八 耐性
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「ねぇ、私はいつの間に魔力耐性を会得したの?」
特別なことは何もしていないはずだ。それなのに、なぜ?
自分には隠された特殊能力でもあったのだろうか。
澄まし顔をしたままのアンネリーゼは紅茶をもう一口飲み、それからこう答えた。
「愛人契約を結んだ時から、春華とわたくしは繋がっていますのよ。魔女であるわたくしの身体からは絶えず魔力が流れ出ているので、春華にも少なからず影響を与えていますの。そのおかげで、春華は徐々に魔力に慣れていったのですわ」
「ちょっとずつなら人間が魔力を受けても平気なのね?」
「ええ。毎日微量の魔力を受容し続けることで耐性が出来上がるのですわ。魔法の初心者を魔女に育てる時もこれと同じ方法で訓練を積ませておりますの」
「へぇ、そうなのね……」
お酒を一気飲みするのは危険だけど、ゆっくり飲めば急に酔いが回らずに済むのと同じ理屈なのかしら。そう考えるとちょっと納得できる。
「ですので、今の春華なら魔眼を持つことができますわ。いえ、それだけではありませんの。修業すれば魔女になることも可能ですわよ。お望みなら、わたくしが鍛えて差し上げますわ」
「うん。遠慮しておくわ」
あなたにはメアリーという可愛い弟子がいるでしょ。ますは彼女を立派な魔女にしてあげなさいよ。
私は魔女になりたいとは思わない。自由自在に魔法が使えたら非常に便利なのかもしれないが、私が望んでいるのは平凡な人生である。陰謀や魔法とは無縁の何気ない日常を求めているのだ。だから、魔女になるという選択肢は絶対にあり得ない。
「っていうか、私たちさっきからナチュラルに『魔女』とか『魔法』とか口に出しちゃってるけど、どうして誰も突っ込まないの?」
私と同じ側の人間である岸和田先輩はともかく、美波たちの前では今までそういう話を避けてきたのだ。彼女たちはこの世界に魔女や魔法が存在することを知らないはずである。
「いい? 魔法なんて存在しないわ。今ここで話していたことは一切信じなくていいから。全部私とアンネの作り話よ」
今さら遅いかもしれないが、私は言い訳をするのだった。
「春華先輩、何だか必死ですね。そんなこと言われなくても、わかってますよ。本当に魔法があったら面白いなぁって思ったので、ちょっと話を合わせてみただけです」
城田さんが笑いを含みながら言った。
今までの会話は冗談だと思ってくれていたらしい。なんだ、それならよかったわ。
「確かにそっちの方が面白いですよね。魔法なんてあるはずないのに、あってほしいなって願っちゃう自分がいます」
と、林さんも苦笑いを浮かべながら言うのだった。
アンネリーゼは日本のアニメに影響された外国人で、気づけば中二病発言をするようになってしまった……という設定を通しておけば、すべては丸く収まるのだ。
しかし。
「私は信じてますよ。きっと魔法はあります。それに、アンネさんはもしかしたら魔女なんじゃないかと前からずっと思っていました」
真顔で美波は言った。
ちょっと待って。それは本気で言っているの?
「見る目がありますわね、美波。まさにその通りですわ。あなたはきっと優秀な魔女になれるでしょう」
「ややこしくなるからアンネは黙ってて」
美波がこの世の真実に気づいてしまう。それだけは避けたいのだ。彼女には何も知らないままでいてほしい。神の陰謀が絡んでいることや私が魔女と契約を結んでいることは永遠に伏せておかねばならない。なぜなら、彼女には普通の人間として日々を過ごしてほしいからだ。このことを知れば、きっと「普通」には戻れなくなるだろう。
私は美波を「こちら側」に引き込みたくはない。いつまでも無垢な女の子であってほしい。前世での無念を晴らし、今度は最後まで幸せな人生にしてほしい。それが私の心からの願いだった。
「そろそろ電気を点けてもいいかのう?」
向こうの方でマスターの声がした。
「あっ、はい。どうぞ。長い間すみませんでした」
私は返事をした。
いつまでも店内が暗いままだと今日は営業終了なのかと勘違いされて誰も来なくなってしまう。
電気が点く。すると他の皆の顔がはっきりと見えるようになった。
いや、待って。一人だけいないわ。
「美波は?」
さっきまで声がしていたのに、急に姿が見えなくなっていた。彼女はどこへ行ってしまったのだろう。
「あらあら。あなたも魔法をかけられてしまったのですわね」
クスッと笑いながらアンネが言った。
ということは、これって……。
「美波もブラックホールになっちゃったわけ?」
「そのようですわ」
暗闇のせいで気づかなかったが、店の灯りが消えている間に何者かが美波に魔法をかけたらしい。
まただ……。また美波を巻き込んでしまった。
彼女を魔の手から遠ざけたいと願えば願うほど、それはこちらに近づいてくる。
これはもはや逃れられない運命なのだろうか。
「どうするのよ……。こんなのキリがないじゃない」
またさらに他の誰かが同じ目に遭うかもしれない。このままでは全員の姿が消えてしまうのも時間の問題だ。
「心配無用ですわ」
「えっ?」
「敵の正体がわかりましたの」
そう言ってアンネは優しく微笑んだ。
「隠れても無駄ですわよ。わたくしにはあなたの姿が見えておりましてよ」
アンネは立ち上がり、誰もいないはずの席を見ながら言った。
「誰に言っているのだ?」
岸和田先輩が戸惑う。
「コソコソしないで正々堂々と戦いましょう? わたくしがたっぷりと可愛がって差し上げますわ」
この時、私には魔女がとても頼もしく思えた。
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