先に向かったと聞いたので心配しておったが、杞憂でしたわい」
丸眼鏡をかけた白髪のおじいさんが言った。
「どうにか間に合ったようだな……」
鋭い目つきをした中年の男性は胸をなでおろした。
この人たちがレイアさんの言っていた仲間であるらしい。
全員、見た目は外国人っぽいのだが、日本語を話しているので不思議だ。
「また会いましたね、柊春華さん。まだ死んでいないようで安心しました」
死神のユーリアが無表情のまま言った。
「あなたも神の手下だったの?」
「私はチコ様の後継者として神から直々に天界の支配者に任命されたのです」
「後継者? じゃあ、チコちゃんはどこへ行っちゃったのよ?」
「あの方はもういません。神によって殺されました」
「えっ……?」
最悪の真実が告げられた。
私は頭の中が真っ白になってしまった。
チコちゃんが殺された?
そんな、どうして?
「神がチコを? 本気で言っているのですか?」
焦りを見せるレイアさん。彼女もまだチコちゃんの死を信じることができないようだ。
「残念ですが、これは本当の話なのですよ。ユーリアさんは目の前で見ているのです。チコさんが神の弾丸で胸を貫かれる瞬間を」
山之内が淡々と話す。
「どうしてそれを先に言わなかったのですか? 私は神の言葉を鵜呑みにして、柊春華がチコを殺した犯人だと信じていました。ですが、あの時の会議で神が嘘を言っているとあなたたちはわかっていたのでしょう?」
レイアさんが強い口調で山之内とユーリアを問い詰める。
「仕方がなかったのです。神の前では僕たちは無力です。神に逆らえばどうなるかわかりません。だから、真実を知っていても黙っているしかなかったのですよ」
弁明する山之内。本当のことを言えない事情が彼らにはあった。
「だからといって、嘘を聞き流すのは理解できません」
「僕たちは会議の後、神のいないところでこの話をするつもりだったのです。そもそも会議では一斉攻撃を行う作戦を立てたはずなのに、あなたはそれを無視して真っ先に柊さんを襲いました。チコさんの無念を晴らしたいというお気持ちはわかりますが、感情に流されるなんてあなたらしくありませんよ、レイアさん」
レイアさんは黙り込んだ。自分が冷静さを欠いていたことを認めたため、山之内に反論することはできないようだ。
「とにかく、こうして今は皆が真実を知ったわけです。なので、ようやく本題に移ることができます」
山之内たちは何かを伝えるためにここへ来たのだった。
「本題?」
私は問う。
「はい。チコさんを殺したのは神です。よって、我々が戦うべき相手は柊さんではなかったという話です」
「それって……」
「そうです。我々の敵は神なのです」
今まで自身の立ち位置をはっきりさせてこなかった山之内だが、ここで初めて神に対する反逆の意志を示すのだった。
「どうです? 皆さん。僕たち全員で力を合わせて、チコさんの仇を討とうではありませんか」
山之内は神を打倒するため、団結を呼びかけた。
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