七 魔眼
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アンネリーゼは誰もいないところに向かって話しており、まるで独り言をつぶやいているかのように見えた。
彼女には桃の声が聞こえているようだが、私には何も聞こえない。そして、それは他の友人たちも同じだった。
「そこに桃さんがいますのよ。彼女もパフェが食べたいと言っていますわ」
「皆、真に受けちゃダメだからね? この人、またおかしなこと言ってるだけだから」
慌ててアンネの言葉を遮ろうとする私。彼女の戯言に耳を貸す必要はないと訴える。
「桃たんはどこにいるって?」
岸和田先輩は私を無視してアンネに問いかけた。
「春華の右隣ですわ」
アンネは指を差して言った。
「いや、わからない。私には見えないぞ」
「私も見えません。本当に桃さんはそこにいるんですか?」
皆が私の隣にある空席を凝視している。
「見えないのも当然ですわね。あなた方の中に『魔眼』の持ち主は誰一人いないようですから」
魔眼?
いきなりアンネの口から中二病臭い用語が飛び出してきた。
「マガンって何です?」
城田さんが言った。彼女は謎のワードを聞き逃さなかった。
「生物が放つオーラや魔力を見ることができる目ですの。私のような魔女は生まれながらにして魔眼を持っていますが、それ以外の人でも後天的に獲得することが可能ですわ」
「へぇ~。あぁ、そうなんですねー」
アンネの言っていることがよくわからないので、とりあえず相槌を打っている感じの城田さん。あまり真剣に聞いていないみたいで安心した。
「私もその魔眼とやらが欲しいぞ。それがあれば桃たんの姿が見えるのだろう? どうすれば手に入る?」
一方、岸和田先輩は魔女の話を真面目に受け止めていた。魔眼に興味を示している。
「私と契約すれば、あなたにも魔眼を授けますわ」
「よし。ならば契約しよう」
「ですが、魔力の耐性がない人間が突然、魔力を感知できるようになると脳に大きな負荷がかかりますの。最悪の場合、ショックで死んでしまうこともあるでしょう。それでもよろしくて?」
「むむぅ……。それは困る。桃たんには会いたいが、自分が死んでしまっては元も子もないからなぁ」
腕を組みながら真剣に悩み始める岸和田先輩。
「魔眼がなければ、桃さんを見ることはもうできないのですか?」
美波は悲しそうな顔で言った。
「いいえ。そうと決まったわけではありませんわよ。桃さんに掛けられた魔法を解くことができれば、皆さんの目にも見えるようになるでしょう」
「魔法ってどんな魔法なのですか?」
林さんが問う。
「重力を操る魔法ですわ。魔法によって桃さん自身に作用する重力が操作され、彼女は光を吸い込む体になっていますのよ」
「光を吸い込む……?」
「ええ。光が強力な重力によって吸い込まれ、消えてなくなるのですわ。試しにスマートフォンのライトを桃さんに向けてみましょう。きっと面白い光景が見られますの」
アンネはスカートのポケットからスマホを取り出した。画面を操作し、カメラのレンズ横にあるフラッシュ用のライトを点灯させる。最近買ったばかりだが、すっかり使いこなしているようだ。
「お店の電気を消してくださる? 部屋を暗くした方がわかりやすいと思いますの」
「わかった。許可を取ってくる」
岸和田先輩は立ち上がり、カウンター席の前でコーヒー豆を焙煎するマスターのところへ向かった。
店には私たち以外の客はいない。ほんの一瞬だけなら明かりを消しても営業に支障はないと思われるが、果たしてマスターは首を縦に振るだろうか。
「ちょっとだけ店の電気を消してもいいですか? すぐ点けますので」
「少しの間なら構わんよ」
許可が出たので、岸和田先輩は照明のスイッチをオフにした。
フッと電気が消えて、店の中は一気に暗くなった。日没後のため、窓の外から太陽の光が入ってくることはなく、せいぜい街灯や車のライトなどが差し込むくらいであった。
他の人の顔がぼんやり見えるほどの暗さだ。手元にある教科書の文字は読みづらい。
「ではまず、スマホのライトをテーブルの方へ向けてみますの。するとどうでしょう。暗がりの中に美味しそうなパフェが浮かび上がってきましたわ。これはスマホのライトが光源となり、その光が反射することによってパフェが見えているのですわ」
物が目に見える原理を説明するアンネ。光源から出た光が物体の表面で反射し、それが目に届くことによって可視の状態が成立するということだ。
「ですが、この光を桃さんに向けてみると……」
次の瞬間、ここにいる私たちは奇妙な現象を目の当りにすることになった。
「えっ? どうなってるの?」
私は反射的に声を上げた。
「光が……切れた?」
「すごい!」
何もないところへライトを向けた場合、本来ならば奥にある壁が照らし出されるはずなのだが、アンネのスマホから放たれた光は、ある場所を境として急に途切れてしまっているのである。
つまり、そこに桃がいて光を吸い込んでいるということなのか。
「おわかりですこと? 光は重力によって吸い込まれているのですわ。そのため、桃さんに向けられた光が反射することはありませんの」
「桃たんの姿が見えないのは、光の反射が妨げられているからなのか……」
言葉を失う私。こんなことが現実に起こり得るのかと不可解に感じていた。
宇宙空間にはブラックホールやダークマターが存在すると言われているが、私はそれを実際に見たことはない。「論より証拠」という言葉があるように、私は自分の目で確かめてみないことにはどんな理屈も鵜呑みにはしない。
だが、この不可思議な現象はまさに今、目の前で繰り広げられている。
「桃さんは確かにここにいらっしゃいますのよ。信じていただけますこと?」
いや、これだけで桃の存在が証明されたことにはならない。証拠としては不十分だ。
彼女の姿が私たちの目に映らない理由はわかったが、疑問はまだ残っている。それは、なぜ彼女の声がアンネには聞こえて私たちには聞こえないのか、ということである。
「どうして桃の声が私たちには聞こえないの? 音もブラックホールに吸い込まれているからなの?」
「ええ、そうですわ」
「それなのに、アンネはどうやって桃と会話しているのよ?」
「声にも魔力が宿っているのですわ。私の魔眼は桃さんの声が放つ魔力の波動を捕えることができますの。どうやら、ブラックホールでもさすがに魔力を吸い込むことはできないようですわね」
アンネは桃の声を音として耳で「聞く」のではなく目で「見ている」ということらしい。
ますますわけがわからないわね。魔眼こそデタラメなんじゃないかしら。そんな都合のいい目があるなんて信じられない。
「電気を点けてください。そろそろパフェが食べたいですわ」
これにて魔女の実証実験は終了した。
「ふふ。まだ納得できないようですわね、春華。そんな顔をしていますわ」
「そうね。私は桃がブラックホールになったことよりも魔眼の方がインチキ臭く思えてきたわ」
「あら、私の目を疑っていますの? では春華も確かめてみればよいのですわ。魔眼の力、今ここで差し上げてもいいですわよ」
「さっき言ってたじゃない。魔力の耐性がなければ負荷がすごいことになるんでしょ? 私が死んじゃったらどうするの?」
「問題ありませんわ。春華はもうすでに魔力の耐性を取得していますの」
「えっ?」
私には魔力の耐性がある?
どういうことなのだろう。魔力なんて一度も使った覚えはないのだけれど……。
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