五 推理
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「桃さん、どこへ行っちゃったんでしょう?」
美波が言った。
「荷物も置いたままだから、それほど遠くには行ってないと思うよ。でも、ちょっと心配だよね」
林さんは桃の身を案じている。
これまでの経緯について、私は後から合流した友人たちにも詳細を伝えた。それを聞いた彼女たちは不思議そうな顔をするばかりだった。
それから皆で現場を詳しく調べてみたものの、手がかりとなりそうなものは何一つ見つからなかった。桃がどうやってトイレから抜け出したのか、そのトリックは不明のままである。
私たちは客席に集まり、桃行方不明事件について推理を開始した。
「どうせイタズラよ。そのうち出てくるわ。その時は皆で驚いたフリをしてあげましょう」
と、私は言った。
「サプライズとかじゃなくて、やっぱり事件に巻き込まれたんじゃないですか? きっと誰かが桃先輩を連れ去ったんですよ」
これは誘拐事件だと主張する城田さん。桃が自発的に姿を消したわけではないと考えているらしい。私も最初はそう思っていた。だが、誰が何のために、どのようにして彼女を連れ去ったのか、この状況では説明が付かないのである。
「さっきまでこの店には桃たんとヒヒラギ以外の客はいなかった。他の人間が玄関から出入りするところを私もマスターも見ていないし、従業員専用のドアも施錠されていたぞ」
岸和田先輩は私たちが座るテーブルの隣にある席に腰掛けながら、しれっと会話に参加している。
「犯人は誰にも気づかれない方法でお店に侵入したんですよ。たとえば、屋根裏や床下から忍び込んだとか」
「うーん。そこまでして誘拐する必要なんてあるかしら?」
もし桃が金持ちの娘だったなら、身代金を目的とした交渉のために連れ去られたと考えることもできるけれど、彼女の実家がすごく裕福だという話は聞いたことがないし、彼女自身も至って庶民的な感覚を持っているといえる。下宿の身である桃は仕送りだけでは生活に必要な資金が不足するため、アルバイトの給料で賄っているくらいなのだ。
「桃先輩はロリコンに攫われたんです。犯人は幼い感じの女の子が好みなんだと思います」
犯人像を予想する城田さん。
「うむ。確かに桃たんは可愛いからな。家に連れて帰って、美味しい料理を食べさせたり、あんな服やこんな服を着させて写真を撮ったり、一緒にお風呂に入ったり、同じ布団で寝たりしたいと思うのは当然のことだ。でも、どうしてわざわざ、この店で誘拐する必要がある? もっと他の場所を選んだ方がいいのではないか?」
人を攫うには、それなりの手間とリスクが伴う。喫茶店のように人目があって、なおかつ出入り口が限られているような場所で犯行に及ぶメリットがあるだろうか。
「ねぇ、あなた。紅茶のお代わりをくださる?」
アンネリーゼはこんな時にも呑気に紅茶を飲んでいた。ソファの上でお上品に座りながら、すました顔をしている。事件のことにはまるで興味がないようだ。わたくしには関係ありませんわ、とでも言いたげな態度である。
「はいはい、少々お待ちを。ついでにパフェはいかがかな? 今なら特別にウエハースを無料でお付けしますよ、お客様」
「それ、普通は無料で付いてくるものですよね?」
私は横からツッコミを入れた。
いいサービスだなぁと一瞬思いかけたが、騙されてはいけない。
「では、そちらもいただくことにしますわ」
「ありがとうございます。心を込めて用意します」
岸和田先輩はニヤリと怪しげな笑みを浮かべて、厨房へと入っていく。
何か企んでいるわね、あの人。
「犯人がお店を出ていくところを誰も見ていないんですよね……?」
ここで美波が深く考え込むような仕草をしながら言った。
「……ええ、そうだけど」
私も岸和田先輩もマスターも怪しい人影は目にしていない。
「では、こう考えてみるのはどうでしょう。犯人はまだお店の中にいる……と」
「おおっ! 美波、なかなか面白いこと言うじゃん」
「発想の転換だね」
城田さんと林さんはその意見に食いついた。
桃は誘拐されたということが前提として話が進められている。まだそうと決まったわけでもないのに。
どうやら彼女たちはミステリーな展開にワクワクしているだけのようだ。雰囲気を楽しんでいると言ってもいい。そのうち桃が戻ってくると信じているからこそ、面白半分に自分の推理を披露することができるのだ。誰も事態をシリアスに捉えてなどいない。
その一方で私は嫌な予感がしていた。桃を連れ去ることは不可能だと決めつけていたが、それはあくまで「人間には」という条件付きだということを忘れてはならない。
つまり、これは人間ではない何者かの仕業かもしれないのだ。
魔女、死神、能力者、神……。
「普通ではない存在」が当たり前のように実在する。それがこの世の常識であるということを私は知っている。
桃は神隠しに遭った。ここではそう考えることが妥当なのではないだろうか。
この事件にはタネも仕掛けもない。人ならざる者が魔力を行使して桃を消し去った。それが私の推理だ。
「パフェの前に紅茶のお代わりをどうぞ」
ティーポッドを持った岸和田先輩が現れ、アンネリーゼのカップに紅茶を注ぐ。
「いい香りですわ」
アンネリーゼはもうとっくに犯人の正体に気づいているのではないか。魔女である彼女なら桃の行方を知っているかもしれない。
「アンネ。聞きたいことがあるんだけど」
「あら、何ですの?」
二杯目の紅茶を飲みながら、アンネは私を見てフッと笑みを浮かべる。
「桃がどこへ行ったのか、あなたは知ってるんじゃないの?」
「突然どうなさいましたの? ひょっとして、春華は私を犯人だと疑っていらっしゃいますの?」
「そういうわけじゃないけど……。魔女なら何でもお見通しなんじゃないかって思ったのよ」
「うふふ。つまり、ただの勘ということですのね」
その通りだ。勘で言ってみただけだ。根拠はない。ただ魔女の能力とやらに期待を寄せてみたのである。
「で、どうなの? 何か知ってるの?」
「ええ、もちろんですわ。桃さんがどうなってしまったのか。春華が知りたいと望むのであれば、今ここでお答えしてもよろしくてよ」
「本当に知ってるのね? 私は真実を知りたい。だから教えてちょうだい」
「聞けば後悔することになるかもしれませんわよ? それでもよろしいですの?」
「どういう意味……?」
「ふふふ。それは聞いてからのお楽しみですわ」
何なの? アンネはどうして、こんなに意味深な言い方をするの?
「別に構わないわ。それでも聞きたい。桃はどこにいるの?」
「わかりましたわ。ならばお答えしましょう」
アンネは白い歯を剥き出しながら、ニヤリと笑った。
私はそれを見て、ゾクッと身体が震えるのを感じた。一瞬寒気がしたかと思ったら、その直後に身体の内側から熱が放たれるような感覚に襲われる。
「桃さんはここにいますわ。春華のすぐ隣に」
「えっと、意味がわからないんだけど……」
私の左隣に座っているのはアンネである。右隣には誰もいない。そこは空席である。
「見えていないだけで、そこに彼女がいますのよ。今も春華のことを呼んでいますわ」
「待って……。あなたには何が見えているの?」
「うふふ。それはさすがにいけませんわよ、桃さん。春華は私の恋人ですわ」
「ねぇ、ちょっと」
アンネリーゼは誰かと話しているようだ。
まさか、その相手が桃だというのか。
「もうおわかりでしょう。桃さんはいなくなったわけではありませんの。あなたたちの目で彼女を見ることができなくなっただけですわ」
魔女は変なことを言い始めるのだった。
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