九 捕獲
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アンネリーゼの目は敵の姿を捉えている。魔眼を持つ彼女は私たち人間には見えないものを見ることができるのだった。
「こんな杜撰な手口でわたくしを騙せると思いまして? 浅はかですわね」
見えない敵に呼び掛ける魔女。
彼女の言葉が敵の耳に届いているのか、私にはわからない。もし聞こえているのだとしたら、敵は今頃どんな表情をしているのだろうか。
焦りを見せているのか、それとも平然としているのか。それはアンネにしかわからない。
「もう逃げ場はありませんわ。この空間はすでにわたくしが支配しましたの。どんな手を使っても抜け出すことは不可能ですわ」
相手を閉じ込めるのは魔女が得意とする戦法だ。かつて私もアンネやメアリーに同じことをされ、ピンチに追い込まれた。
「アンネさん、誰と喋ってるんですかねぇ?」
城田さんが私に問う。
「気にしなくていいわ。少しの間、彼女のお芝居に付き合ってあげて」
これはただのお遊びだと説明する私。中二病を患ったアンネの痛々しい演技を温かく見守るように言い聞かせた。
桃と美波をブラックホールに変えてしまった存在が、今ここにいるなどとは誰も思いはしないだろう。
しかし、ここで魔女が本当に魔法攻撃を発動してしまったら、さすがに誤魔化すことはできない。「今のは手品だ」と言って信じてもらえるだろうか。
「呼びかけに応じる気はないようですわね。ではこのまま、あなたを消し炭に変えて差し上げますわ」
ポキポキと指を鳴らすアンネ。
すでに殺す気満々である。
「待って、アンネ。こんなところで魔法なんか使っちゃダメよ。お店ごと吹っ飛んじゃうわ」
私は魔女に耳打ちした。
彼女が本気を出せば敵を倒すことも容易なのだろう。だが、他の人たちを戦闘に巻き込むわけにはいかない。
「それはいけませんわ。場所を移しますの。誰にも邪魔されない秘密の部屋で彼女と一戦交えてきますわ」
「だったら私も行く」
彼女が別のところへ行くというのなら、私も一緒でなければならない。
決着がつく前にやっておくべきことがあるからだ。
「春華はここで待っていればよいのですわ。すぐ終わらせて戻ってきますの」
「敵に聞きたいことがあるのよ。その前に倒されちゃうと困るわ」
桃と美波を不可視にしてしまった理由を尋ねたい。また、二人を元に戻してもらわないといけない。アンネリーゼによって始末されてからでは遅いのだ。
「危険なことはしないと約束していただけますこと? もちろん春華に手出しさせるつもりはありませんが、もしものことがあれば大変ですわ」
「大丈夫。無理はしないから」
「仕方ないですわね……」
あまり出過ぎた真似はしないという条件付きで、私もアンネと共に異空間へ移動することになった。
「とにかく相手と会話がしたいの。お願い」
「わかりましたわ。じっくりとお話ができるよう、特別なお部屋にご招待しますの」
魔女は私の意思を汲み取ってくれるようだ。
「行きますわよ」
アンネがそう言うと、いきなり巨大な魔法陣が店の床一面に大きく浮かび上がった。
私たちは魔法陣が放つ赤紫色の光に包まれる。
眩しくて目を閉じる。
次に目を開くと、私は薄暗い空間に立っていた。
ここは石造りの寂れた部屋であった。
目の前には両手と両足を鎖で繋がれ、身動きが取れなくなっている美女の姿があった。
長くて青い髪をしたスレンダーな体型の女性。
セクシーという言葉が似合う大人の女だ。
「くっ! いつの間に……! どうなっているのですか、これは」
拘束された美女は不快感を露わにした。
なぜ自分がこのような目に遭っているのか理解できていない様子だ。
もしかして、この人が桃や美波に魔法をかけた人物なの?
「お気に召されまして? この鎖はわたくしがご用意した『パーティーグッズ』の一部ですの。ふふふ、楽しいおもちゃは他にもたくさんありますわよ」
部屋のあちこちには拷問器具がいくつも散らかっていた。
鞭やペンチ、ノコギリ、金槌……。
この他にも爪を剥ぐための装置や棘がたくさん生えたイス、女性の形をした棺桶のような鉄の箱、背中の部分が三角形になっている木馬など、どこかで見たことがあるようなものが設置されている。
私は村松教授に拷問された時のことを思い出し、ブルッと身震いした。
ペンチで指の爪を一枚ずつ剝がされ、耐え難い痛みに襲われたものだ。
「さぁ、春華。この方に聞きたいことがあるのでしょう? この状態なら、逃げも隠れもできませんわ」
「あ、うん。そうだったわね……」
部屋の異様な空気に圧倒されて言葉を失っていた私だったが、当初の目的を思い出した。
「えっと、すみません。まずはお名前を教えてくれませんか?」
「黙秘します」
あっさり拒否されてしまった。そう簡単には口を割ってくれそうにない。
「あらあら。あなたは自分が置かれている状況を理解していないようですわね」
すると、アンネリーゼは鞭を手に取り、女性をベシベシと打ち始めた。
普段、アンネは私との「儀式」で女王様プレイを楽しんでいるが、彼女は鞭を打たれる側の立場だ。しかし、今は相手を痛めつける役に回っている。
楽しそうに笑いながら美女を虐めるアンネ。
この魔女はそっちの性質も持ち合わせていたのか……。
「ふふふ! 何とか言ってみてはどうですの?」
「うっ! くうっ……!」
バチン! バチン! と乾いた音が鳴り響く。
美女は痛みに顔を歪ませながら、ひたすら耐えている。
この程度のお仕置きではまだ足りない。彼女は黙秘を続けるだろう。
「いかがです? わたくしはとても……とても愉快ですわぁ!」
興奮する魔女。鞭を打つ激しさがエスカレートしていく。
だが、美女の態度は変わらないままだ。かなり強い意志を持っているらしい。
しばらくすると、アンネは鞭打ちに飽きたのか、今度は木馬を持ってきた。
これはきっと、鋭くとがっている背中の部分に人を座らせるタイプの拷問器具なのだろう。
「お次はこちらですの。座り心地について是非感想を聞かせてほしいですわ」
恐ろしい笑みを美女に向けるアンネ。
お楽しみはここからが本番だ――。
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