十六 説得
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「あなたを解放するわ。その代わり、もう二度と私の友達に手を出さないで」
私はレイアさんに対して、強い口調で言った。
「あなたの命令にこの私が従うとでも? 今ここで私を殺しておいた方が身のためかもしれませんよ。見逃すのはあなたの自由ですが、きっと後悔することになるでしょう」
「それはどうかしらね。むしろ困るのはあなたの方かもしれないわ。今度は私も黙っちゃいないから」
ここで私はスマホで撮影した動画を再生し、レイアさんに見せつける。
『あっ……ああ……』
――じょわあああ……。
画面に映し出されているのは、レイアさんのとても恥ずかしいシーンだった。
「私に逆らえば、この映像を全世界にバラまくわ」
「……」
これが彼女を黙らせる最強の手段である。
誰にも見られたくない姿がハッキリと記録されている。こんなものが世の中に出回れば、私だったら恥ずかし過ぎて死ねる。冗談抜きで人生が終わってしまう。
「綺麗に撮れていますわねぇ。この表情、最高にたまりませんわ!」
アンネが煽る。最近のスマホはカメラの性能が高いので、鮮明な映像を残すことが可能だ。
涙目になりながら、恥ずかしい液体を垂れ流すレイアさんの様子は、もはや神々しさを感じさせるほどだった。
「やめてください……。それだけは……」
顔を真っ赤にしながら懇願するレイアさん。
効果は抜群のようだ。
「これをツイッターにアップしたら、再生数が凄いことになりそうね。私、一度バズってみたいと思ってたのよ」
「お願いします。動画を消してください。何でもしますから……!」
「何でも?」
「はい。何でもします」
「ふぅーん。じゃあ……」
私は意地悪に笑ってみせた。
それを見たレイアさんはビクッと肩を震わせる。
どんな恐ろしい命令をされるのか。彼女は身構えている。
だが、私が下す命令はごく簡単なものだった。
「あなたの正体を教えてくれる?」
レイアさんが何者なのか。何のために私たちの前に現れたのか。
それが私の最も知りたかったことである。
「言えません……」
「そう。じゃあ、拡散するわね」
「あああ! 待って!」
泣きそうな顔でレイアさんは言った。
自白するか恥ずかしい動画を晒されるか。どちらを選んでも彼女にとっては地獄なのだった。
「もういいわ。私が当ててあげる。あなたは神の手先。そうでしょ?」
「……」
否定はしない。沈黙を貫くのみ。
これはもはや、イエスと答えているようなものだ。
「やっぱりそうなのね。あなたは神の命令で動いていただけ。だから、私に個人的な恨みがあるわけじゃない。……という感じかしら?」
能力者であるという時点で、レイアさんが神からの刺客であることは想像がついていた。彼女もまた、神に翻弄されし存在なのだった。
「そうです。私は神に命じられて、あなたの元にやって参りました。ですが、これは私自身のためでもあります。仲間を……チコを殺した相手に復讐することが一番の目的でした」
「チコちゃんは私の友達だって言ってるでしょ? 殺すわけないじゃない」
「神がそうおっしゃっていたのです。あなたがチコを拷問し、虐殺した……と」
レイアさんは私を憎むべき敵だと考えているようだ。
「それはデマよ。事実無根だから」
「では、チコはどこへ行ってしまったのですか?」
「私にもわからない。でも、チコちゃんはきっとどこかで生きているわ」
チコちゃんは無事だと思いたい。また彼女に会いたい。どうか生きていてほしい。
この前のアレが最後の別れだなんて嫌だ。
「本当にあなたは何もしていないのですか……?」
「していないわ」
レイアさんの目を見ながら私は言った。
これが嘘を吐く人間の顔だと思う?
「……いいでしょう。まだ納得したわけではありませんが、今はひとまずあなたの言葉を信じます」
ようやく彼女は理解を示してくれた。
「ありがとう」
私は礼を言った。
「あなたは動画で私を脅迫するなど、なかなかの鬼畜ではありますが、虐殺を行うほどの残忍さを持ち合わせているようには思えません。あなたから放たれるオーラは、真の悪人が放つものとは違っていますから」
私にはオーラが見えないので、彼女の言っていることが今一つ理解できないが、私が悪い人間ではないということはわかってくれたらしい。
「これから一緒にチコちゃんを探しましょう」
と、私は提案する。
彼女は大切な友人だ。必ず見つけ出し、また会話を交わしたい。今度はゆっくりとお茶でも飲みながら……。
「心当たりはあるのですか?」
「いいえ。まったくないわ。でも、きっと会える」
「そう……ですね。あの子は今もどこかで……」
チコちゃんとの再会に希望を見出すレイアさん。
彼女はチコちゃんのことを大切に想っている。二人の間には私の知らない友情が存在しているようだ。
「あなたはチコちゃんとどういう関係なの?」
「同僚みたいなものです。あの子も私と同じく、神の手先ですから」
チコちゃんが……神の手先?
あの無邪気で可愛い子が私と敵対する勢力の一味だったなんて、にわかに信じられない。
しかし、チコちゃんの過去の発言とレイアさんの証言は辻褄が合う。
彼女は以前、別れ際にこう言い残していたのだ。
――あなたは悪い人ではないのです。きっと私たちは仲良くなれるはずです。
私は始めからチコちゃんと仲良くしたいと思っていた。一方、チコちゃんは私を警戒している感じだった。初めて会った時、彼女は怯えていたのだ。
チコちゃんもレイアさんも私を「極悪非道の女王」と称した。
それは私が凶悪な存在であると神に吹聴されていたからではないか。
――私たちは最初から争う必要なんてなかったのです。
あの言葉は私と神の勢力による対決を意味していたのではないか。
――もう終わりにしましょう。無意味な戦いに終止符を打つべきなのです。
チコちゃんは神と私が和解することを望んでいたのだ。
そのために彼女は行動を起こした……。しかし、成果は得られなかった。
「神はチコちゃんが殺されたって言ってるのよね? それってどう考えても不自然じゃない?」
「なぜそう思うのですか?」
「神の力を使えばチコちゃんを生き返らせることもできるはずでしょ? なのに、どうしてそれをしないのかしら」
「確かに、そうですね……」
私の指摘に納得し始めるレイアさん。
「きっと、まだチコちゃんが生きているからなのよ。神は何らかの事情があって、チコちゃんが死んだことにしておきたいと考えているのかもしれないわ」
「もしそうだとしたら、チコは……」
「どこかで幽閉されている可能性があるわね」
チコちゃんは争いの終結を望んでいる。しかし、神はそれを望まない。
私を滅ぼすこと。それが神の野望である。邪魔な存在を排除するのは当然のことだ。
「言われてみれば、腑に落ちない点が多いですね。以前から神はチコのことをあまりよく思っていない様子でしたが、この前、神は急にチコの仇討ちを私たちに求めてきたのです。チコが殺されたというのは、私たちを戦いへ煽動させるために神がでっち上げた話だったのかもしれません」
レイアさんは独自の見解を述べた。
「そんなことがあったのね……」
「もうすぐ私の仲間があなたを襲撃するはずです。私たちは当初、全員で一斉攻撃を仕掛ける予定でしたが、私はチコを殺された恨みを抑えきれず、一人抜け駆けしてしまったのです」
敵は彼女だけではなかった。まだ他にも残っている。
彼らを説得し、衝突を未然に防がなくてはならない。
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