六 予想
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桃はここにいる。私たちには見えていないだけで、彼女は確かに存在しているのだという。
「悪い冗談はやめてくれるかしら。幽霊じゃあるまいし」
「もちろん幽霊などではありませんわ。桃さんはちゃんと生きていますの」
「生きている人間の姿が見えなくなるなんて、そんなのおかしいでしょ」
生きているということは、肉体に魂が宿っている状態を指す。その肉体が見えないのはなぜなのか。彼女が透明人間になってしまったとでも言うつもりか。
アンネリーゼは再びティーカップに口を付けて紅茶を味わった。お気に召したらしく、さっきから何度も香りを楽しんでいる。
「今の桃さんはブラックホールのような存在ですのよ」
「ちょっと何言ってるのかわからない」
透明化とブラックホールに何の関係があるのかしら?
「ブラックホールは凄まじい重力を持っていますの。光さえ吸い込んでしまうほど強力で、そのおかげでブラックホール自身は光を放ちませんわ。光を放たないということは、目で見ることができないということ。ブラックホールと同じように、桃さんはあらゆる光を飲み込んで、姿が見えなくなっているのですわ」
やっぱり魔女が言っていることは理解できない。ブラックホールの重力は光を引き寄せるくらい強力だということは理解したが、そもそも、なぜ桃はブラックホール化してしまったのかが知りたい。
「桃さんの周囲だけ重力が操作されているみたいですわね。光を吸い込むほどの強力な重力が発生していますわ」
「そんなに強い重力だったら、私たちもみんなブラックホールに飲み込まれちゃうはずでしょ。どうして平気でいられるの?」
「重力の影響を受ける対象を光のみに限定しているのかもしれませんわね」
アンネの予想によると、桃は光だけを吸い込む力を発しているらしい。
滅茶苦茶だ。物理の法則を無視している。
「桃の周囲だけ重力が操作されてるって言ったけど、誰がそんなことをしたわけ?」
「それはわたくしにもわかりませんわ。ここへ来た時、すでに桃さんは今の状態になってしまっていたわけですし……」
困り顔のアンネは私から目線を逸らし、また紅茶を啜った。
これまでの話によると、犯人は能力者である可能性が高い。人間ではない存在の仕業かもしれないと私は予想していたが、それで間違いなさそうである。
だが、犯人の動機がまったくわからない。なぜ桃の姿を不可視にしたのだろうか。
「さっきから二人で何を話してるんです?」
城田さんが私たちの会話に首を挟んできた。
「いや、別に……」
ここにいる友達は「一般人」なのだ。神の陰謀や能力者の存在について何も知らない無垢な人間たちである。もちろん、私やアンネリーゼの正体にも気づいていない。
彼女たちをダークサイドに引き込むわけにはいかない。こういう話は伏せておくべきだろう。
「ブラックホールが何とかって、言ってましたよね?」
美波が尋ねる。
しまった。そこまで聞かれていたのか。
「あー、それはね……。桃がいなくなったのはブラックホールに吸い込まれちゃったから、なんて冗談をアンネが言うから、そんなわけないでしょって話してたのよ」
私は咄嗟に言い訳をする。
「あはは。アンネさんって、たまに変な冗談を言いますよね」
笑う美波。苦し紛れの弁明だったが、信じてもらえたようだ。
「冗談などではありませんわ。私は至って真面目に言っておりますの」
「はいはい。そろそろパフェ来るから」
ややこしくならないように、まずはこの魔女を黙らせないと。
早くパフェ来ないかしら。
厨房に目を向けると、ちょうどいいタイミングで岸和田先輩が出てきた。
彼女はお盆の上に大きなパフェを載せている。
「お待たせしました。本日限定のスペシャルパフェでございます」
アンネの前に差し出される豪華なパフェ。アイスクリームのまわりにメロンとマンゴー、バナナが並んでおり、クリームとチョコレートソースもたっぷり使用されている。隅の方にはウエハースが添えられているのだった。
だが、最も注目すべき点……いや、注目せずとも勝手に目が向いてしまうほどの存在感を放つものがあった。
何本ものポッ〇ーが針山のように、無造作に突き刺さっているのである。
「食べ物で遊んじゃダメでしょ……」
「遊んでないぞ。これは立派なアートだ」
「素敵なオブジェクトですわ。お部屋に飾りたいくらいですの」
私には理解できないが、このトゲトゲのパフェはアンネの琴線に触れたようだ。
「これ、どうやって食べればいいのかわかりませんわね」
まずはポッ〇ーをすべて抜き取ることから始めるべきだろう。
「こんなにたくさん、私一人では食べきれませんわ。皆さんも一緒に召しあがってくださいます?」
「いいんですか? やったぁ」
城田さんが食いついた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
美波はスプーンを手に取る。
「いただきます」
そう言って林さんはパフェからポッ〇―を一本引き抜き、ポリポリ食べ始めた。
「さぁ、春華も遠慮は無用ですわ」
「うん……」
見た目はアレだけど、味は悪くないだろう。
少しだけいただこうかな。
「ええ、もちろん桃さんもいいですわよ」
次の瞬間、この場にいる全員が固まった。
アンネは桃に向かって話しかけたのである。
ただし、桃の姿が見えているのは魔女だけだ。
見えない存在と会話しているアンネを驚きの目で見つめる友人たち。
「アンネさん? 何を言ってるんですか?」
「桃たんがどうしたのだ?」
ああ、面倒なことになってしまった。
パフェの力で魔女を黙らせることはできなかった。
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